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(31)乞食に扮したジャヴェールと目が合った瞬間の衝撃たるや!パリでの宿命的な再会があまりにサスペンス!

ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む
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「ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む」(31)乞食に扮したジャヴェールと目が合った瞬間の衝撃たるや!パリでの宿命的な再会があまりにサスペンス!

『レ・ミゼラブル』 第二部 コゼット 第四章 ゴルボー屋敷 ⑵

ジャン・ヴァルジャンは用心して昼間は外に出ませんでした。

そして夕暮れになるとコゼットを連れて散歩したり、一人で外出するのでありました。

とにかく自分の素性がばれてはいけません。怪しまれるだけでアウトです。誰かが警察に密告するともかぎりません。

ただそこはジャン・ヴァルジャン。彼は貧しい人を見ると施しをせずにはいれませんでした。彼自身はみすぼらしい格好で貧乏人のふりをしていましたが、そんな貧乏人のなりをした人間が貧乏人に施しをするのです。これは不思議に思われないはずがありません。こういうわけで彼は「施しをする乞食」の名で知られるようになってしまったのでした。

絶対に怪しまれてはいけないのですから、本来彼はこんなことをすべきではありませんでした。まあ、物語の展開上これをしなければ話が進まないので仕方のない話ではありますが、施しをせずにはいれない性格というのも彼の魅力でありましょう。

さて、この「施しをする乞食」の噂は当然ゴルボー屋敷の門番の老婆の耳にも入ります。この老婆は噂好きで詮索好きでありましたので彼をこっそり観察するのがその楽しみになっていました。そして彼女は目撃してしまうのです。ジャン・ヴァルジャンが千フラン札を持っていることを・・・。こうしてさらに「施しをする乞食」は様々なうわさ話のネタになりいよいよ知られるようになっていったでありました。

そしてある日、いつも通るサン・メダール教会で衝撃的な事件が起こります。これはジャン・ヴァルジャンの生涯においてもトップクラスの驚きであったことでしょう。これはものすごい名シーンですので全文を紹介したいと思います。

サン・メダール教会のそばに、すたれた共同井戸の縁石にうずくまっている一人の貧乏人がいた。ジャン・ヴァルジャンは、よくその男に施し物をした。彼は、この男の前を通りすぎるときは、必ずいくらかの小銭をやることにしていた。彼に話しかけることもあった。この乞食をねたむ連中は、彼は警察の手先だといっていた。それは、七十五歳になる会堂番で、ひっきりなしにお祈りをつぶやいていた。

ある日の夕べ、ジャン・ヴァルジャンはコゼットを連れずにそこを通りかかるとその乞食がいつもの場所に、今しがた灯のともった街灯の下にいるのを見つけた。この男は、いつものとおりに、身を深くかがめて、お祈りをしているように見えた。ジャン・ヴァルジャンは彼のところに行き、いつもの施し物を手に握らせてやった。乞食は急に目をあげると、ジャン・ヴァルジャンをじっと見つめた。それから、すばやく頭をさげた。その動作には稲妻のようなものがあったので、ジャン・ヴァルジャンは、ぞくりとした。街灯のほの明りでちらりと見たところでは、その顔は年老いた会、堂番の穏やかな、信心深い顔ではなくて、見覚えのある、ぞっとするような顔のように思われた。まるで、暗闇でいきなり、虎と顔をつきあわせたような気がした。彼はびっくりして化石したかのようにあとじさりしたが、すくんでしまって、息をすることも、声を出すことも、とどまることも、逃げることもできず、ぼろをかぶった頭を下げて、彼がそこにいるのを忘れてしまったような乞食を見つめていた。この奇妙な瞬間には、本能が、おそらく自己保存の不思議な本能が働いて、ジャン・ヴァルジャンはひと言も口をきかなかったのだ。乞食は、いつもの日々と同じような格好をし、同じようなぼろを着ていたし、同じような様子をしていた。「なんだ!」とジャン・ヴァルジャンは言った。「俺はどうかしてる!夢を見てるんだ!そんなはずはない!」そしてすっかり心を乱されて帰ってきた。

さっき見た顔が、ジャヴェールの顔だと、自分自身にも言いきかす勇気はほとんどなかった。

その夜、そのことを考えながら、もう一度顔をあげさせるために何か訊いてみればよかったと思った。

次の日、日が暮れると、またそこへ行った。乞食はいつもの場所にいた。「今日は、お爺さん」と、一スーやりながら、思いきって言った。乞食は頭をあげて、哀れな声で答えた。「ありがとうございます、ご親切な旦那」まさしく老会堂番であった。

ジャン・ヴァルジャンはすっかり安心した。彼は笑いだした。「どうして、俺はジャヴェールを見たなんて、思ったんだろう?」と彼は考えた。

「さては、もう目がかすんできたな?」彼はもうそれ以上そのことは考えなかった。

新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P261-263

なぜここにジャヴェールが!?

