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(4)メディアを利用し人々の不満を反らすスターリン~悪者はこうして作られる

目次

社会による悪者探しに気を付けようースケープゴートを利用し人々の不満を反らすスターリン『ブラッドランド ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』を読む⑷

今回も引き続きティモシー・スナイダー著『ブラッドランド ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』を読んでいきます。

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この本を読めばスターリンとナチスの大量殺害がどのような世界情勢の中で行われたのかが明らかになります。

では早速始めていきましょう。

スターリンの政治的手腕ー敵を作りだし国内政策の失敗の責任をなすりつける才能

スターリンの政治的手腕のひとつに、外国からの脅威と国内政策の失敗とを結びつけてしまえる能カがある。実際はふたつが同じものであるかのように見せかけ、自分はどちらにも責任がないかのようにふるまう。政策失敗の責めを負うことなく、自分が選んだ国内の敵を外国のスパイと決めつけることができたのだ。

集団化政策の問題が表面化した一九三〇年にはすでに、トロツキーの支持者とさまざまな外国勢力が結託して国際的な陰謀を企てていると言いはじめていた。

「資本主義諸国による包囲網が存在するかぎり、わが国で破壊分子、スパイ、妨害分子、殺人者が暗躍を続ける」ことは火を見るよりも明らかだと主張した。

ソ連の政策に何か問題があるとすれば、それはあるべき歴史の流れを鈍らせようとする反動国家のせいであり、五カ年計画に欠陥があるように見えたとすれば、それは外国による内政干渉の結果である。それゆえ、裏切り者は当然、厳罰に処せられるべきであり、責任はつねにワルシャワ、東京、べルリン、ロンドン、パリにある。
※一部改行しました

筑摩書房、ティモシー・スナイダー著、布施由紀子訳『ブラッドランド ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』上巻P130

スターリンの政治的手腕のひとつとして挙げられるのがこの「敵を生み出す能力」だと著者は語ります。この能力があれば自らの失策の責任を負うこともなく、スケープゴートにすべてをなすりつけることができます。そうすることで自らの権力基盤に傷がつかないようにしていたのでした。

これはスターリンに限らず、あらゆる時代、あらゆる場所で行われうることです。

わかりやすい悪者を作り出し、そこに国民の憎悪や不安、恐怖を向けさせる。そうして問題の本質から目を反らさせようとするのです。

何か世の中で問題が起こった時に、「これは〇〇が~~する(あるいはしない)からこうなったのだ。」、「国民のほとんどはちゃんとしてるが一部の〇〇な人たちが守らないのでうまくいかない」と大々的に宣伝されている時は要注意です。悪者探しが大手を振っている時はそこに何かしらの意図があります。国民の怒りをそこに向けさせ、問題の本質を見せないようにしているのです。

特に「国民のほとんどはちゃんとしているが一部の〇〇な人たちが守らないのでうまくいかない」という言い方は特に危険です。これの何が怖いかというと、これを聞いた人は自分が善人であり、正義であり、正しい人間であるかのような印象を受けてしまいます。そのため「一部の〇〇な人」は悪人であり罰を受けるのは当たり前で攻撃しても構わないという空気が生まれます。「自分は正しい。自分こそ正義だ」と思い込んだ時に人間の攻撃性は高まります。

まして権力者のお墨付きがある時はなおさらそれは強まります。「あの人がそう言ってたし、私はそうしろと言われただけです」と責任回避ができるからです。このことについては以下の記事でそのメカニズムをより詳しくお話ししていますのでぜひご覧ください。

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こうして人々の不満や憎悪、恐怖の矛先が「作り上げられた悪人たち」へと向かって行きます。悪人たちのせいでこんなひどいことになったという空気が完全に出来上がってしまうのです。

ですが本当に彼らのせいで問題が起こったのでしょうか?本当はもっと問うべき問題があったのではないでしょうか。世の中のシステムやそもそもの前提がおかしかったということはありえないのでしょうか。また、単に悪者探しで終わらせるのではなく、真に改善すべきは何なのかという議論はできないのでしょうか。

スターリンやナチス時代の教訓を忘れてはならないと私は思います。かつて世界はこうして架空の悪人や敵を生み出し、権力者に都合のいい世界を作り上げたのです。

もう一度繰り返します。「悪者探し」には気を付けましょう。誰かの言葉に流され感情的に誰かを攻撃しても世の中は変わりません。むしろ悪化していくことになるでしょう。

私は以前、コロナ禍について思うことを次の記事で綴りました。

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悪者探しを続け、互いに憎悪を向け合っても何も変わりません。

私は日本が崩壊していくのを黙って見ているわけにはいきません。このままでは私たち同士の信頼関係も失われていってしまうことでしょう。

そんな世界に私はなってほしくない。互いに相手を悪者だと決めつけ、疑心暗鬼で監視し合うような世界になどなってほしくない。私はそう思います。

今本当に見るべきことは何か。問題の本質はどこなのか。私たちは目先の不安や恐怖、憎悪に流されることなく、冷静にこの事態を見ていかなければなりません。

無害で忠実そうな者こそ敵だ!

