(23)グプタ王朝がインドに成立~ヒンドゥー教王朝の登場は仏教にどんな影響を与えたのか

『シン日本仏教史』(23)チャンドラグプタ王のグプタ王朝がインドに成立~ヒンドゥー教王朝の登場は仏教にどんな影響を与えたのか
西暦320年頃、インドでグプタ王朝が成立しました。

グプタ朝はインド北西部から東部、東南部という広大な領地を支配した巨大王朝です。そしてこの王朝で重要なのは、この地域における久々のインド人王朝だったという点にあります。アショーカ王のマウリヤ朝が崩壊して以後、これらの地域ではインド北西部から侵入した外国人による王朝がずっと続いていたのです。以前紹介したクシャーナ朝もその典型です。彼らの本拠地も元々は中央アジアでした。
ですが、ここに来てようやく久々のインド人王朝が誕生したのです。
そしてそんなインド人王朝が成立したことで何が起きたのか。
それがヒンドゥー教の急拡大でありました。
私達が知るヒンドゥー教がインドで本格的に根付いたのはこの王朝が出来てからのことなのです。この連載の前半にご紹介したハリドワールも、その源流を辿ればここにたどり着きます。
今回の記事ではそんなグプタ朝とヒンドゥー教の関係についてお話ししていきたいと思います。
さて、インド人王朝たるグプタ朝は国策としてヒンドゥー教を重んじることにしました。
ヒンドゥー教自体はすでに紀元前4世紀頃から形を成し始めていましたが、その起源はバラモン教にあります。「(9)ヒンドゥー教の源流、バラモン教の歴史と世界観とは~ブッダの生きた時代背景を知るために」の記事でお話ししましたように、バラモン教は元々はアーリア人起源の宗教です。そしてアーリア人統治を正当化する神々を中心とした宗教でありました。しかし、時を経るにつれてこのバラモン教がアーリア人の宗教ではなく、インド土着の宗教に変化していくことになったのです。
例えば、バラモン教で最も信仰された神はインドラでありましたが、ヒンドゥー教になるとこの神は一気にその存在感を失ってしまいます。なぜならインドラは元々インド土着の原住民を倒す神様だったからです。そして代わりに人気となったのがシヴァ神やヴィシュヌ神になります。

シヴァ神やヴィシュヌ神は土着の信仰を次々と吸収し、様々な能力や姿を持つ存在へと変貌していきました。つまり、各地の土着信仰がシヴァ神やヴィシュヌ神に集約されるようになったと言えます。これが何を意味するかと言いますと、広大なインドに住む人々が同じ神様を信仰できるようになったということです。これまではそれぞれの地域の神様だったものが、インド人全体が共有できる神様になったのです。ここにヒンドゥー教の強さがありました。
せっかくですのでその例をいくつか紹介していきましょう。

まずはシヴァ神です。シヴァ神は破壊と再生を司る神です。さらにヨガや踊りの神様であり、さらにはガンジス川の神様としても崇拝され、生命力そのものを表す神様として信仰されるようになっていきました。

そして興味深いのがヴィシュヌ神です。この神様には様々な化身がいました。それは魚や亀、猪などの神様であったり、ラーマやクリシュナという神話上の登場人物などそれは多岐にわたります。つまり、「各地の土着の神様は実はヴィシュヌ神の化身だったのだ」という考え方です。皆さんもこの考え方にはピンと来るものがあるのではないでしょうか。
そうです。「日本の神様は実は仏様の別の姿なのだ」という本地垂迹説ともこれは似ていますよね。本地垂迹説といえば日本のオリジナルのように私達はイメージしてしまいがちですが、ここインドでもそうした現象は起きていたのです。おそらくこれは人間の文化に広く見られる宗教現象なのでありましょう。
こういうわけでシヴァ神、ヴィシュヌ神は各地の土着信仰を吸収しインド人全体の宗教と言える体系が徐々に整い始めていたのです。
そしてそれを強力に後押ししたのがグプタ朝だったのでありました。先にも申しましたように、グプタ朝は久々のインド人王朝です。そんな彼らがヒンドゥー教を重んじるのも自然な流れですよね。こうしてグプタ朝がヒンドゥー教を積極的に支援したことでヒンドゥー教の思想や信仰体系、儀礼、文学、芸術が一気に洗練されていくことになりました。
特にインドの二大叙事詩として知られる『マハーバーラタ』と『ラーマーヤナ』は見逃せません。


