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篠野志郎『写真集 東アナトリアの歴史建築』あらすじと感想~知られざるトルコ、アルメニア、シリアの独特な教会建築とは!

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篠野志郎『写真集 東アナトリアの歴史建築』概要と感想~知られざるトルコ、アルメニア、シリアの独特な教会建築とは!

今回ご紹介するのは2011年に彩流社より発行された篠野志郎著『写真集 東アナトリアの歴史建築 Stone Arks in Oblivion』です。

早速この本について見ていきましょう。

東アナトリアに遺るキリスト教・イスラーム教の歴史建築の全貌!500点

五世紀の柱上苦行僧・聖シメオンが最期に目にしたヴィジョンとは?
東アナトリアの荒野に漂着した「石の方舟」が忘却の淵から謳い上げる豊饒なカンタータ

パレスチナに生まれたキリスト教は西欧に布教され、強大な教会権力を生み出した。その権力機構のもとで、西欧の各地に壮麗な教会堂が建設された。・・・・・・しかし、その信仰はシリアを経由して東アナトリアにも伝えられた。そこで広まったキリスト教は、アルメニア教会、グルジア教会(後にビザンツ教会に復帰)、或いは単性派教会にみられるように、五世紀のカルケドンの公会議で異端として退けられながらも、そこに住む人々の信仰を獲得していった。東アナトリアに広まったキリスト教では、史料の多くは失われ、祈りを捧げた人々のほとんどは記録を残す事もなく、歴史の彼方へと消えていった。だが、祈りを捧げた空間は、雄弁に彼らの存在を語っている。・・・・・・

Amazon商品紹介ページより

この作品は東アナトリアと呼ばれるトルコ東部の地域の教会建築を中心とした写真集になります。

東アナトリア地方 Wikipediaより

上はトルコの地図なのですがこの赤く塗られている地方が東アナトリアになります。

世界地図で見ますと、ノアの箱舟で有名なアララト山があるのもこの東アナトリア地方になります。

この地方のキリスト教教会となると、ローマカトリックでもプロテスタントでも、正教でもありません。ですがこの地方はキリスト教が最も早く根付いたエリアとして知られています。

巻末の「解題」ではこの写真集について次のように述べられています。

本書は、東アナトリア地域に残された多用な歴史建築を、一二年にわたる研究成果を踏まえて紹介した写真集である。二〇〇七年に刊行した写真集『Out of Frame ーアルメニア共和国の建築と風土』の続編にあたる。まさに本書の書き出しは、前書の「おわりに-Into the Frame」で記した二〇〇五年一二月のアルメニア訪問の場面から再び語られてゆく。

本書に収録された美しい写真は、著者が建築遺構の撮影をとおして過去と対峙して切り取った記録である。建設者たちよりも長生きしてきた建築物には分厚い「過去の知識」が蓄えられている。著者から提示された建築写真を前にした読者は、おそらく時間の重みを感じることになるであろう。これらの建築が何を語りかけているのか、そのことを直ちに読み取ることはできないが、頁を開く度に、東アナトリアの歴史建築の現在とその魅力の何かがずっしりと伝わってくるに違いない。

建築写真集という性格上、かちっとした誌面構成になっているが、時折差し込まれた風景と人物の写真が読者をほっとさせてくれる。そして、かつて独自の建築空間を創造した当時の人々の願いと、それを育んだ広大な大地に、またそうした空間と共に送られる生活に思いを巡らせることができるかも知れない。(中略)

本書は、写真集の体裁をとっているが、解説の内容は深く、東アナトリアの歴史建築の系譜をダイナミックに論述した通史でもある。かつてギリシャのアトス山に滞在して修道院建築遺構を調査した著者の、熱い思いが伝わってくる。つまり、五官で実物と向き合う重要性、海外の建築に向かう立ち位置、学術論文では表現できない建築史学研究の面白さを伝えようとしたのではないか。

