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『共食いの島 スターリンの知られざるグラーグ』あらすじと感想~人肉食が横行したソ連の悲惨な飢餓政策の実態

目次

ニコラ・ヴェルト『共食いの島 スターリンの知られざるグラーグ』概要と感想

ニコラ・ヴェルト著、根岸隆夫訳『共食いの島 スターリンの知られざるグラーグ』はみすず書房より2019年に出版されました。

早速この本の概要を紹介していきます。

西シべリアのオビ川に浮かぶ無人島、ナジノ島へ、1933年早春、モスクワとレニングラードから6000人が着のみ着のまま移送・遺棄され、事件は起きた。

スターリンが「上からの革命」(富農階級の撲滅、農業集団化、第一次重工業化)に着手したのは1929年。その結果、穀倉地帯ウクライナは大飢饉におそわれる。農民は大挙して都市へ流入、都市では犯罪が激増した。秘密警察は1930年代前半、「大都市の浄化」と称して元富農や「社会的有害分子」の一掃を決め、西シべリアへは13万人強(1933年)が強制移住させられたのだ。

ナジノ島の6000人という規模は、シべリアに送られた犠牲者総数の、ほんの芥子種一粒にすぎない。しかし著者は、発掘した「事件」関係の資料から、強制移住政策の全容を知ることになった―「壮大な計画」の立案、拙速な長距離移送が原因の大混乱、送られた人たちの運命まで。

フランスの代表的なソ連史研究者ヴェルトは事実を淡々と語り、画期的な研究を実らせた―さらにこの「ミクロヒストリー」をとおして、スターリンの恐怖政治、収容所群島、秘密警察、ソビエト官僚制の実像までが見えてくるだろう。

Amazon商品紹介ページより
ウラル山脈西側のペルミにあったグラーグ(強制収容所)Perm-36 Wikipediaより

この本は1933年の大粛清の時期に意図的に数百万の人を餓死させた悲劇の一つにスポットを当てた作品です。

読み始めて驚いたのですが本のはじめでいきなりショッキングな描写が出てきます。

島にはコスティア・ヴェニロフという名前の監視兵がいた。若い男だった。連れてこられたあるきれいな女の子に気があった。だから、かのじょをかばった。

ある日、ちょっと留守にするので、仲間の1人にかのじょを守ってくれと頼んでおいて出かけた。頼まれた仲間にしてみれば多勢に無勢でなす術がなかった。

……娘はポプラの樹に縛りつけられ、乳房、筋肉が切り取られ、食べられるところは余さず……飢えた人びとはむさぼり食った。

コスティアがもどってきたとき、かのじょはまだ息があった。助けようとしたけれども失血で死んでしまった。この男には運がなかった。

ここで起きていたのはこんな類のことだったのだ。島を歩くと、ほうぼうで切り裂かれた人間の肉がぼろ布に包まれて樹の枝にかけてあった。
※一部改行しました

みすず書房、ニコラ・ヴェルト著、根岸隆夫訳『共食いの島 スターリンの知られざるグラーグ』P2-3

この本ではこうした人肉食が起こるほどの飢餓がなぜ起きたのか、なぜこれほどまでに無秩序な無法地帯になってしまったのかが語られます。

作者はこの本の結びで次のように述べています。

「共食いの島」のできごとは、他の多くの強制移住にくらべて裏づけ資料が例外的に豊富な例である。この事件はわれわれに何を教えているだろうか。

第一に、ユートピア実現に着手することがいかに血まみれだったかを明らかにしている。それはソビエトの特定の地域、とくに都市の「社会に有害な階級脱落分子」をシべリアの「ゴミ処理場」へ強制移送することによって都市を「清掃」あるいは「純化」するという目的の官僚的・警察的計画であり、社会工学の途方もない事業だった。

また、いまだにほとんど知られていない、第二のグラーグとされる「特別移住」制度の機能を理解させてくれる。この制度は四半世紀にわたり労働収容所制度と並行して発達し、増殖した。

1930年代はじめにソビエトの「極東」をおおった極端な暴力の環境をしめすナジノ事件は、ソビエト辺境の、全体として制御不能の地域で起きたことと、そこで猛威をふるった暴力がどんなものだったかを雄弁に物語っている。

結局ナジノ事件は、極限状況におかれたひとつの人間集団を人類学的に観察するすぐれた実験場だった。それは紛うことなき野蛮化の過程をへた結果、堕落して限界を超えたのである。

みすず書房、ニコラ・ヴェルト著、根岸隆夫訳『共食いの島 スターリンの知られざるグラーグ』P155

この本を読むとスターリンの集団移送、飢餓計画がいかに場当たり的で杜撰なものだったかがわかります。

モスクワの官僚たちは無理難題な要求をシベリアに送り付けます。それに対してシベリアの官僚たちは「現実的にそんな計画は無理だ」と何度も警告するもまったく中央部は取り合おうとしません。

彼らはシベリアの実態をまったく把握しようとせず、とにかく移送さえできればいいという態度でシベリアにすべてを押し付けます。

その結果案の定現場は大混乱になり、食べ物も衣類すらない中で無数の人たちが何もない場所に放置されることになったのです。

そんな環境では確実に死んでしまいます。しかしどうしようもありません。モスクワにいるソ連の指導部にとっては彼らがどうなろうが知ったことではないのです。

スターリン時代の粛清はあまりに規模が大きく、犠牲者の数も数百万人レベルです。そうした巨大な数字の中では個々の死に様は逆にあまり語られなくなってしまいます。

この本はソ連崩壊に伴って新しく研究可能になった資料が基になっています。かつては歴史の闇に葬り去られた事件が今こうして明るみに出されているのです。

また同時に、訳者あとがきで興味深い指摘もされていました。

だがプーチン政権になって、ソ連時代の文書の閲覧は国益に反するとして制限されるようになった―ロシアの過去は栄光に包まれるべきだ。下世話に言い換えるならば、臭いものには蓋をすべきだ、と。過去を管理する者は未来を支配できる。ロシアでは教科書の記述においても、スターリンの肯定的再評価がみられるようになった。

みすず書房、ニコラ・ヴェルト著、根岸隆夫訳『共食いの島 スターリンの知られざるグラーグ』P181

スターリン関連の本を読んでいると、ロシア人の間では現在もスターリンは高く評価されているということが何度も出てきましたが、それは上のような事情があるからなのでしょうか。特に横手慎二著『スターリン 「非道の独裁者」の実像』ではそうしたロシアの状況が指摘されていました。

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正確なことは私にはわかりませんが、このあとがきの言葉は非常に重要な指摘であると思います。そして、

「過去を管理する者は未来を支配できる。」

この言葉は絶対に忘れてはなりません。だからこそ私たちは歴史を学ぶ必要があるのではないでしょうか。

この本はかなりショッキングな内容の本ですが、大量殺人の現場で何が起きていたのか、モスクワとシベリアの官僚たちのやり取り、ずさんな計画を知ることができます。

そして何より絶望的な飢餓の状況で人間はどうなってしまうのかということ。

ロシアを知るだけではなく、人間の歴史を知る上でも非常に重要な示唆が詰まった本となっています。とてもおすすめです。

以上、「『共食いの島 スターリンの知られざるグラーグ』人肉食が横行したソ連の悲惨な飢餓政策の実態」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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