この2つの大叙事詩は現代インドでも親しまれていて、ここに出てくる英雄や神をモチーフに多くの映画が作られています。近年爆発的なヒットを叩き出したインド映画『RRR』もまさにその一つです。
主人公のひとり、ビームは『マハーバーラタ』に出てくる英雄ビーマから来ています。さらに言えば、もうひとりの主人公ラーマも『ラーマーヤナ』の主人公ラーマから来ています。つまり『RRR』はインド二大叙事詩の合体というインド人の精神表現の極みたる豪華な作品なのです。これには私も胸が熱くなりました!
『マハーバーラタ』は王位継承争いに端を発した「クルクシェートラの戦い」が舞台となった神話です。その成立は紀元前四紀頃から紀元後四世紀頃の間に、多くの詩人たちの手によって次第に形作られたものと推測されています。
壮大なスケールで語られるこの戦いはまさにギリシア神話『イリアス』を彷彿とさせます。『イリアス』も「トロイア戦争」という巨大な戦争を舞台にした神話です。『イリアス』でも『マハーバーラタ』と同じく、人間だけではなく神々もその戦いに介入し、神々がその戦争の行く末に大きな力を持つことが説かれていました。

『イリアス』は紀元前8世紀頃に成立したとされ(※諸説あり)、前4世紀から後4世紀という長い時間をかけて徐々に出来上がった『マハーバーラタ』は時代的にはかなり後です。ギリシア思想はインドにも入って来ていますのでその影響がなかったとは言えませんが、人間における神話の共通性というのは非常に興味深いものがあります。
そして『マハーバーラタ』といえばインド思想の最高峰『バガヴァッド・ギーター』がこの大叙事詩の中に書かれていることでも有名です。


『バガヴァッド・ギーター』はこの作品の主人公の一人、アルジュナとその御者クリシュナ(実はヴィシュヌ神の化身)との対話によって成り立っています。
その対話はもちろん『マハーバーラタ』の物語の筋を背景に始められます。『バガヴァッド・ギーター』単独で読んでもわからないことはないのですが、やはりより深く味わうためには『マハーバーラタ』の大筋を知っておくことが必須であると思います。
物語そのものとしても『マハーバーラタ』は非常に面白いです。この物語自体が王位継承争いから発しているということで非常に多彩な人間ドラマが展開されます。そこに呪いや前世からの因縁が絡んだりと、さらにドラマチックで読み応え抜群の物語となっています。
さらに、『バガヴァッド・ギーター』をはじめ、戦争という悲惨な地獄や苦しみ多き人生の中でいかに生きるか、何を求めて生きるべきかを問うてくるのがこの神話です。ドラマチックな神話物語の中に「いかに生きるべきか」という深い思索が込められています。こうした深い思索、「いかに生きるべきか」の知恵があるからこそインドにおいてここまで根付いたのではないでしょうか。
『イリアス』もそうでしたが、そもそも物語として抜群に面白い!現代でも多くの人に親しまれているのにはやはり理由があります。インド思想の源流を知る上でも非常に興味深い作品でした。
そして『マハーバーラタ』と並んでインド二大叙事詩と称えられる『ラーマーヤナ』は主人公ラーマが羅刹王ラークシャに囚われた妻シータを救いに行く冒険物語となっています。こちらは紀元後2世紀頃に完成したとされていますので、グプタ朝に先駆けて成立した叙事詩となっています。
そしてこれもまた興味深いことに、この『マハーバーラタ』『ラーマーヤナ』の関係がギリシア神話の『イリアス』、『オデュッセイア』と似ているのです。