ジャン・ヴァルジャンの驚きぶりがこれでもかと描かれていますよね。

そしてこの二人の視線がぶつかった瞬間、これは現代のサスペンス映画でもありそうな凄まじいシーンです。映画監督であれば「腕の見せ所」でありましょう。それほどドラマチックな場面です。

ただ、この時点ではジャン・ヴァルジャンも彼とは確信していませんし、ユゴーも断定していません。

この大都市パリでこんな偶然など起こるようなものではありません。さすがのジャン・ヴァルジャンも後で「そんなわけあるまい」と苦笑いするのでありますが、この後、さらに彼を驚かせる出来事が起こったのでした。

それはこの数日後の夜のことでした。

いつものようにコゼットと過ごしていると、老婆以外誰も住んでいないはずのこのゴルボー屋敷のドアが開いた音がしたのです。老婆は夜8時には寝てしまいますのでこの時間に誰かが入って来ることは考えられません。

ジャン・ヴァルジャンは警戒を強めます。何者かの足音がこの部屋に近づいているのは明らかでした。

彼はコゼットをべッドに行かせて、とても小さな声で言った。「そっとおやすみ」そして、彼が額にくちづけをしているときに足音は止った。ジャン・ヴァルジャンは黙ったまま、背をドアに向けてじっと、椅子の上に坐って動かず、暗闇の中で息をころしていた。かなり時間がたって、何も聞えなくなったので、音をたてぬように向きをかえた。そして、目をあげて部屋のドアに目をやると、鍵穴を通して灯りが見えた。灯りは、まるでドアと鍵の暗黒の中の不吉な星のようだった。そこで、まちがいなく、誰かが蝋燭を手に持って、聞き耳をたてているのだ。

何分かが流れると、灯りは消えた。だが、なんの足音も聞えなかった。ドアのところで、聞き耳を立てに来た男は靴を脱いでいたのかもしれない。

ジャン・ヴァルジャンは、着のみ着のままベッドに身を投げた。そして、一晩じゅうまんじりともしなかった。

夜明け方、疲れてうとうとしていると、廊下の奥のどこかの屋根裏部屋のドアがひらいて、ギーッと音をたてたので目がさめた。それから、ゆうべ階段をのぼって来た男のと同じ足音が聞えた。足音が近づいた。彼は、べッドから飛びおりると、目を鍵穴につけた、その鍵穴はかなり大きかったから、前の晩、屋敷に入り込んで、ドアで立ち聞きした奴の通るところを見てやろうと思ったのである。それはやはり男だった。ジャン・ヴァルジャンの部屋の前を、今度は立ち止らずに、通りすぎて行った。廊下は顔を見わけるにはまだ暗すぎた。しかし、男が階段まで行ったとき、外からさしこむ一条の光が、影絵のようにその男の姿を浮き上がらせた。ジャン・ヴァルジャンはそのうしろ姿をはっきり見た。背が高く、長いフロックコートを着て、ステッキを腕にかかえていた。ジャヴェールの恐ろしい風体だった。

新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P264-265

あの乞食はやはりジャヴェールだった!あの日ジャヴェールはいつもの乞食と入れ替わってあそこにいたのです!

実はちょうどこの頃「施しをする乞食」の噂が警察にも入り、調査が開始されていたのです。そしてその担当がなんとジャヴェール・・・!ここでも偉大なる「たまたま」が炸裂しています。

それにしてもこのシーンの見事さたるや!先ほどの乞食のシーンも目の前に情景が浮かぶような臨場感がありましたが、ここはさらにその上を行くものがあります。

何者かが近づいてくるその足音、そしてそれがふっとやみ、今度は鍵穴から見える不気味な蝋燭の灯り・・・。

聴覚と視覚にフルに訴えかけてくるユゴーの描写は天下一品です。

そしてジャヴェールの姿を発見するその瞬間も最高ですよね。

「外からさしこむ一条の光が、影絵のようにその男の姿を浮き上がらせた」

く~痺れます!これもまさに映画的と言いますか、映像のごとく迫ってきますよね。

いるはずのない男がここにいる!なぜここに奴が?ばれているのか!?

ジャン・ヴァルジャンの恐怖やその不気味さが実に鮮明に伝わって来るようです。

そして彼はすぐに門番の老婆に「あの男は何者か」と問うのですが、新しい住民だとすっとぼけます。

そうです。この老婆はすでに警察に密告していたのです。

こうなってしまえば長居は無用!一刻も早く逃げねばなりません。ジャン・ヴァルジャンは、急いで支度をしますがその時に金貨を落としてしまいます。その音を聞いた老婆は「逃げるに違いない」と見抜き、ジャヴェールにすぐに報告します。

こうしてジャン・ヴァルジャンの逃走劇が開始されるのです。ミュージカル映画ではパリ入場と同時に逃走劇が始まりましたが、原作ではこうしたワンクッションを経て逃走が始まったのでありました。

続く

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ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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