MENU

松下裕『チェーホフの光と影』あらすじと感想~ドストエフスキーにも造詣が深い著者によるおすすめのチェーホフ入門書

目次

松下裕『チェーホフの光と影』概要と感想~チェーホフ入門におすすめ!

松下裕著『チェーホフの光と影』は1997年に筑摩書房より出版されました。

早速この本について見ていきましょう。

あふれるほどの才能があり、かつ努力家で、ユーモリスト・楽天家で、雄々しく、しかも、あくまでつつましい。これがチェーホフ。個人訳「チェーホフ全集」を完成させた著者ならではの入念で新しい読み。待望の長編研究エッセイ。

Amazon商品紹介ページより

著者の松下裕氏は1930年生まれのロシア文学者です。

松下氏はドストエフスキー界隈で有名な『評伝ドストエフスキー』の訳者であり、私が最も好きなドストエフスキー伝記『回想のドストエフスキー』も翻訳されています。

あわせて読みたい
モチューリスキー『評伝ドストエフスキー』あらすじと感想~圧倒的な情報量を誇るドストエフスキー評伝... 『評伝ドストエフスキー』は1947年にロシア語で出版され、瞬く間に多くの国で翻訳され「あらゆる言語で書かれたドストエフスキー文献のうちもっともすぐれた研究書」と呼ばれるようになりました。 ロシア正教の教義と実践に詳しいモチューリスキーによる詳細な作品解説がこの評伝の最大の特徴です。 この評伝はドストエフスキーを研究する際にものすごくおすすめです。
あわせて読みたい
アンナ・ドストエフスカヤ『回想のドストエフスキー』あらすじと感想~妻から見た文豪の姿とは。これを... 私はこの本を読んでドストエフスキーを心の底から好きになりました。 ギャンブル中毒になりすってんてんになるダメ人間ドストエフスキー。生活のために苦しみながらも執筆を続けるドストエフスキー、愛妻家、子煩悩のドストエフスキーなど、意外な素顔がたくさん見られる素晴らしい伝記です。ぜひ読んでみて下さい。きっとドストエフスキーのことが好きになります!

また、松下氏は筑摩書房版の『チェーホフ全集』の翻訳も手掛けています。この本はそんな松下氏によるチェーホフ論が収録されています。

では、まえがきより松下氏の言葉を見ていきましょう。

アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフは、だれもが感じる好もしい人柄の、慕わしい人間だった。あふれるほどの才能があって、類のない努力家で、ユーモリスト・楽天家で、断乎として雄々しく、しかもあくまでつつましい。

チェーホフの作品は、いつの時代の人びとにとってもなつかしい。意表をつく物語性、巧みな語りくち、的確な描写、そして何より社会と人間性への鋭い問題提起、それを包みこむ、人間を見るやさしいまなざし。要するにすぐれた文学としての尽きないおもしろさが、時代を超えて人びとをひきつける。

チェーホフを生んだロシアがあらためて苦悩している今日、彼の文学は、そこに生きる人びとが何にどう苦しんでいるかの源を照らしだしている。チェーホフ作品中の彼らの姿が、読者の心をゆさぶり、生きる勇気を与えてくれるだろう。

筑摩書房、松下裕『チェーホフの光と影』P1-2

松下氏のチェーホフへの評価が伝わってきます。

同じくあとがきも見ていきましょう。

この本をわたしは長いあいだかかって書いた。日づけを見ると一九八七年から書いているが、そのまえ八一年ごろからチェーホフの翻訳を始めているので、チェーホフ文学の本質を理解するのに十五年以上もかかったことになる。機会あるごとに、わかったところから書きすすめて行ったが、おおよそのもくろみは立っていたので、チェーホフの人と文学の全体像をあらまし追うことができたと思う。

筑摩書房、松下裕『チェーホフの光と影』P233

ここで述べられていますように、この本ではチェーホフの人となりと生涯、そして作品の全体像がわかりやすく解説されています。

チェーホフといえば『かもめ』をはじめとした四大劇が有名ですが小説作品も非常に素晴らしいです。四大劇だけでなく彼の小説作品にも光を当て、よりチェーホフの実像に迫った本となっています。

