ニーチェとドストエフスキーの比較~それぞれの思想の特徴とはー今後のニーチェ記事について一言
今後のニーチェ記事について一言
今回の記事からドイツの哲学者ニーチェについて考えていきたいと思います。ニーチェと言えば難解な思想や「神は死んだ」という言葉で有名な哲学者ですよね。
正直、私は当ブログでニーチェを紹介することをずっとためらっていました。
というのも、ニーチェは読む者に良くも悪くも強烈な影響を与える存在だからです。
ニーチェの言葉には悪魔的な強さがあります。その感染力たるや凄まじいものがあります。
そして私が懸念していたのはニーチェを読むことで「攻撃的になり、他者を見下す傾向が生まれやすくなる」という点です。
学生時代から私はニーチェを読んできました。特に『ツアラトゥストラ』は何度も読みました。この本はかなり過激で攻撃的な言葉が多いです。正直、読むたびに「自分が他人よりもよく世界を知っている」という気にさせられ、そこから周りを見下してしまいそうな気分になってしまうのです(それは私が若かったからということや、私の読み方が未熟だったせいかもしれません。)
ニーチェは今もなお様々なところで引用されたり、「わかりやすい解説本」が出回っています。
ですが、私にはそれが怖いのです。
ニーチェは一歩間違えば他者を攻撃する根拠として使われてしまうのではないかと。
そしてそれは実際に歴史上何度も繰り返されてきたのでありました。後の記事で紹介しますがあのナチスもニーチェ思想をプロパガンダとして利用していたのです。
こうした理由からドストエフスキーと関係が深いながらも、ニーチェをブログで紹介することを私はためらっていたのでした。私のブログのポリシーとして、他者を攻撃することに繋がる内容は書きたくないという思いがあったのです。
しかし、最近ニーチェ関連の参考書を読んだり、ニーチェ作品を改めて読み返してみると、これまでとは違ったニーチェが私の前に現れてきました。ニーチェを学ぶことはドストエフスキーの理解をさらに深め、さらに言えば浄土真宗の開祖親鸞聖人を学ぶ上でも非常に有益な視点を与えてくれることに気づいたのです。
この記事ではそれらの点についてはお話しできませんが、それはいずれ後の記事で明らかになっていくと思います。
ただ、私はニーチェの専門家ではありませんので、基本的にニーチェの言葉についての解説は致しません。
気になった箇所や、興味深い解説を皆さんに紹介し、それについて私の感想を述べるにとどめます。学術的な思索や難しい哲学問題はこのブログでは語りません。ただでさえニーチェは危険な存在です。私が軽はずみに彼の言葉を解釈したり、意味を付け加えたりするようなことはしないという立場で後の記事は更新していきます。
ニーチェとは
さて、ニーチェとドストエフスキーの比較に入る前に、ニーチェとはそもそもいかなる人物かをざっくりと皆さんにご紹介します。
フリードリッヒ・ニーチェ
1844年10月15日プロイセンのレッケン村で牧師の長男として生まれる。ボン、ライプチッヒ両大学で文献学を研究、のちバーゼル大学教授となる。ヴァーグナー夫妻やブルクハルトと親交。1900年8月25日死去。ヨーロッパ文化とキリスト教への徹底した懐疑と批判を出発点とし、神の死を宣告するとともに、永遠回帰による生の肯定の最高形式を説いた。超人の理想を示し、未来の哲学を構想する19世紀の巨人的思想家。その謎に満ちたニーチェの哲学は現代思想の発火源として、現在もなお根源的な問いをわれわれに投げかけている。
筑摩書房、ニーチェ、信太正三訳『善悪の彼岸 道徳の系譜』表紙裏より
「神は死んだ」と宣言し、激烈なキリスト教批判を加えたニーチェが牧師の息子だというのは非常に興味深いですよね。
そしてニーチェは1887年にドストエフスキー作品を初めて読み衝撃を受け、その後も非常に大きな影響を受けたことでも知られています。この点について渡辺二郎・西尾幹二編『ニーチェ物語』では次のように述べられています。
◆ドストエフスキーとの出会いとその影響
ニーチェがはじめてドストエフスキー作品に接したのは、彼が精神の病いに倒れるわずか二年前であって、必ずしもドストエフスキーの真髄に深く触れたとはいえない。しかし、彼は本能的に自分と血縁の関係があることを察知したのであって、ドストエフスキーは晩年のニーチェにある独特な感銘な与えた作家である。ニーチェが確実に読んだと思われるドストエフスキーの作品は『地下生活者の手記』『死の家の記録』『虐げられた人びと』であって、このうちとくに、前二作から大きな刺戟を受け、「ドストエフスキーこそ、私が何ものかを学びえた唯一の心理学者である」といい、彼を見出したことを「生涯の最も美しい幸運に属する」と記している。
有斐閣、渡辺二郎・西尾幹二編『ニーチェ物語』P128
