MENU

羽田正『興亡の世界史第15巻 東インド会社とアジアの海』あらすじと感想~フェルメールの生きた17世紀オランダ繁栄の源泉とは

目次

羽田正『興亡の世界史第15巻 東インド会社とアジアの海』フェルメールの生きた17世紀オランダ繁栄の源泉とは

今回ご紹介するのは2007年に講談社より発行された羽田正『興亡の世界史第15巻 東インド会社とアジアの海』です。

早速この本について見ていきましょう。

17世紀のイギリス、オランダ、フランスに相次いで誕生した東インド会社。この「史上初の株式会社」の興亡を通して、世界が大きく変貌した200年を描きだす異色作。喜望峰からインド、中国、長崎にいたる海域は、この時代に「商品」で結ばれ、世界の中心となり、人々の交流の舞台となっていた。そして、綿織物や茶、胡椒などがヨーロッパの市場を刺激して近代の扉を開き、現代に続くグローバル社会の先駆けとなったのだった。

講談社創業100周年記念企画「興亡の世界史」の学術文庫版。大好評、第3期の3冊目。

近年ますます進展する世界の「グローバル化」は、いつ始まったのか。ひとつの大きな転機をもたらしたのが、17世紀のヨーロッパに相次いで誕生した「東インド会社」である。本書は、この「史上初の株式会社」の興亡を通して、世界が近代に向かって大きく変貌した200年を描きだす異色作である。

ヴァスコ・ダ・ガマの「インド発見」に始まった「ポルトガル海上帝国」に代わって、16世紀末から東インド航海で大きな富を得たのが、オランダとイギリスだった。喜望峰からインド、東南アジア、中国、長崎にいたる海域、すなわち「アジアの海」が、この時、世界の中心となり、人々の交流の舞台となったのである。

イェール大学の設立に大きく寄与したイギリス東インド会社マドラス総督、エリフ・イェールや、平戸の日蘭混血児で後にオランダ東インド会社バダヴィア首席商務員の妻となったコルネリアなど、数奇な運命をたどった人びと。綿織物や茶、胡椒など、ヨーロッパの市場を刺激し、近代の扉を開いたアジアの商品。そして、東インド会社がその歴史的役割を終えた時、世界はどのように変貌していたのか。
[原本:『興亡の世界史15 東インド会社とアジアの海』講談社 2007年刊]

Amazon商品紹介ページより

この本は17世紀初頭に相次いで生まれた東インド会社とアジアの関係性をベースにアジア・ヨーロッパのグローバルな貿易を見ていこうとする作品になります。

私がこの本を手に取ったのは前回の記事で紹介したティモシー・ブルック著『フェルメールの帽子』がきっかけでした。

あわせて読みたい
ティモシー・ブルック『フェルメールの帽子』あらすじと感想~西洋「東インド会社」と中国・日本・アジ... フェルメールが生きた17世紀オランダは1602年に設立された東インド会社の繁栄によって黄金時代を謳歌していました。 その莫大な財とグローバルな市場があったからこそフェルメールの絵はフェルメールの絵たりえたのです。 そしてフェルメールの絵に出てくる数々の「もの」はまさしく中国やアジアからやって来たものです。これらの「もの」に注目することで17世紀のグローバルな世界を概観することができる。 それがこの本の大まかな流れになります。

フェルメールの絵画がオランダの東インド会社の繁栄と強いつながりがあったことをこの本で知ることになりました。

であるならば東インド会社をさらに学ぶことでフェルメール絵画の背景をさらに知ることができるのではないか。さらには東インド会社を知ることでフェルメールだけでなく当時の世界情勢や日本についても知れるのではないか。そんな思いを抱くようになったのでした。

そして読み始めた『興亡の世界史第15巻 東インド会社とアジアの海』。これがまたいい本でした!面白い!

この本はまずはじめにヴァスコ・ダ・ガマのインド航路発見のお話から始まります。

ヴァスコ・ダ・ガマ(1460頃-1524)Wikipediaより

1492年のコロンブスの「アメリカ大陸発見」のエピソードは様々な所で語られ有名でありますが、ヴァスコ・ダ・ガマの航海の物語は意外と見聞きする機会はありません。「ヴァスコ・ダ・ガマはアフリカの喜望峰を通過してインドに到達した」ということ自体は知っていてもいざこの航海がどのように行われ、どのような意味があったのかというのはわからないというのが多くの方の実情なのではないでしょうか。私もその一人でした。

