(38)生まれ変わったフォーシュルヴァンのあっぱれな心意気~ミュージカルでは知り得ない彼の人柄とは

「ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む」(38)生まれ変わったフォーシュルヴァンのあっぱれな心意気~ミュージカルでは知り得ない彼の人柄とは
『レ・ミゼラブル』第二部 コゼット 第八章 墓地は与えられたものを受取る ⑴
およそ80ページも続いた修道院に関する長談義を終えて、物語はジャン・ヴァルジャンへと帰ってきます。
ジャン・ヴァルジャンにおける喫緊の問題は「これから先どうしようか」ということです。
これまで見てきました通り、ジャヴェールはこの近辺に警察を多数配置していたのでここから出ることはあまりに危険です。
とはいえ、ここは男子禁制の女子修道院です。ここにいてもすぐに修道女に見つかってしまうことでしょう。そうなればどの道通報されてアウトです。
そこで頼ったのがフォーシュルヴァンでありました。
たしかにここは男子禁制の女子修道院ではありますが、もし仮にここで匿ってもらえたならば警察の目から逃れるのに最適な場所になります。なぜなら、ここには男がいるはずがないからです。そんな場所を警察がわざわざ捜査するはずもありません。
この「男がいるはずのない場所」にたまたま飛び込んでしまったジャン・ヴァルジャン。本来ならば大ピンチでありますが、これは逆に好機でもありました。たまたまフォーシュルヴァン爺さんが庭番としてここに勤めていたというのは天の配剤以外の何ものでもありません。
そしてフォーシュルヴァンとしても、命の恩人であるマドレーヌさんのお役に立てるのであればどんなこともしたいという気持ちでした。ちなみにですが、彼はこの修道院に入ってからモントルイユ・シュル・メールで起きたことは何一つ知りませんでした。なのでマドレーヌ氏が逮捕されたことも知りません。彼にとってマドレーヌ氏というのは助けてくれたあの時のまま、神のごとき人なのでありました。
ただ、そうとはいえ突然どこからともなく現れたマドレーヌ氏に戸惑いを隠せないのも事実・・・。しかも見知らぬ少女まで一緒にいるとなるといよいよ奇妙な話です。心の中で様々な疑問が浮かんできましたが、あっぱれ、彼は次のように思い直すのでありました。
彼はいろいろに憶測したが、「マドレーヌ氏は俺の命を助けてくれた」ということ以外に、何もはっきりしたことはなかった。このたった一つの確信だけで十分だった。そこで彼は決心をし、ひそかに考えた。「今度は俺の番だ」そして心の中でつけ加えた。「マドレーヌさんは、俺を引出すために馬車の下に入りこんだときに、こんなふうに考えたりはしなかった」。彼はマドレーヌ氏を助けようと決心した。
それでも彼は、いろいろと自問自答した。
「俺のためにあれだけのことをしてくれたが、この人が泥棒だったとしても、助けるべきか?やはり同じことだ。人殺しでも、助けるか?やはり同じことだ。聖者だからといって、助けるのかな?やはり同じことだ」
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P408-409
まるでジャン・ヴァルジャンが乗り移ったかのような葛藤と高潔な決断ですよね。
ジャン・ヴァルジャンもミリエル司教から受けた慈悲によって生まれ変わりましたが、このフォーシュルヴァンも同じように生まれ変わっていたのです。
その顛末をユゴーは次のように記しています。
フォーシュルヴァン爺さんは、一生涯エゴイストであったが、晩年には、足も悪くて役に立たず、世間にはもうなんの欲もなくなり、恩返しをすることが楽しくなり、何か善行を見つけると、それに飛びつき、まるで死にぎわに、それまで味わったことのない上等の葡萄酒を一杯手もとに見つけて、それをむさぼり飲む人みたいであった。さらにつけ加えるなら、すでに数年間この修道院で呼吸してきた空気が、彼の内部の性質を破壊して、彼に何かの善行を必要にしてしまった。
だから彼は決心した、マドレーヌ氏に身をささげようと。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P409ー410
そうなのです。初登場時にはひねくれた性格の嫌な人間として私たちの前に現れた彼でありましたが、この修道院での生活ではそんな悪い性質がすっかりなくなってしまっていたのです。悪役が回心し味方になることほどカタルシスを感じるものはありませんよね。まさにフォーシュルヴァンはそういう人生の転換を経験しながらここで生きていたのでした。
そしてユゴーはそんな彼の人柄をさらに掘り下げて解説します。これもミュージカルでは知り得ない興味深い情報ですのでぜひじっくり読んでいくことにしましょう。
私は彼を「ピカルディーの哀れな百姓」と呼んだ。この形容は正しいが、不十分である。物語もここまでくると、フォーシュルヴァン爺さんの人となりを少し述べることが必要になってくる。彼は百姓だったが、公証人をしたこともあったので、その狡さに屁理屈が加わり、その素朴さに、洞察力が加わった。いろいろの理由で仕事に失敗して、公証人から車引きや人足にまで落ちぶれた。
だが必要にせまられて、うわべは馬を怒鳴りつけたり、鞭をくらわしたりしたものの、彼のうちには公証人の気質が残っていた。生来いくらか才知もあって、言葉づかいもひどいまちがいはなかったし、田舎では珍しいことだが、話もうまかったので、他の百姓たちは彼のことを「あいつは旦那のようなしゃべり方をする」と言っていた。(中略)
フォーシュルヴァンは運命にひどくいためつけられ、すり減らされ、みすぼらしい哀れな老いぼれになりはててはいたが、自発的に物事をてきぱき決める男だった。これは決して悪人にはなれない大切な性質である。短所も欠点もあったが、それは表面だけのものだった。要するに、彼の人相は、よく見ると悪くはなかった。この年老いた顔には、悪意や愚鈍をあらわす、額の上にいやらしい皺が少しもなかった。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P410-411
※スマホ等でも読みやすいように一部改行しました
なんと、このフォーシュルヴァン爺さんというのは元々かなり有能な男だったのです。
しかし、運命にひどくいためつけられ落ちぶれてしまっていたのでありました。
こう改めて書かれてみると、物語の転換に使われる単なるサブキャラに過ぎなかった彼が急に人間味を持って生き生きと現れてくるようですよね。最初からそうするのではなく、後になってからこうした姿を見せてくるのもユゴー得意のドラマチックな演出ということなのでしょう。
そしてこのフォーシュルヴァンの大活躍がここから展開されていくのですが、彼は紛れもなく優秀な男でした。彼のおかげでジャン・ヴァルジャンはこの危機的な状況を脱出することに成功します。この流れはミュージカルでは全てカットされていますが、これがまたすこぶる面白いのです!
次の記事ではそんなフォーシュルヴァンの大活躍とジャン・ヴァルジャンの決死の脱出劇を紹介していくことにしましょう。
続く
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