『じゅうぶん豊かで、貧しい社会』~資本主義と脱成長、環境問題を問う名著!『人新世の資本論』を読んだらこちらもおすすめ

マルクス・エンゲルス著作と関連作品

斎藤幸平『人新世の資本論』を読んだらこちらもおすすめ!脱成長、環境問題を違う角度から見ていく名著『じゅうぶん豊かで、貧しい社会―理念なき資本主義の末路』概要と感想

今回ご紹介するのは2014年に筑摩書房より発行されたロバート・スキデルスキー、エドワード・スキデルスキー著、村井章子訳の『じゅうぶん豊かで、貧しい社会―理念なき資本主義の末路』です。

早速この本について見ていきましょう。

雇用不安や所得格差を生み、人類の未来など一切考えない貪欲むきだしの経済とは決別しよう!
ケインズ研究の大家が「よき人生」を実現させるための政策を提言する。

「必要」と「貪欲」とを分かつ叡智を経済学に取り戻す。ケインズ研究の世界的権威による現代文明への処方箋。


Amazon商品紹介ページより

この作品はケインズの研究者による、行き過ぎた資本主義の問題点について語る一冊です。

訳者あとがきでは次のように紹介されています。

本書はニ〇一二年にイギリスで出版され、その後世界一五カ国語に翻訳された。原著のタイトル″How much is enough?”は、まえがきの冒頭の質問「どれだけあれば十分か?」に再び表れており、この問いかけからもわかるように、「足るを知る」ということが本書の大きなテーマになっている。際限のない成長志向に疑義を呈し、資本主義の限界を問う本は少なくないが、本書の魅力は何と言っても広く古典を渉猟し、先哲の知恵を探りつつ誠実に議論を尽くしているところにあると言えよう。経済学者にして歴史学者であるロバート・スキデルスキーの面目躍如たるものがある。


筑摩書房、ロバート・スキデルスキー、エドワード・スキデルスキー著、村井章子訳『じゅうぶん豊かで、貧しい社会―理念なき資本主義の末路』 P339

著者はこの本で人間の欲望を極端に押し進めた現在の経済のあり方に疑義を呈し、そのあり方を幅広い視点から考察していきます。

この本のはじめに、著者は次のように述べています。

本書は飽くなき欲望に警鐘を鳴らし、個人としても社会としても「もう十分」と言えない心理的傾向に対して強い懸念を表明するために書いた。

本書の批判は、金銭的な貪欲、つまりとめどなくお金を欲しがる欲望に向けられている。したがって本書の批判の対象は、世界で富裕な国に住む人々、総体的に見てまずまずよい暮らしができる程度に裕福だと考えられる人々ということになる。

国民の大半が極度の貧困の中で暮らしているような貧しい国に住む人々にとっては、貪欲はかなり先の話であろう。とはいえ富裕国か貧困国かを問わず、富裕層が大多数の人をはるかに上回るような富を手にしている場合には、やはり貪欲が見受けられる。

貪欲を生んだのは資本主義であるから、資本主義を打倒すれば貪欲は消滅するとマルクス主義者は主張する。貪欲を生んだのは人間の原罪だとキリスト教徒は主張する。

私たち自身の考えは、こうだ。貪欲は人間の本性に根付いており、自分の財産を他人と比較してうらやましがる傾向を誰もが備えている。だがこの傾向は資本主義によって一段と強められ、そのために貪欲という心理的な傾向が広く文明に根を下ろしてしまった。このため、かつては金持ちに特有の異常な性癖だった貪欲が、いまや日常的に見られる当たり前の傾向になっている。

資本主義は、諸刃の剣である。大幅な改善を可能にする一方で、人間の忌むべき悪癖、たとえば強欲、嫉妬、羨望を助長する。この怪物は再び鎖に繋いだほうがよいと私たちは考えている。そのために、よい暮らしあるいはよき人生について偉大な思想家たちが語った言葉を時代や文明を超えて探り、それを実現するための政策を提言していく。
※一部改行しました


筑摩書房、ロバート・スキデルスキー、エドワード・スキデルスキー著、村井章子訳『じゅうぶん豊かで、貧しい社会―理念なき資本主義の末路』 P11-12

ここで述べられるのが著者の基本的な立場になります。

マルクス主義者は「資本主義が悪い」と言い、キリスト教徒は「原罪のせいだ」と言うのに対し、著者はそもそも人間には「貪欲」という性質があり、資本主義を倒せば何とかなるとか、宗教の力によって正義を実現するという立場を取りません。

上の訳者あとがきで、「本書の魅力は何と言っても広く古典を渉猟し、先哲の知恵を探りつつ誠実に議論を尽くしているところにあると言えよう」と述べられていたように、著者はこの本を通して私たちの欲望の仕組みと行き過ぎた資本主義社会の問題点を「文学」や「思想」の面からも幅広く考察していきます。