ですがこの本を読めばヴァスコ・ダ・ガマのインド航路発見がいかに巨大な出来事だったかに驚くことになります。これはコロンブスのアメリカ大陸発見に劣らぬ大事件だったのです。

そしてさらに驚きだったのがヴァスコ・ダ・ガマがどんな人物だったのかということです。著者はヴァスコ・ダ・ガマについて語られた章のまとめで次のように述べています。

日本ではしばしば「勇気ある冒険者」「インド航路の開拓者」として肯定的に語られるヴァスコ・ダ・ガマの実像はこのようなものである。確かに彼は勇気ある船乗りだっただろう。しかし、その富の多くが、現地の慣習や事情を無視した暴力的な商取引とインド洋を航行する船の掠奪、多くの罪のない人々の殺害によって得られたものだったことも忘れてはならない。ガマは異文化の共存するインド洋海域の秩序の破壊者でもあったのだ。この一五〇三年以後、ポルトガル王とその部下たちは、ガマによって開発された武力によるインド洋海域の制圧という方法を磨き、発展させていくことになる。

講談社、羽田正『興亡の世界史第15巻 東インド会社とアジアの海』P53-54

スペインを始めとした西洋国家によるアメリカ先住民の虐殺は有名ですがペルシャやインド、東南アジア沿岸でも同じように武力による制圧を繰り返したのがポルトガルのヴァスコ・ダ・ガマでした。

しかもこの本を読んでいて驚いたのですが、アジアは当時の西欧よりずっと進んだ文化を持っていました。さらに東洋は様々な国や人々による貿易も盛んで、互いに暴力で利益を奪い合うような交易作法などは持ち合わせていませんでした。

ですのでいきなりやってきたヴァスコ・ダ・ガマに対しても交易相手として遇しています。他の地域でもそれは同様でした。

しかしヴァスコ・ダ・ガマをはじめとしたポルトガル人は当時自分たちキリスト教徒以外は敵として考えていたため疑心暗鬼に襲われます。そして彼らが無抵抗なのをいいことに暴力を振るい始めたのでした。

彼らがその地域を制圧できたのは「暴力で交易はしない」という現地のルールを破ったからなのです。

さらに現地の国々の統治方法や様々な要因が合わさってヴァスコ・ダ・ガマらの暴虐は効果を発揮していくことになります。単純な総武力だけなら東洋諸国はヴァスコ・ダ・ガマらの船数隻に負けることはなかったと思われます。しかしそれに抗うことができなかったのはなぜなのか。そうしたこともこの本では知ることになります。これはものすごく興味深かったです。

また、日本とオランダの貿易に関してもじっくり解説されますのでこれも必見です。なぜ日本は他のアジア諸国と違って武力侵攻されることがなかったのか。ペリーの時はあんなに露骨に威嚇したにも関わらずポルトガルやオランダはそのような方法を取っていません。よくよく考えれば不思議ですよね。そうしたこともこの本では知ることができます。

世界を変えることになったグローバルな貿易システムの始まりを学べるこの本はとてもおすすめです。文章も読みやすくすらすら読んでいくことができます。知的興奮を味わえる名著です。ぜひぜひおすすめしたい作品です。

以上、「羽田正『興亡の世界史第15巻 東インド会社とアジアの海』フェルメールの生きた17世紀オランダ繁栄の源泉とは」でした。

Amazon商品ページはこちら↓

興亡の世界史 東インド会社とアジアの海 (講談社学術文庫)

興亡の世界史 東インド会社とアジアの海 (講談社学術文庫)

次の記事はこちら

あわせて読みたい
平川新『戦国日本と大航海時代』あらすじと感想~なぜ日本はポルトガルや英蘭東インド会社の植民地にな... 西洋諸国が日本を狙わなかったわけがありません。アジア諸国も続々と彼らに支配されていく中でなぜか日本だけは彼らに屈することがありませんでした。 なぜこんなことが可能だったのでしょうか。それがこの本で語られます。

前の記事はこちら

あわせて読みたい
ティモシー・ブルック『フェルメールの帽子』あらすじと感想~西洋「東インド会社」と中国・日本・アジ... フェルメールが生きた17世紀オランダは1602年に設立された東インド会社の繁栄によって黄金時代を謳歌していました。 その莫大な財とグローバルな市場があったからこそフェルメールの絵はフェルメールの絵たりえたのです。 そしてフェルメールの絵に出てくる数々の「もの」はまさしく中国やアジアからやって来たものです。これらの「もの」に注目することで17世紀のグローバルな世界を概観することができる。 それがこの本の大まかな流れになります。

