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プーシキン『カフカースの捕虜』あらすじと感想~雄大な自然と異国の文化を描くロマン溢れるカフカースの物語詩

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プーシキン『カフカースの捕虜』あらすじと感想~雄大な自然と異国の文化を描くロマン溢れるカフカースの物語詩

今回ご紹介するのは1822年にプーシキンによって発表された『カフカースの捕虜』です。私が読んだのは河出書房新社、草鹿外吉、川端香男里訳『プーシキン全集1 抒情詩・物語詩Ⅰ』所収の『カフカースの捕虜』です。

早速この本について見ていきましょう。

一八ニ〇ー一八二一年に書かれ、一八二二年に発表された。南ロシヤへの追放という体験と、バイロンの影響という二つの要素をもった、「南方詩」の最初の作品である。いわゆる東方オリエンタルのはげしい、献身的な愛情の持主であるエキゾティックな美女に配するに、過去に激しい愛に燃えたことのある幻滅せる主人公、東方の暑熱の国々という要素がバイロンからとり入れられている。

この作品には、『コーカサス』という標題をもった初稿から始まって、数多くの書き直しがあり、いかにプーシキンが力を注いでいたかということがよくわかる。『バフチサライの泉』とともに大評判をとり、彼の文名を一挙に高めたのであるが、彼自身はこの作品には不満であった。

客観的に見て、この作品の最大の魅力は第一に詩の技術、響きの良さ、第二に、チェルケス人たちの風俗やコーカサスの自然の描写の美しさであるが、作者はこの長所も、この作品の欠点とともに十分に知りつくしていた。このことは、一八二二年(十ー十一月)にキシニョーフからV・P・ゴルチャコフにあてた手紙の中に書いていることからもうかがえる。

この手紙は第六巻に採録されているのでここには訳出しないが、要点は、彼の同時代の青年たちの典型的人物像(魂が時至らざるに老けこみ、人生とその喜びに無関心となっている―のちのレールモントフの『現代の英雄』にも見られる人物像であり、ミュッセの「世紀児」にもつながる)を描こうとしたが、これは失敗したということ、またチェルケス人とその風俗がこの作品の中では見所であるということ、全体としてみれば『ルスラーンとリュドミーラ』よりも出来は悪いが、詩的技巧は『コーカサスの捕虜』の方が成熟している、ということである。

この作品はこの後、続々と現われたロマン主義的物語詩の手本となって大いにもてはやされるのであるが、そのような名の高さにプーシキンが溺れず、的確な自己批評を常に下し得ていたことには驚くべきものがある。
※一部改行しました

河出書房新社、草鹿外吉、川端香男里訳『プーシキン全集1 抒情詩・物語詩Ⅰ』P627-628

この作品はカフカースを訪れていたプーシキンがその地で得たインスピレーションをもとに書き上げた物語詩です。

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これまで当ブログではトルストイとカフカースについてお話してきましたが、こうしたカフカース体験を文学で発表した元祖的存在がプーシキンになります。そしてその代表作が今回ご紹介している『カフカースの捕虜』です。実はトルストイも後に同じタイトルの中編小説『カフカースのとりこ』を書いています。それについては次の記事で紹介したいと思います。

さて、この作品についてですが、大まかな筋は以下のようになります。

カフカースを訪れているロシアの若い士官がチェルケス人(カフカースに住む人々)の捕虜となってしまうも、彼に恋をしてしまった村の乙女の助けによってなんとか逃亡に成功します。しかしその乙女は彼と離れ離れになってしまうことを悲しみ入水自殺してしまうというシンプルなストーリーです。

この作品を読んでいてやはり思うのはプーシキンらしい、ロマンチックな情景描写です。カフカースの雄大な景色の描写はとにかくカッコいいです。読んでいて思わず興奮してしまうような不思議な高揚感があります。感情に訴えかける力が凄まじいです。「これぞプーシキン!」と頷いてしまいました。

また、この作品がロシアで大人気となった背景として次のようなものがあったことも非常に興味深かったです。アンリ・トロワイヤ著『プーシキン伝』では次のように書かれていました。

十九世紀の社会は、勝利を収めたロシア軍からの短信によってしかコーカサス地方を知らなかった。確かにデルジャーヴィンとジュコーフスキイは、原始の風景の崇高さや、この地の住民の好戦的な習性に、響きのよい何編かの詩を捧げていた。しかし二人のどちらも、現地の様子について教えるのがよいとは考えていなかった。プーシキンは、自分がその不動の壮麗さを歌った山脈と、自分の作品の主人公が彼らの捕虜にされる運命にあった、ロシアに反抗する戦士たちとを、間近に見たのだった。

水声社、アンリ・トロワイヤ、篠塚比名子訳『プーシキン伝』P208

この記事の前半でもお話ししましたが、当時のロシア帝国はカフカースに対して戦争を続けていました。

そのため多くの軍人がカフカースへ向かっていたのですが、ロシア国民の多くにとってはカフカースという地は未知の場所でした。というのも、基本的に軍人は文学者ではないので、文学作品としてこの地のことを記す者がほとんど存在しなかったのです。

そんな中プーシキンがこの地の様子を魅力的な詩に乗せて紹介したものですから、ロシアの人々はこの異世界に圧倒的な興味を抱くようになったのでした。

こういう背景もあり『コーカサスの捕虜』はロシアで圧倒的な人気となり、後の文学者もこうした未知の世界に憧れてカフカースを題材にした作品を書くことになったのでした。レールモントフもそうですし、トルストイもそのひとりです。

ロシア人にとっての「カフカース体験」への憧れというのはこういうところから生まれてきたのでした。

そうした意味でもロシアとカフカースを考える上でこの作品は非常に興味深い作品でした。

とにかくカッコいい作品です。カフカースへの憧れがかき立てられる作品と言っていいでしょう。

これはぜひおすすめしたい作品です。

以上、「プーシキン『カフカースの捕虜』あらすじと感想~雄大な自然と異国の文化を描くロマン溢れるカフカースの物語詩」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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