一九三七年にはもうソ連共産党内にスターリンと事を構えようとする反対勢力は見あたらなかったが、それが却って彼には、敵が潜行する術を身につけた証拠と見えたようだ。

その年、またもやスターリンは、飢饉が最悪の状況を迎えていたころと同様、国家のもっとも危険な敵は無害で忠実に見える者だと言いだした。すべての敵は、たとえ姿が見えなくとも、仮面を剥いで撲滅しなければならない、と。

ボリシェヴィキ革命二〇周年記念日(そして自殺した妻の五年目の命日の前日)にあたる一九三七年十一月七日、スターリンは乾杯の音頭をとった。「行動により思想によりーそう、思想によりだ!ーこの社会主義国家の結束を脅かそうとする者は、誰であろうと容赦なく抹殺する。あらゆる敵とその同類の完全なる破壊に、乾杯!」
※一部改行しました

筑摩書房、ティモシー・スナイダー著、布施由紀子訳『ブラッドランド ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』上巻P131

1937年の大粛清の頃には、スターリンによる悪者の創造はさらにエスカレートし、ついに「国家のもっとも危険な敵は無害で忠実に見える者だ」と言い出すほどになりました。こういう者は完璧に偽装したスパイだというのです。こうなったらもう誰が味方で誰か敵かなど誰にもわかりません。しかしこのシステムが機能してスターリンの権力はもはや誰にも手を付けられないほどになっていったのでした。

悪者探しの行く果てはこうしたことに繋がっていくのです。何もしていなくとも「悪者だ」と断定され粛清される。ある意味「悪者探し」の本質が極めてわかりやすい形で露見したとも言えるかもしれません。

「反ソ分子」粛清指令ー党官僚たちの「ノルマを超えねばならぬ」という暗黙の了解

一九三七年七月二日、スターリンとソ連共産党政治局は、「反ソ分子について」と題した電報を送り、ソ連のすべての地域で大量弾圧をおこなうよう指示した。

ソ連の指導部は最近頻発している破壊工作、犯罪行為はクラーク(※富農のこと。しかし実際は豊かな農民などほとんど存在せず、でっちあげの存在。ブログ筆者注)の仕業であると断定した。国内のありとあらゆる問題をクラークのせいにしたも同然だった。

政治局は各地域のNKVD支局に、所轄区域に住むすべてのクラークの登録を命じ、処刑や流刑の割当件数を示した。すると、ほとんどのNKVD支局が、さまざまな「反ソ分子」をリストに加える許可を求めてきた。七月十一日には、第一回団弾圧対象者のリストがすでに政治局に提出されていた。

スターリンの命令で、こうした候補者に加え「さらに一〇〇〇人」が検挙された。これによって作戦自体のハードルがあがり、国家警察には、単に名簿に載った者を全員処刑するだけでは不十分であるという明確なシグナルが送られることとなった。NKVDの職員は、脅迫と粛清に彩られた環境で自分の勤勉さをアピールするため、さらに多くの犠牲者をさがす必要に迫られたのだった。

スターリンとエジョフは、「すべての反革命運動を直接、物理的に一掃する」ことを望んだ。これはつまり、敵を「きれいさっぱり」取りのぞくことを意味した。

「元クラーク、犯罪者、その他の反ソ分子鎮圧作戦について」と題した一九三七年七月三十日付の命令第〇〇四四七号により、モスクワから各地域に改訂された割当人数が通達された。

七万九九五〇人のソヴィエト国民を銃殺刑に処し、一九万三〇〇〇人を八年から一〇年間のグラーグ(※強制収容所)行きとすることが求められた。政治局やモスクワのNKVD本部が誰か特定の二七万二九五〇人を弾圧の対象としようと考えたわけではない。誰がこの割当人数に入るかはわからなかった。NKVD各支局が決めることになったのである。

殺害・投獄の割当数は、公式には「限界値」と呼ばれたが、関係者はみな、それを超えることを期待されているのを知っていた。NKVD職員なら誰でも「反革命主義」に立ち向かう熱意が不足しているとは思われたくない。

エジョフの示した目安を「十分に超えていないよりは、超えすぎたほうがよい」ことがわかっていたので、なおさらだった。今回のクラーク作戦では、七万九九五〇名ではなく、その五倍の人数が銃殺される結果となった。NKVDは命令第〇〇四四七号の要件を満たすため、一九三八年末までに三八万六七九八人のソヴィエト国民を処刑した。
※一部改行しました

筑摩書房、ティモシー・スナイダー著、布施由紀子訳『ブラッドランド ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』上巻P143-144