『オデュッセイア』は『イリアス』で大活躍した武将オデュッセウスが自国に帰国するために数々の冒険をするという神話です。
この神話ではオデュッセウスの妻が悪漢たちに囚われてしまうのでありますが、最後には彼らを成敗してめでたしめでたしという流れになります。
そして面白いことに、インド神話の『ラーマーヤナ』も妻が悪漢に囚われてそれを救出に向かうという筋書きとなっています。
巨大な戦場を舞台にした『イリアス』、『マハーバーラタ』、それに対し主人公の冒険物語を軸にした『オデュッセイア』と『ラーマーヤナ』。この類似は私にとって非常に興味深いものがありました。しかも物語自体も奇天烈な冒険譚に満ちた『オデュッセイア』の方が面白いというのも似ています。
さて、この『ラーマーヤナ』を読んでみてですが、正直、前半はあまりストーリーの動きもなく、やや読みにくさもあったのですが下巻に入ってから一気に面白くなってきました。この急激な変化に大きな役目を果たしているのが猿の神ハヌマーンです。

ハヌマーンはラーマの忠実な友としてシータ救出のために八面六臂の活躍を見せます。
彼は強く、賢く、謙虚で、誠実で誰もが愛さずにはいられない素晴らしいキャラクターです。シータを救う彼の冒険が下巻から語られるのですがこれが面白い!彼は単にマッチョ的に強いのではないのではなく、その戦いぶりも非常にユニークです。彼は自在に体を大きくしたり小さくしたり、ハチに変身することができます。さらには尻尾を伸ばして仲間を救ったりと、コミカルな戦いぶりは読むものを全く飽きさせません。一つ一つの冒険に彼の機知やファンタスティックなアクションが散りばめられ、エンタメ感満載です。ドラマや映画が氾濫する今を生きる私たちですら面白いと感じてしまうストーリーですから当時の人々からすればまさに衝撃の面白さだったのではないでしょうか。
また、主人公ラーマとハヌマーンのやりとりは「人はいかに生きるべきか」を問いかける非常に奥深い対話となっています。エンタメ感満載の神話の面白さの中で、すっと人生問題が組み込まれることで聴き手は素直にそれを受け取ることができます。この神話がインドで愛され続けてきたのもわかる気がします。これは非常に奥深い作品です。
こうして壮大な叙事詩がインド中で愛されるようになり、ヒンドゥー教的な世界観がさらに共有されていくことになります。先にも少し述べましたがこの叙事詩の主要人物がヴィシュヌ神の化身とされているのもポイントです。こうしてヴィシュヌ神はインド人共通の神となっていったのです。
そしてこうした文学や芸術が洗練されればされるほど人々から魅力的なものとして信仰され、ますますヒンドゥー教が拡大していくという相乗効果的な波及を見せていくことになります。
こうして出来上がっていったのが私が目にしたあのヒンドゥー教なのです。カオスと情熱のあのハリドワールの聖地はこうして成立していったのでありました。そう考えてみると、私が「こんなところで仏教が広がるわけがない」と思ったのも当然ですよね。ブッダが生きておられた頃にはこのようなヒンドゥー教はなかったのでありますから。
実際、このグプタ朝以後、ヒンドゥー教というインド人のメンタリティーに深く根付いた宗教が勢力を伸ばした影響で、仏教は徐々にその求心力を失っていくことになります。
その過程については後の記事で改めてお話ししますが、このグプタ王朝の誕生によって仏教は転換期を迎えることになったのでありました。
続く
主要参考文献一覧
〇インドの歴史・宗教・文化について知るのにおすすめの参考書一覧
〇インド仏教をもっと知りたい方へのおすすめ本一覧
〇仏教国スリランカを知るためのおすすめ本一覧
〇中国仏教・中国思想のおすすめ解説本一覧
〇親鸞聖人や日本仏教を学ぶためのおすすめ参考書一覧
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