シェイクスピア『アントニーとクレオパトラ』あらすじと感想~シーザー亡き後のローマ帝国が舞台!愛に溺れた男の栄枯盛衰の物語
シェイクスピア『アントニーとクレオパトラ』あらすじと感想~シーザー亡き後のローマ帝国が舞台!愛に溺れた男の栄枯盛衰の物語
今回ご紹介するのは1606年から1607年頃にシェイクスピアによって書かれた『アントニーとクレオパトラ』です。私が読んだのは新潮社版福田恆存訳2014年第39刷版です。
早速この本について見ていきましょう。
シーザー亡き後、ローマ帝国独裁の野望を秘めるアントニーはエジプトの女王クレオパトラと恋におちる。妖女の意のままになったアントニーはオクテイヴィアスとの大海戦に敗れ、クレオパトラ自殺の虚報を信じて自殺する…。多様な事件と頻繁な場面転換を用い、陰謀渦巻くローマ帝国を舞台に、アントニーとクレオパトラの情熱と欲情を描いて四大悲劇と並び称される名作である。
Amazon商品紹介ページより
今作『アントニーとクレオパトラ』は以前紹介した『ジュリアス・シーザー』の続編にあたる作品です。
ジュリアス・シーザーと言うと「誰?」となってしまうかもしれませんが、ローマ式の読みだと「シーザー(CAESAR)」は「カエサル」になります。
カエサルといえばルビコン川を渡ったあのカエサルです。
「賽は投げられた」、「ルビコン川を渡る」、「来た、見た、勝った」、「ブルータス、お前もか」
これらの言葉も一度は聞いたことのある名言ですよね。
このシーザーを暗殺したブルータスと、そのブルータスを名演説によって倒したアントニーを巡る物語が前作『ジュリアス・シーザー』になります。
前作でのアントニーの活躍は凄まじいものがありました。彼の名演説は聴く者を熱狂させる圧倒的なものでした。彼の有能な政治家ぶりがまざまざと感じられるシーンで、これは私にとっても非常に印象に残ったのでありました。
そして今作『アントニーとクレオパトラ』はそんな有能な政治家アントニーが主役の物語なのですが、前回とは打って変わってダメダメなアントニーを目の当たりにすることになります。
なぜあんなにも有能だったアントニーが運命の坂道を転がり続けるのか、その原因が何を隠そう、クレオパトラなのです。
アントニーはクレオパトラに夢中です。彼は愛に溺れ、政治や軍事に向けるべきエネルギーがどんどん枯渇していきます。
クレオパトラはフランス文学風に言うならばまさに「ファム・ファタル」、男を破滅させる魔性の女に他なりません。
ですがこの作品では面白いことに、クレオパトラもアントニーに夢中なのです。
アントニーにとってクレオパトラはどうしても抗いがたい恋の相手であり、クレオパトラにとってもそれは同じだったのです。
ですが二人はローマ、エジプトの政治の決定権を持つ立場です。そんな二人が愛で結ばれてめでたしめでたしという単純な恋物語で終わることなど許されるはずもありません。
ローマはローマで様々な陰謀が渦巻き、エジプトも国家の存亡をかけた政治上の駆け引きが繰り広げられています。そんな時にアントニーは恋に溺れ政治上の失策を繰り返し、最後には破滅してしまいます。
あのシーザーを倒したブルータス。そしてそんなブルータスをさえ打ち負かした「あのアントニー」がこうも没落していくのか、そんな思いに駆られます。
この作品は『ジュリアス・シーザー』からの流れで読んでいくと、ローマ帝国の壮大な栄枯盛衰を感じられて非常に面白い作品となっています。
最後にこの本の巻末に収録されているクレオパトラについての解説をここで紹介したいと思います。これを読めばこの作品の大まかな流れと、この作品が歴史的にどのような位置づけに当たるのかがよくわかります。
クレオパトラ
エジプトのプトレマイオス王朝の女王歴代の通称―中略―最も有名なのはプトレマイオス十一世の女、前六九年(あるいは前六八年)生れ。
十七歳で弟と共に王位に就き、エジプトの慣習に随い、弟の妻となる。数年後、女王の位を剥奪され、逐われてシリアに退いたが、復権の機会をねらって軍備を怠らなかった。
丁度その頃、ジュリアス・シーザーがポンぺイを追ってエジプトに侵入して来た。シーザーはクレオパトラの魅力に捉えられ、そのために戦いを起した。弟のプトレマイオスは戦死し、クレオパトラはその下の弟と共にニたび王位に就くが、その弟も間もなく毒殺してしまった。
その後、クレオパトラはローマに行き、シーザーが暗殺されるまで、公然とその妾として共に暮した。暗殺が起ると、自分の不評を知っていたクレオパトラは直ちにエジプトに帰った。が、引続いてマーク・アントニーの同盟者かつ妾となった。二人の結附きがローマ人の激しい不評を招くに至り、オクテイヴィアスは二人を相手に軍を起し、アクチャムに戦って大勝した。(前三一年)
クレオパトラはアレクサンドリアに逃げ帰り、アントニーも後を追ってそこに至った。クレオパトラは結局勝目なしと悟り、アントニーを暗殺すべしというオクテイヴィアスの要求を受入れ、かつてアントニーと共に死ぬために造った廟に彼を呼ぶが、アントニーは既にクレオパトラが自殺してしまったという虚報を信じて、先に自殺してしまった。