関連記事

あわせて読みたい
W・ダルリンプル『略奪の帝国 東インド会社の興亡』あらすじと感想~現代への警告!大国インドはなぜイ... この本はあまりに衝撃的です。読んでいて恐怖すら感じました。圧倒的な繁栄を誇っていたムガル帝国がなぜこうもあっさりとイギリスの貿易会社に屈することになってしまったのか。この本で語られることは現代日本に生きる私たちにも全く無関係ではありません。この本はまさに私達現代人への警告の書とも言えるでしょう。
あわせて読みたい
(17)フェルメールの故郷デルフトのゆかりの地をご紹介!顕微鏡で有名なレーウェンフックとのつながりも! フェルメールは生涯のほとんどをこの町で暮らし、数々の名画を生み出しました。そんなデルフトには今も残るゆかりの地がいくつもあります。 また、フェルメールと全く同じ1632年にこの町で生まれたもう一人の天才レーウェンフックについてもこの記事でお話しします。顕微鏡で微生物を発見したことで有名な彼とフェルメールはご近所さんでした。レンズを通して「見えない世界」を探究した二人の偉人の存在には驚くしかありません。
あわせて読みたい
(18)フェルメールの名画『デルフトの眺望』をオランダのマウリッツハイス美術館で堪能! 私がオランダにやって来たのも、デルフトの町を見てみたいという思いもありましたがやはり1番は私の大好きな『デルフトの眺望』や、フェルメールで最も有名なあの『真珠の耳飾りの少女』を観てみたいというのがその最大の目的でした。この記事ではその『デルフトの眺望』についてお話ししていきます。
あわせて読みたい
(19)フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』のオリジナルは想像をはるかに超えた傑作だった マウリッツハイス美術館にはもうひとつ、フェルメールファン必見の名画があります。 それがあの『真珠の耳飾りの少女』です。 実は私はこの絵にそこまでの期待をしていませんでした。私は『デルフト』が一番好きなのであって、この絵には元々あまり興味がなかったのです。 ですが、そうした私の思いはこの日を境にがらっと変わりました。こんなにすごい絵だったとは!
あわせて読みたい
アンソニー・ベイリー『フェルメール デルフトの眺望』あらすじと感想~時代背景と生涯を詳しく知れるお... この作品はフェルメールの生涯を詳しく知るのにとてもおすすめな伝記となっています。 『「キャンヴァスに向かう画家を間近に見る思い」と絶賛された評伝』と絶賛されるように、17世紀オランダの時代背景と共にフェルメール周辺の出来事がかなり詳しく語られていきます。しかもそれが読みやすく面白く書かれていますので、フェルメールをもっと知りたいという方にうってつけの伝記となっています。
あわせて読みたい
『もっと知りたいフェルメール 生涯と作品』あらすじと感想~17世紀オランダ絵画の時代背景も学べるおす... この本ではフェルメールが活躍した17世紀オランダの時代背景も詳しく知ることができます。 この時代のオランダ社会は、当時芸術界の中心だったローマとはまったく異なる様相を呈していました。 その社会事情の違いがオランダ絵画に独特な発展をもたらすことになります。その流れがとても面白く、一気にこの本を読み込んでしまいました。
あわせて読みたい
F・クレインス『ウィリアム・アダムス』あらすじと感想~初来日のオランダ船リーフデ号に乗ってきた英国... フェルメールをきっかけに東インド会社に興味を持った私でしたが、そこから日本の歴史とも繋がったということでこれは楽しい読書になりました。 ウィリアム・アダムスがオランダ船リーフデ号で日本に漂着したというのは後のオランダ東インド会社と幕府との貿易に非常に大きな影響を与えることになります。
あわせて読みたい
岩根圀和『スペイン無敵艦隊の悲劇』あらすじと感想~アルマダ海戦や海賊ドレイク、スペインの没落を知... この作品は有名なスペイン無敵艦隊が敗北したアルマダの海戦の流れを詳しく追っていく作品です。 イギリスがスペイン無敵艦隊を1588年に破り、それによってスペインは没落、イギリスが海上覇権を握ったきっかけとされるこの海戦。 スペイン無敵艦隊の撃破は上の絵にありますように、有名な海賊ドレイクの活躍やイギリス艦隊の華々しい勝利として語られがちですが、実はこの海戦はそのようなシンプルな筋書きではなかったということをこの本では知ることになります。 『ドン・キホーテ』の作者セルバンテスとのつながりも興味深かったです
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次