処刑の人数をノルマとして通達し、現地官僚はノルマ達成のため熱心に処刑した・・・

この箇所もかなり衝撃的です。

まず、ノルマありきの処刑という点が恐ろしいです。何か罪を犯したから逮捕するというのではありません。割り当て人数を埋めるために犯罪を作り出すという倒錯した状況が出現したのです。

しかも現地の官僚はスターリンへの忠誠を示すために熱心に処刑します。もしノルマより少なければ「忠誠心が足りない」と自分が処刑されてしまうかもしれない。そんな恐怖もあり彼らは従順にその縦割り政策に従うのでした。ソ連の官僚組織の実態がここに表れています。

迅速かつ無差別の処刑ー拷問による自白の強要

NKVD支局では、警察の力を借りて六四の各地域に置かれた「作戦本部」で調査をおこなった。「作戦部隊」が取り調べ候補者のリストを作成した。こうした標的となった人々は逮捕され、自白を強要され、共犯者をでっちあげるよう誘導された。

自白は拷問によって引き出された。NKVDなどの警察機関では、昼も夜も途切れることなく質問攻めにする「コンべヤー方式」を採用していた。容疑者を壁際に横一列に立たせ、壁に触れたり眠り込んだりしたら殴る「直立方式」も補助手段として使った。

期日までにノルマを達成しようという焦りから、担当官はしばしば、自白が得られるまでただ拘留者を殴り続けた。スターリンはそれを一九三七年七月二十一日に許可している。

ソヴィエト・べラルーシでは、尋問官が容疑者の頭を便器に突っ込んで押さえつけ、首をあげようとするたびに殴ったという。

あらかじめ供述書の原稿を作っておいて、個人の情報を書き入れ、手書きで内容に修正を加えていた尋問官もいる。無理やり白紙に署名させ、あとからゆっくり書類を作成する者もいた。このようにしてソ連の機関は「敵」の「仮面を剥ぎ」、その「思想」を記録に残していった。
※一部改行しました

筑摩書房、ティモシー・スナイダー著、布施由紀子訳『ブラッドランド ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』上巻P145-146

ソ連の秘密警察は拷問よって無理やり自白を引き出しました。そして引き出した自白を基に新たな犠牲者を連行してくる。そうしてノルマを達成するべく「裏切り者」を摘発し続けたのでした。

読むだけでぞっとします。これがソ連の実態だったのです。

クラークを対象としたこの作戦は秘密裡に進められた。罪に問われた本人をふくめ、誰も判決内容を知らされなかった。刑が決まればただ連れ去られるだけだ。

最初は監獄のような施設に入れられ、次には、貨物列車に乗せられるか、処刑場へ送られる。処刑用の施設が建設されたり、慎重に選定されたりした。

処刑は必ず夜間にひそかに、防音処理が施された地下室や、騒音で銃声がかき消される自動車整備工場のような大きな建物や、人里離れた森の中でおこなわれた。

処刑人はNKVDの職員で、たいていナガンの軍用拳銃を使用した。ふたりが囚人の両腕をつかみ、背後から処刑人が頭部の付け根に弾を一発撃ち込む。そのあと、こめかみに「とどめの一発」を見舞うこともあった。ある指示書には、「処刑後は、前もって掘っておいた穴に死体を寝かせ、ていねいに埋葬してから、その穴をカムフラージュすること」と具体的に手順が示されていた。

一九三七年の冬が来て地面が凍結すると、爆発物を使って穴を準備した。この任務に参加した者は秘密保持を誓った。直接携わった者はごく少数だ。モスクワの郊外地区、ブトヴォでは一九三七年から三八年にかけて、わずか二一名のNKVD職員から成るチームが二万〇七六一名を銃殺した。
※一部改行しました

筑摩書房、ティモシー・スナイダー著、布施由紀子訳『ブラッドランド ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』上巻P147

ある日突然隣人が消える・・・その人は二度と帰ってこなかった・・・

こうしたことがソ連では日常茶飯事でした。そうした恐怖の生活を克明に描いたのが以前当ブログでも紹介した赤軍従軍記者で作家のワシーリー・グロスマンでした。

ワシーリー・グロースマン(1905-1964)Wikipediaより

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どこに監視の目があるかわからない。

仮に何も悪いことをしなくともいつでっちあげの容疑をかけられるかもわからない。

そんな日々を過ごさなければならないとしたら、私は正気を保っていられるか自信がありません・・・

続く

※最後にもうひとつ。以前私は「ブッダのことばに聴く」というコーナーで「他者を悪とすることで自分は正しい、善い者になれる」ということについてお話した記事を書きました。

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お釈迦様がどのような教えを説いていたかということをこのコーナーで紹介していきますので、ぜひご一読頂けますと幸いでございます。

※2021年12月27日追記

悪者探しの危険性とスターリンによるメディア戦略についてお話ししたこの記事でしたが、こうした監視、抑圧、密告社会はソ連に限ったことではありません。ナチスでもそうでしたし戦時中の日本も同じです。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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