プラトン『ソクラテスの弁明 クリトン』あらすじと感想~ソクラテス・プラトン師弟と法然・親鸞師弟の類似に驚く・・・
プラトン『ソクラテスの弁明 クリトン』あらすじと感想~ソクラテス・プラトン師弟と法然・親鸞師弟の類似に驚く・・・
前回の記事「プラトン『国家』あらすじ解説と感想~エリートによる国家運営の原型。ここからすでに管理社会は始まっていた」ではプラトンの『国家』に管理社会、ユートピア(実際はディストピア)の萌芽が見られることをお話しました。
その記事の中でもお話ししましたがプラトンが『国家』を書いたのは、尊敬する師ソクラテスが不当に処刑されてしまったことに対する反発からでした。
そしてそのソクラテスがなぜ処刑されねばならなかったのかについて書かれているのがこの『ソクラテスの弁明』という作品です。
私はこれまでソクラテスが『ソクラテスの弁明』を書いたものだと勘違いしていましたが、これは弟子のプラトンによる作品だったのですね。
では、早速この本について見ていきましょう。
自己の所信を力強く表明する法廷のソクラテスを描いた「ソクラテスの弁明」、不正な死刑の宣告を受けた後、国法を守って平静に死を迎えようとするソクラテスと、脱獄を勧める老友クリトンとの対話よりなる「クリトン」。ともにプラトン(前427‐347年)初期の作であるが、芸術的にも完璧に近い筆致をもって師ソクラテスの偉大な姿を我々に伝えている。
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ソクラテスの「無知の知」は有名ですが、彼の問答スタイルによってしどろもどろになってしまった論敵からは強い怒りや憎しみを買うことになってしまいました。
彼の罪状は神々を信仰せず、若者たちをたぶらかしたというものでした。
もちろん、これはただの言いがかりですがソクラテスを憎んだソフィスト(弁論家)達は彼を告発します。
そして案の定捕らえられ、ソクラテスは処刑されることになってしまいます。
そんなソクラテスがこれら論敵からの攻撃に対して正々堂々と自己の主張を訴えるのが『ソクラテスの弁明』になります。「無知の知」についてもかなり説かれますので、ソクラテスの思想を知るのにこの本は最適です。
そしてこの後すぐに収録されている『クリトン』では、ソクラテスの親友クリトンが脱獄の手引きをするためにやって来るも、ソクラテスがそれを断ってしまうやりとりが語られます。不当な処刑ではあるものの、法を破って脱獄することはできないと語るソクラテスの有名なエピソードはここから来ています。
また、私は『ソクラテスの弁明』の中で特に印象に残った箇所があります。それがこちらです。
きわめて富裕な市民の息子で最も多くの閑暇を有する青年達は、自ら進んで私の跡を追い、私が人々を試問するとき、興がりつつこれを傍聴するのみならず、またしばしば私に倣って自ら他の人々を試問するに至るのである。思うに、その結果彼らは、自分ではいかにも何か知っているらしく自惚れているが、その実、ほとんどもしくは全然、何事をも知らぬ人達がきわめて夥しいことを発見する。
かくて、彼らの試問に逢った人達は、自ら責める代りに、私に対して憤り、「ソクラテスとかいう不都合きわまる男がある、彼は青年を腐敗させる者である」というのである。しかも人が彼らに、いかなる行為といかなる教説とによってぞ、と問うとき、彼らは何ら知るところなく全く答に窮する。しかし彼らは己の当惑を隠さんがために、すべての哲学者に向けられる陳腐な非難を持出して来る。すなわち、彼は天上ならびに地下の現象について教え、また神々を信じてはならないことかつまた悪事をまげて善事となすことを教える、というのである。
思うにそれは、彼らが事の真相を、すなわち自ら何事をも知らぬ癖に何か知っているような顔をしたのが暴露したことを告白するを欲しないからである。今やこれらの徒は、名聞の心深く、熱烈にして多数であり、かつカ一杯に、説得力ある言辞をもって私を批議しつつ、年古りて激しき讒謗をもって諸君の耳を満して来た。
