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ティモシー・スナイダー『ブラッドランド ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』概要と感想
今回ご紹介するティモシー・スナイダー著、布施由紀子訳『ブラッドランド ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』は2015年に筑摩書房より出版されました。
早速この本について見ていきましょう。
ウクライナ、ポーランド、ベラルーシ、バルト三国。西側諸国とロシアに挟まれた地で起こった未曾有の惨劇。その知られざる全貌を暴いた世界的ベストセラー。
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ウクライナ、ポーランド、ベラルーシ、バルト三国。この一帯はヒトラーとスターリンによって何度も蹂躙され暴虐の限りが尽くされた。死者およそ1400万。そこに戦闘で亡くなった兵士は含まれない。強制収容所でのガス殺だけではない。ポーランド知識人を集中的に銃殺した「カティンの森」事件。ソ連・ドイツ双方が、住民一掃を目指してウクライナで展開した「飢餓作戦」。なぜこの地はこれほど理不尽で無慈悲な大量殺人にさらされることになったのか。公文書館を回り、丹念に記録を掘り起こした歴史家の執念によって20世紀最大の蛮行の全貌がついに明らかに──。世界33カ国で刊行、圧倒的讃辞を集めた歴史書の金字塔。
Amazon商品紹介ページより
上の概要紹介から明らかなようにこの本はスターリンとヒトラーの大量虐殺について書かれたものです。
しかもこれまで語られてこなかった事実がこの本で明るみに出されます。これは以前紹介した『スターリン伝』と同じく、新たな資料がソ連崩壊によって次々と発見されてきているからです。
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彼の生まれや、育った環境は現代日本に暮らす私たちには想像を絶するものでした。暴力やテロ、密告、秘密警察が跋扈する混沌とした世界で、自分の力を頼りに生き抜かねばならない。海千山千の強者たちが互いに覇を競い合っている世界で若きスターリンは生きていたのです。
この本を読めばスターリンの化け物ぶりがよくわかります。
そして何より、この本はナチスによるホロコーストについても多くの言及があります。
私は2019年にアウシュヴィッツを訪れました。人類の犯した悲惨な過去を学ぼうと思ったからです。
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アウシュヴィッツに実際に行って、私はどんな思いを抱くのだろうか。
旅の前にはそんなことをよく考えていた。
では、実際私はここに来て何を感じたのか?
それは「何も感じないこと」の恐怖であった。アウシュヴィッツは「普通の場所」だった。だがそのことに私は戦慄を感じたのでした
しかしです。この本を読んで自分がいかに何も知らないのかということを思い知らされることになりました。
それは次の記事からこの本を読んでいく過程で皆さんにも明らかになっていくと思います。アウシュヴィッツに対する見方が変わってしまうほど衝撃的な事実がそこにはありました。
最後に訳者あとがきよりこの本について述べられた箇所を紹介します。
一九三〇年代の主たる殺戮場はソヴィエト西部だった。ウクライナではスターリンが引き起こした人為的な飢饉で約三三〇万人が命を落とし、その後の大テロル(階級テロルと民族テロル)でも三〇万人が銃殺された。
一九三九年以降は独ソが共同でポーランドを侵略し、ポーランド国民二〇万人を殺害した。一九四一年にはヒトラーがスターリンを裏切ってソ連に侵攻、ソヴィエト人戦争捕虜やレニングラード市民など四二〇万人を故意に餓死させた。
さらに、一九四五年までに、占領下のソ連、ポーランド、バルト諸国でユダヤ人およそ五四〇万人を銃殺またはガス殺し、べラルーシやワルシャワのパルチザン戦争では報復行動などで民間人七〇万人を殺害した。
それで締めておよそ一四〇〇万人。ここには戦闘による死亡者はいっさいふくまれない。それでも、第二次世界大戦中の独ソの戦死者数の合計を二〇〇万人も上まわるという。しかもこの一帯では戦後も、ドイツ人への報復や民族浄化の嵐が吹き荒れて、多大な犠牲が生まれたのだった。
著者はそうした殺戮劇のひとつひとつを丹念に記述していく。信じがたい数値を示しつつ、犠牲者の遺書や手紙や日記、加害者側の記録や手記も引用し、被害者が生きた証を伝える配慮もしている。そこには著者の静かな怒りも感じられるようだ。しかしどの物語にも救いはない。あるのは、想像を絶する苦しみと恐怖のみだ。
アウシュヴィッツの強制収容所では一〇〇万人のユダヤ人が殺されたが、著者はそれでさえ、ホロコーストの一部でしかないと言う。モロトフ=リッべントロップ線以東の地域では、はるかにすさまじい残虐行為が繰り広げられていた。
しかしその事実の多くは大戦終結後におろされた鉄のカーテンによって封印された。ユダヤ人以外の人々も差別を受け、生命軽視の対象となった。だが時と場合が異なれば、彼らもまた復讐の鬼と化し、殺戮に手を染めたのだ。
率直に言って、読むのはつらい。人はこうも残忍に、利己的になりうるのか。こんな理不尽な生があってよいものか。あとからあとから繰り出される犠牲者数の膨大さは息苦しいほどだが、徐々に見慣れてくる自分が空恐ろしくなってきたりもする。
しかし加害の歴史を持つ国に生まれた者としては、読み進めずにはいられない。真実を追い求める信念がそうさせるのだろう。過去との向き合い方を語る最終章の『結論―人間性』は圧巻だ。
※一部改行しました
筑摩書房、ティモシー・スナイダー著、布施由紀子訳『ブラッドランド ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』下巻P299-300
訳者が「読むのはつらい」と言いたくなるほどこの本には衝撃的なことが書かれています。しかし、だからこそ歴史を学ぶためにもこの本を読む必要があるのではないかと思います。
そもそもこの本を読むきっかけとなったのはスターリンの大テロル(粛清)と第二次世界大戦における独ソ戦に興味を持ったからでした。
スターリンはなぜ自国民を大量に餓死させ、あるいは銃殺したのか。なぜ同じソビエト人なのに人間を人間と思わないような残虐な方法で殺すことができたのかということが私にとって非常に大きな謎でした。
その疑問に対してこの上ない回答をしてくれたのがこの『ブラッドランド ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』でした。
次の記事から「『スターリン伝』を読む」シリーズと同じようにこの本で気になった箇所を紹介していきます。かなりの分量になりますのでしばらくの間この本を紹介し続けていくことになりますが、私にとっても非常に重要なことなのでじっくりと進めていきたいと思います。
以上、「独ソ戦の実態を知るのにおすすめの衝撃の一冊!」でした。
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ブラッドランド 上 ――ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実 (ちくま学芸文庫 ス-29-1)
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『ブラッドランド ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』という作品は本当に衝撃的な一冊でした。
自分がいかに何も知らなかったかということを思い知らされました。私たちが習う世界の歴史では見えない事実がこの本にはあります。そしてそうした見えない事実こそ、私たちが真に学ぶべき事柄であるように思えます。
混乱を極める現代において、暗い歴史を学ぶことはたしかにつらいことかもしれません。ですが、だからこそこうした歴史をくり返さないためにも苦しくとも学ぶ意味があるのではないかと思います。
ぜひ、これらの記事を読んで頂けたら嬉しく思います。
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