近年、建築史学の分野でもアジア圏を除けば、海外の古い建築を研究する学徒は減少の傾向にあり、本書がそうした風潮に一石を投じるものであることは間違いない。

建築史学が美術史や歴史学とどう異なるのか、本書が提起している問題は、今後、工学部建築学科の中に籍を置く建築史学の発展を考える上で、避けては通れない答えを求められる問でもある。その問に対して、著者は何よりも、建築史学を社会に対して開くことの必要性を、主張しているように思えてならない。

その試みの一つが本書ではなかったか。あえてガチガチの学術的な体裁を捨てた本書の構成や記述が、それを物語っているように思えるのである。一般読者を含めた知的世界の構築、幾らか学術的な若干の論考を含めて、著者はそうした議論の場を社会に提供したかったのではないだろうか。

本書は、日本ではこれまで紹介されることの無かった貴重な建築記録であり、学術資料としての価値は高い。建築歴史・意匠関連の専門家ばかりでなく、建築文化に関心を寄せる一般読者の期待にも応えてくれる一冊といえよう。
※一部改行しました

彩流社、篠野志郎『写真集 東アナトリアの歴史建築 Stone Arks in Oblivion』P185-189

上で述べられたようにこの写真集は前回の記事で紹介した『アルメニア共和国の建築と風土』の続編になります。

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『アルメニア共和国の建築と風土』では主にアルメニアの教会が紹介されましたが、今作『写真集 東アナトリアの歴史建築 Stone Arks in Oblivion』では東アナトリアと、前回の写真集では出てこなかったアルメニアの修道院を見ることができます。

「著者から提示された建築写真を前にした読者は、おそらく時間の重みを感じることになるであろう。これらの建築が何を語りかけているのか、そのことを直ちに読み取ることはできないが、頁を開く度に、東アナトリアの歴史建築の現在とその魅力の何かがずっしりと伝わってくるに違いない。」

と述べられるようにこの写真集を見ていると「うわぁ~・・・」と思わず声が漏れてしまうような、ものすごい写真がどんどん出てきます。壮大すぎる景色の中にぽつんと立つ廃墟。まるで異世界のような世界を目の当たりにすることになります。

「近年、建築史学の分野でもアジア圏を除けば、海外の古い建築を研究する学徒は減少の傾向にあり、本書がそうした風潮に一石を投じるものであることは間違いない。」

というのはまさにその通りだなと思いました。失礼な言い方になってしまいますがよくこんなマニアックな本がこの出版不況の世の中で出版されたなと驚いています。しかもその内容が濃いこと濃いこと!著者の熱気がたしかに伝わってきます。

出版社の彩流社さんはカフカース関係の本も含めて当ブログでは何度も紹介してきました。個人的に私がぜひおすすめしたい出版社さんの筆頭に来る存在です。

私が彩流社さんの本に初めて出会い、そしてビビッっと来たのは、島田桂子著『ディケンズ文学の闇と光』というイギリスの文豪ディケンズに関する本でした。

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この本があまりに素晴らしかったのでこの本を出版して下さった彩流社さんには私はそれ以降絶大な信頼を寄せています。

彩流社さんのラインナップは正直かなりマニアックです。ですが、ものすごく著者のこだわりや熱気が感じられる作品が並んでいます。

特にカフカース関連の本となれば日本ではほとんど目にすることができないほど貴重なジャンルです。その狭いジャンルにおいて類書を何冊も出版している彩流社さんには驚くしかありません。驚異的です。

今回紹介した『写真集 東アナトリアの歴史建築 Stone Arks in Oblivion』も非常に貴重な作品です。こうした作品に出会えたことはとても幸運なことに思えます。この本が世に出たということの意味を考えさせられました。

正直、かなりマニアックな本です。私もトルストイを通してカフカースを学んでいなかったら一生出会わなかったジャンルの本だと思います。ですが、この本のパワーは本物です。ぜひおすすめしたい作品です。

以上、「篠野志郎『写真集 東アナトリアの歴史建築』知られざるトルコ、アルメニア、シリアの独特な教会建築とは!」でした。

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写真集 東アナトリアの歴史建築 Stone Arks in Oblivion

写真集 東アナトリアの歴史建築 Stone Arks in Oblivion

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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