岩波書店、プラトン、久保勉訳『ソクラテスの弁明 クリトン』2021年第109刷版P28-29
※一部改行しました
ソクラテスに憧れた若者たちは彼を真似して、ソクラテス式問答を街の「立派な人」たちに繰り出し、彼らをたじたじとさせてしまいます。そしてこれにかんかんになってしまった「立派な人」たちの非難はソクラテスへと向かっていくことになります。
ですが、その非難は結局自分が無知であることを暴露してしまうだけなのでおおっぴらに告発できない。だから曖昧な理由を挙げてソクラテスを人格攻撃するような形での告発になってしまうのでした。
そしてそういう形での告発とは言え、法の下でソクラテスは実際に処刑されてしまうわけです。社会の秩序を乱したといえば確かにそうかもしれませんが、はたしてそれでぐらつく秩序とはそもそも善いものだったのかという疑問も生まれてきます。
これがソクラテスの口を借りてプラトンが主張していることです。
そしてこのソクラテスの言葉にそっくりなことを実は浄土真宗の開祖親鸞聖人も『教行信証』で述べているのです。
ああ何等の非法であろう。主上も臣下も、天下の大法に背き、正義に違い、みだりに無法の忿を起し、怨を結び、遂に彼等無法の学徒等が訴を容れ給いて、遂に浄土真宗を初めて我国に興隆し給いし太祖源空聖人を初めとして、門下の秀俊なる人々に対して罪科の如何を考えもせず、擅に死罪を行い、又は僧侶の資格を奪うて俗姓を賜い、遠国に流竄した。
法蔵館、赤沼智善、山辺習学『教行信証講義 真仏土 化身土の巻』P1582
※旧字を新字に書き換えました
こちらは『教行信証』の終盤に書かれている箇所を口語訳したものになります。
親鸞は30代前半を法然教団の下で過ごしていました。親鸞にとって法然は尊敬する師でした。
まさしくソクラテス、プラトンの関係です。(※厳密に見ていけば違いもあるでしょうが、強い結びつきを持った師弟関係という意味でここではお話させて頂きます)
しかし「南無阿弥陀仏」を唱えればすべての人は救われると説いた法然の教えは、延暦寺や興福寺を中心とした大寺院や政府から激しい弾圧を受けることになります。(この辺の思想上の対立の問題は非常に込み入っているのでここではお話しできませんが、互いに相寄れるようなものではありませんでした。お互いの思想の根本的なところで対立があったのです)
そして最後には正当とは言い難い事件から法然教団は処罰されることになりました。事件に関わった法然門下の弟子4名は死刑、法然自身も責任を問われ土佐に流罪となってしまいます。この時親鸞も同じように越後に流罪になっています。
親鸞自身もプラトンと同じように、尊敬する師が理不尽にも処罰を受けなければならないのを身をもって体感しています。
親鸞もそうした理不尽に反論するために主著『教行信証』を書いたという側面があります。
ここではそうした法然教団への弾圧については長くなってしまうのでお話しできませんが、プラトンと親鸞が体験した「無念」という共通点が私にはドキッとくるものがありました。
この問題については本来はきっちりと歴史や原典を抑えた上でお話ししなければならないのですが、とてつもなく長くなってしまうので今回は控えさせて頂きました。
興味のある方はぜひ浄土真宗の参考書を読んで頂けたらなと思います。
『ソクラテスの弁明』は思わぬところでドキッとした読書になりました。
この本自体は文庫で100ページ少々ですのでかなりコンパクトです。中身も読みやすいのでプラトンの『国家』に比べればかなり気楽に読み進めることができます。
ソクラテス・プラトンと法然・親鸞という師弟関係を考えることができた興味深い作品でした。
以上、「プラトン『ソクラテスの弁明 クリトン』あらすじと感想~ソクラテス・プラトン師弟と法然・親鸞師弟の類似に驚く・・・」でした。
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