クレオパトラはオクテイヴィアスが自分の魅力に惑わされぬと知り、言伝えによると、毒蛇アスプを胸に当てがって、みずから命を絶った。(前三〇年八月二十九日)
クレオパトラの死と共に、プトレマイオス王朝は滅亡し、エジプトはローマ領になる。クレオパトラにはアントニーとの間に三人の子があり、シーザーとの間に出来た男子シーザリオンはオクテイヴィアスに処刑されたという。
新潮社、シェイクスピア、福田恆存訳『アントニーとクレオパトラ』2014年第39刷版P223-224
※一部改行しました
クレオパトラが絶世の美女だったということは有名ですが、実際に彼女がどんな人生を送ったのかというのは意外と盲点ですよね。私も今回この解説を読んで「ほぉ!そうだったのか」と改めて驚きました。
アントニーの前はシーザーとも恋愛関係にあったというのも驚きでしたし、ローマ帝国とここまで深い関係があったのかと驚かされました。逆に言えばローマ帝国と深いつながりがあったからこそこうして歴史に名を残したというのもあるかもしれません。
『アントニーとクレオパトラ』はこうした古代ローマ帝国の大きな歴史の流れも感じることができる作品です。この作品だけを単独で読むのはかなり厳しいとは思いますが『ジュリアス・シーザー』を読んだ後にこの作品を読めばその面白さを感じることができるのではないかと思います。
ぜひ『ジュリアス・シーザー』とセットで読んで頂きたい名作です。
以上、「シェイクスピア『アントニーとクレオパトラ』あらすじと感想~シーザー亡き後のローマ帝国が舞台!愛に溺れた男の栄枯盛衰の物語」でした。
※2024年11月追記
『ジュリアス・シーザー』、『アントニーとクレオパトラ』を読まれた方にぜひおすすめしたいのが同じくシェイクスピアの『タイタス・アンドロニカス』という作品です。
シェイクスピアのマニアックな名作の筆頭として私はまずこの作品を挙げたいです。
この作品は私の中でもトップクラスに印象深い作品です。
古代ローマを舞台にした劇をシェイクスピアはいくつも書いていますがその中でも最も有名なのはやはり『ジュリアス・シーザー』ではないでしょうか。そして『アントニーとクレオパトラ』が次点に連なるのではないかと思います。
この『タイタス・アンドロニカス』はシェイクスピアの初期の作品です。つまり彼にとっての最初の古代ローマの劇が本作品になります。
そしてぜひ強調したいのがこの作品のとてつもないどぎつさです。とにかくむごい!ちょっと想像を絶するむごさです。読んでいてかなり辛くなります。
『リア王』もかなり悲惨な劇ではありますがそれをはるかに超える残虐さ、非道ぶりです。
「どいつもこいつも復讐の餌食になるがいい!」
Kindle版、新潮社、『タイタス・アンドロニカス』、シェイクスピア、福田恆存訳、位置No1426
これは悪事を企んだエアロンというイアーゴー的な男が捕らえられた時に苦し紛れに叫ぶ言葉であるのですがまさにこの言葉通り、この作品では復讐が復讐を呼び、互いに残虐な仕返しを繰り返すことになります。
そして最終的にその憎しみの声は主人公タイタスの次のような恐るべき言葉で表されることになります。
聞け、悪党共、俺は貴様等の骨を碾いて粉にし、それを貴様等の血で捏ね、その練り粉を延し、見るも穢はしいその貴様等の頭を叩き潰した奴を中身にパイを二つ作って、あの淫売に、さうよ、貴様等の忌はしい母親に食はせてやるのだ、大地が自ら生み落したものを、再び呑込む様にな。
Kindle版、新潮社、『タイタス・アンドロニカス』、シェイクスピア、福田恆存訳、位置No1621
初期シェイクスピアにしてすでにこのような恐るべき言葉がすでに現れているのです。ちょっと常軌を逸していますよね。私もこの箇所を読んだ時はさすがにぞっとしました。
ですがこのタイタスの怒りも正当といえば正当です。それだけのことをこの母(敵役のタマル)とその子たち(ここでは貴様等と呼ばれている)にされてきたのです。(娘の夫を目の前で殺害し、娘をそのまま強姦。さらにその罪がばれないように娘の舌と両手首を切り落とし、さらにはタイタスの息子たちに濡れ衣を着せて処刑した。なんと恐ろしい!)
とにかくこの作品は異常に残酷です。このことについての若干の解説も解題ではなされています。このことについてはこれ以上は触れませんが、これまで述べてきたようにこの作品は後期悲劇作品につながるものを感じることができます。
そして登場人物の圧倒的個性、人物の巨大さですね。これも見逃せません。
先ほども出てきたイアーゴー格のエアロンという男。悪の権化のような人物ですがこの男の巨大さ、そして一筋縄ではいかない複雑さたるや!これはすさまじい人物造形だと思います。よくもまあこんなにも強烈な人物を生み出したなと驚くほどです。現代風に言うなら、ものすごくキャラが立っています。その存在感は主人公タイタスを完全に圧倒しています。
これはとてつもない作品です。シェイクスピアの初期作品にしてすでに圧倒的な迫力です。ぜひぜひこのどぎつい作品に度肝を抜かれてみてください。
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