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バーリン『ハリネズミと狐』あらすじと感想~トルストイの『戦争と平和』についての貴重な参考書

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バーリン『ハリネズミと狐』概要と感想~トルストイの『戦争と平和』についての貴重な参考書

今回ご紹介するのは1953年にアイザー・バーリンによって発表された『ハリネズミと狐』です。私が読んだのは岩波書店、河合秀和訳の『ハリネズミと狐』です。

早速この本について見ていきましょう。

古い詩句に「狐はたくさんのことを知っているが、ハリネズミはでかいことを1つだけ知っている」という1行がある。この句の真意はともかく、芸術家や思想家をこの2つのタイプに大別してみると興味ぶかい。さて、ロシアの文豪トルストイは、というと……。『戦争と平和』を素材にトルストイの歴史観を探り、天才の思想的源流に迫る。

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この本はトルストイの『戦争と平和』を題材に彼の特徴に迫っていくという作品になります。

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トルストイを学んでいてつくづく思うのですが、ドストエフスキーと比べてトルストイの参考書は明らかに数が少ないです。しかもそれぞれ個々の作品に特化したものとなればほとんどなくなってしまいます。

トルストイもドストエフスキーと同じく世界的に大人気であるはずですが、この本の量の違いはそれだけで考察の材料になりそうです。両者の受容のされ方の違いがこうした事象の原因なのでしょうか。

と、まあそのことは置いておきますが、今回ご紹介する『ハリネズミと狐』はトルストイ作品の貴重な参考書となっています。

私がこの作品を手に取ったのは川端香男里著『100分de名著 トルストイ『戦争と平和』』で言及されていたのがきっかけでした。

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その本で語られていた内容がとてもわかりやすかったのでここに紹介します。

『戦争と平和』を真っ向から論じた本は日本では数少ないですが、外国ではたくさんあります。あまたの文献の中で傑出しているのが、『戦争と平和』の歴史哲学を論じた、ラトヴィア出身の政治哲学者アイザイア・バーリンの著書『ハリネズミと狐』でしょう。

バーリンは、人間類型を二つに分け、第一に、一つの基本的ヴィジョン・体系を中心にして、自分の作品を求心的に構築して行く「一元的」タイプを置きます。第二に、遠心的に拡散した「多様な」対象を、自分固有な心理的・生理的脈絡の中にとらえようとするタイプを置きました。

そしてギリシアの詩人アルキロコスの詩の断片「狐はたくさんのことを知っているが、ハリネズミはでかいことを一つだけ知っている」を、バーリンは上記の二つのタイプにあてはめ、第一の部類をハリネズミ族、第二の部類を狐族と名付けました。

第一類の代表選手はダンテで、第二類の方はシェイクスピアです。プラトン、ルクレティウス、パスカル、へーゲル、ドストエフスキイ、ニーチェ、イプセン、プルーストはハリネズミであり、へロドトス、アリストテレス、モンテーニュ、エラスムス、モリエール、ゲーテ、プーシキン、バルザック、ジョイスは狐です。

ロシア文学はバーリンによれば、プーシキンとドストエフスキイという二つの極の間で成り立っています。ところでトルストイはこの二つの部類のいずれに属しているといえるのでしょうか。バーリンの仮説では、トルストイは本来は狐族であるのに、自分はハリネズミ族であると信じていた、とされます。

トルストイほど世界の多様性ともろもろの状況の多面性を明確に把握していた作家はいません。しかもトルストイはこの多様な世界を普遍的に説明してくれる統一原理を終生求めて止みませんでした。狐とハリネズミの共存です。対象の多様性を明敏に知覚することのできたトルストイは、既存の統一的原理のまやかしに反発し、それをロシア化され単純化された合理的教説で破壊して行きました。

このような破壊の背後には必ず、本物の統一的原理があるはずという「ハリネズミ」の信念がありました。ですからトルストイの破壊・否定は、真理の探究と表裏一体でした。
※一部改行しました

NHK出版、川端香男里『100分de名著 トルストイ『戦争と平和』P93-95

タイトルの『ハリネズミと狐』の意味がこの解説でわかりやすく説かれていますよね。

たしかにトルストイの生涯や作品全体を見ていくと、「トルストイは狐であるのにハリネズミであろうとしていた」という説に頷くことができます。

トルストイは信じられないほど自意識が強いように思います。ある一つの出来事や概念に対して驚くほど内的考察を繰り返し、様々な観点から物事を見ていこうとします。そして持ち前の強烈な向学心から鬼のような勉強ぶりも見せます。

トルストイは自身の思想を完成させるために様々な宗教や思想、歴史、文学を研究していました。彼がショーペンハウアーをきっかけにブッダや老子の思想まで学んでいたというのは有名な話ですし、晩年も宗教的著作を完成させるために広いジャンルの研究をしていました。

こうした点からも狐的な存在であることは明らかですが、ひとつの巨大な思想を求めんとするハリネズミ的な思考も持ち合わせていたというのもこれまた納得してしまいます。

たしかにトルストイはひとつの「でかいこと」を求め続けた人でもありました。

ですが、それが故に晩年には思想的に行き詰ってしまったという面がなきにしもあらずだったのではないかというのが私の感想です。単にひとつの「ばかでかいこと」を求めていられたならよかったものの、本来狐的であったトルストイには様々なものが見えてしまう。なのでどうしてもそのひとつに集中しきれない。たくさんのものが見えてき過ぎるが故の苦難があったのではないかと想像してしまいます。

バーリンの『ハリネズミと狐』ではこうしたトルストイの特徴と『戦争と平和』を題材にした彼の歴史哲学を学ぶことができます。

トルストイを学ぶ上で非常に貴重な参考書です。刺激的で面白い本ですのでぜひぜひおすすめしたい参考書です。

以上、「バーリン『ハリネズミと狐』~トルストイの『戦争と平和』についての貴重な参考書」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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