この本を読めばわかるのですが、単に「資本主義が悪い」とか、「資本家が搾取するから悪いのだ」という話に終始するのではなく、より思想的、文学的、人間的に深くその根源を追求していきます。これがこの本の大きな特徴であるように思えました。

また、この本の冒頭では次のようなことも述べられます。

まず疑念を提起したいのは、現在の経済政策が国内総生産(GDP)の拡大に取り憑かれていることだ。経済成長それ自体に反対するつもりはない。しかし、何のための、、、、、成長かと問うてもよいだろうし、何の、、成長かと問うことも理に適っているだろう。誰もが自分の自由に使える時間を増やしたい、公害を減らしたいと考える。どちらも、人間の幸福にとってごく健全な考えだ。

ところが、どちらもGDPには含まれない。GDPに含まれるのは、国内で生産されたもののうち市場で取引される分だけである。公害が発生してもその分が差し引かれるわけではないし、余暇が増えてもその分が足されるわけでもない。したがってGDPの拡大がどれほど幸福を増やせるのか、という点には議論の余地がある。

きわめて貧しい国にとっては、GDPの拡大はたしかに国民の幸福を増やすだろう。だがゆたかな国の場合、GDPがすでに多すぎる、、、、可能性は大いにある。富裕国の場合、GDPは、よい暮らしをめざす政策の副産物程度に扱うべきだというのが私たちの考えである。成長率がプラスになるか、マイナスになるか、横這いなのかは結果としてついてくるものだ。
※一部改行しました


筑摩書房、ロバート・スキデルスキー、エドワード・スキデルスキー著、村井章子訳『じゅうぶん豊かで、貧しい社会―理念なき資本主義の末路』 P12

経済成長にはどんな意味があるのか。はたしてそれを追求するのは正しいことなのか。

これは最近よく耳にする「脱成長」という言葉を彷彿させます。

この本では行き過ぎた資本主義が信仰のごとく成長を追求し続けるメカニズムを文学、思想、経済学、様々な視点を総動員して分析していきます。最近よく話題に出るマルクス主義の脱成長とケインズ学者の語る脱成長の違いを感じられてとても興味深かったです。

また、後半には環境問題についても深く考察がなされます。

これも斎藤幸平氏の『人新世の資本論』の中心テーマでもありますが、この問題については著者は次のように述べています。

環境保護主義者が唱える成長抑制論は、既知の事実に対する現実的な反応とみなすことはできない。彼らの訴えは情熱や信念の表れにほかならず、事実などはほんのおまけにすぎない。マルクスの経済予測が誤りだったとわかっても、追随者はいっこうに動揺しなかった。

同じように、地球温暖化に対する現在の懸念が事実無根だったと判明しても、過激な環境保護主義者は長距離ジェットや四輪駆動車への反対をやめないだろう。それどころか、耐乏生活を正当化する新たな根拠を見つけるにちがいない。環境保護主義の拠りどころは信仰であって科学ではない。ではこの信仰はどこから来たのか。この問いに答えるには、歴史を遡る必要がある。
※一部改行しました


筑摩書房、ロバート・スキデルスキー、エドワード・スキデルスキー著、村井章子訳『じゅうぶん豊かで、貧しい社会―理念なき資本主義の末路』 P 189-190

地球環境を守ることはどの立場であろうと最大の課題であるのは間違いありません。ですが行き過ぎた資本主義が環境を破壊しているのは事実だとしても、はたしてそもそも環境保護主義者の言う極端な環境政策には根拠があるのだろうかと著者は疑問を呈します。

「環境保護主義の拠りどころは信仰であって科学ではない」という言葉は非常に鋭い指摘ではないでしょうか。

ここでは紹介できませんが著者はかなりの分量を割いてこのことについて丁寧に論じていきます。

「脱成長」「コモン」「環境問題」

斎藤幸平氏の『人新世の資本論』ではこれらが語られ、ベストセラーとなりました。

この本をきっかけに経済のことや環境問題に関心を持った方がたくさんおられることでしょう。

であるならば、ぜひ今回ご紹介した『じゅうぶん豊かで、貧しい社会―理念なき資本主義の末路』もきっと興味深く読み進めることができると思います。

「行き過ぎた資本主義に対する批判」という共通の話題を、違った視点から語るこの作品はきっと得るものが大きいと思います。

比べてみることでそれらの姿がよりくっきりと見えてきます。じっくり比べて吟味した上で選んだならば、それこそその人の信念です。

ですが、あるひとつの説だけを聞いてそれを絶対に正しいと思うことは危険なことでもあります。

『人新世の資本論』に魅力を感じた方にはぜひ、あえてこの本も読んでみることをおすすめします。読んでいない人にもぜひおすすめしたい面白い本です。資本主義、マルクス主義だけではなく、「人間とは何か」ということも考えていく非常に興味深い作品です。

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