ここにありますようにドストエフスキーの思想によってニーチェ思想が出来上がったわけではありませんが、その思想の類似にニーチェは大きな衝撃を受けたと記録されています。ただ、ニーチェは後期ドストエフスキー作品を読んでいなかった可能性が高く、最終的な思想はドストエフスキーとかなり異なったものとなります。この点についてはこの後お話ししていきます。
またもう一点、これも非常に重要なのですが、ニーチェは1889年に発狂しています。自らの哲学によって彼は正気を失ってしまったのです。その頃にはもはや彼の人格は失われ、二度とそこから回復することはありませんでした。これもニーチェを考える上で見逃せない事実です。
他にもお話ししたいことは山ほどあるのですが、今回はここまでとさせて頂きます。
では、本題のニーチェとドストエフスキーの比較に入っていきます。
ニーチェとドストエフスキーの比較~それぞれの思想の特徴とは
私がニーチェを改めて読み直したいと思ったきっかけはフランス人ノーベル賞作家アンドレ・ジイドの『ドストエフスキー』を読んだのがきっかけでした。
この本の中にドストエフスキーとニーチェに関する非常に興味深い言及があったのです。これを読んでドストエフスキーとニーチェを比較することの意義を私は知らされることになりました。
以下、その箇所を見ていきましょう。
ドストエフスキーは、シベリヤ時代、彼の手に福音書を持たせたひとりの女に出会いました。一面福音書は牢獄で公式に許されている唯一の読書だったのです。福音書を読み、熟考したことはドストエフスキーにとって重要至極のことでした。つづいて彼の書いたすべての作品には、福音書の教義が浸透しております。われわれの談話が回を重ねるごとに、われわれは、彼が福音書に見出しているいろいろな真理に、いやでも立ちもどらねばならないでしょう。
福音書に出会うという一事が、ある側面で一つはきわめて縁の深い二つの天性を刺激しめざませた甚しく相異る反応、つまりニーチェにおけるさまざまの反応と、ドストエフスキーにおける反応を観察し、比較してみることは、極度に興味あることと私には思われます。
ニーチェにおける直接の、深い反応は、これはぜひ言わなければならないことですが、嫉妬でした。この感情を考慮せずにニーチェの作品を十分理解することは、できることだとは私には思われません。
ニーチェはキリストに嫉妬したのです、気が狂うほど嫉妬したのです。
『ツアラトゥストゥラ』を書きつつ、彼は福音書にわるさを仕掛けてやろうという望みに責めさいなまれつづけています。(中略)
彼は『反キリスト』を書きますし、又彼の最後の作品『エッケ・ホモ』のなかでは、《かの人》の教えを押しのけ、これにとって代わろうという意気込みで《かの人》の競争者ぶり、勝ち誇った態度に出ています。
ドストエフスキーにあっては、反応はこれとは全くちがっています。彼ははじめて接触したばかりでもう、そこには何か、ただ彼ばかりでなく、全人類より優れたもの、何か神的なものがあるのを感じました……(中略)
彼はキリストのまえに深く首を垂れました。この随順、この諦めの最初にしてしかももっとも重要な結果は、すでに申しましたように、彼の天性の複雑さを守るということでした。
実際、いかなる芸術家もが、彼ほど立派にあの福音書の教えを実践に移すことはできませんでした。《おのが命を救わんと欲するものはこれを失わん。しかれどもおのが命を與うるもの(おのが命を棄てて顧みざるもの)、かくのごときものはこれをまことに生けるものとなさん》。
この自己否定、この自己自身に対する断念こそ、ドストエフスキーの魂のうちに、この上なく相矛盾する感情の相共に住むことを許したものであり、彼のうちに相闘った敵対関係の異常な豊かさを救ったものでした。
新潮社版、『ジイド全集第14巻』所収、寺田透訳『ドストエフスキー』P76-77
※一部改行し、旧字体を新字体に改めました
ドストエフスキーは神に対し深く首を垂れました。
しかしニーチェはキリストに嫉妬し、キリストの教えを押しのけてこれに取って代わろうと意気込み、勝ち誇った態度を取ろうとしたとジイドは述べます。
この違いは一体何なのか。
究極の問題に対して二人が見せた姿勢の違いはどこからやってきたのか。
これが私にとって非常に興味深い問題となりました。
上の引用箇所を読み、私はニーチェとドストエフスキーの関係を改めて考え直してみたいと思ったのでありました。
一方は神の前に首を垂れ、もう一方はあくまで神を見下さんと上へ上へと向かおうとする。この違いは浄土真宗の開祖親鸞聖人が抱えていた問題とも非常にリンクしてきます。
これは私にとってもぜひ学びたいテーマとなりました。
というわけでこれより私が参考にしたニーチェとドストエフスキー関連の書物を紹介していきたいと思います。
以上、「ニーチェとドストエフスキーの比較~それぞれの思想の特徴とはー今後のニーチェ記事について一言」でした。
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