以下の目次を見て頂ければそれを感じられると思います。

  まえがき
一 チェーホフのなかの医者  敵
二 チェーホンテ  聖夜 幸福 くちづけ
三 自由の感覚  曠野 退屈な話
四 核としての現実  シべリアの旅 サハリン島
五 閉塞の状態  決闘 六号室
六 平凡人の運命  ロスチャイルドのヴァイオリン
七 幸福の条件  かわいい女 犬をつれた奥さん 谷間
八 劇作家チェーホフ  父なし子 イワーノフ
九 モスクワ芸術座とともに  かもめ マーニャおじさん 三人姉妹
十 チェーホフの金銭観  桜の園
  *
  ヤルタ追憶
  「桜の園」の日本語訳
  チェーホフ翻訳談
  チェーホフ誤訳談
  チェーホフと女性
  ドキュメント「サハリン島」
  あるチェーホフ劇評
  チェーホフの場合
  チェーホフの窓
  あとがき

筑摩書房、松下裕『チェーホフの光と影』目次より

このように多くの作品を見ていきながらチェーホフの生涯や人柄、思想を解説していきます。私のブログにおいても何度も参考にさせて頂きました。

松下裕氏の言葉はとてもわかりやすく、読んでいて引き込まれるような魅力があります。百年前の偉大な作家の解説書というと小難しいイメージがあるかもしれませんがまったくそういう雰囲気はありません。とにかく読みやすいです。

この本を読んでいるともっとチェーホフを知りたい、早くチェーホフの作品を読みたいという気持ちになります。

また、最初にお話ししましたように松下氏は『評伝ドストエフスキー』を翻訳された、ドストエフスキーにも造詣が深いロシア文学研究者です。

そのためこの本の中でも何度もドストエフスキーが登場します。

ドストエフスキーとチェーホフを比較して解説してくれますので、チェーホフだけでなくドストエフスキーのことも知ることができます。この2人を並べて比べることで両者の特徴が浮き上がり、より深く理解することができます。これは非常にありがたいことでした。やはり比べてみないとわからないこともあります。

チェーホフを知ることでよりドストエフスキーの特徴がより見えるようになります。そして逆も然りです。

チェーホフとドストエフスキーは両者の特徴を比べる上で非常に有効な組み合わせであることをこの本から感じました。

チェーホフ入門として非常におすすめな1冊です。もちろん入門者以外の方にもおすすめです。わかりやすさ、詳しさが両立した素晴らしい1冊です。

また、チェーホフだけでなくドストエフスキーを知りたい方にとってもおすすめです。

とてもいい本と出会うことができました。

以上、「松下裕『チェーホフの光と影』チェーホフ入門におすすめ!」でした。

Amazon商品ページはこちら↓

チェーホフの光と影

チェーホフの光と影

次の記事はこちら

あわせて読みたい
本当にいい本とは何かー時代を経ても生き残る名作が古典になる~愛すべきチェーホフ・ゾラ チェーホフもゾラも百年以上も前の作家です。現代人からすれば古くさくて小難しい古典の範疇に入ってしまうかもしれません。 ですが私は言いたい!古典と言ってしまうから敷居が高くなってしまうのです! 古典だからすごいのではないのです。名作だから古典になったのです。 チェーホフもゾラも、今も通ずる最高の作家です!

前の記事はこちら

あわせて読みたい
佐藤清郎『わが心のチェーホフ』あらすじと感想~チェーホフの魅力や面白さをわかりやすく解説した名著! この本ではチェーホフがいかに優れた作家か、そしてその特徴がどこにあるのかということがこの上なくわかりやすく書かれています。 そしてチェーホフだけではなく、ドストエフスキーとの対比も書かれているので、チェーホフを知りたい方だけではなく、ロシア文学や演劇を知りたい方にとっても非常に面白い知見がたくさん説かれています。

チェーホフおすすめ作品一覧はこちら

あわせて読みたい
チェーホフおすすめ作品10選~チェーホフは小説も面白い!戯曲だけにとどまらない魅力をご紹介! 強烈な個性で突き進んでいくドストエフスキーは良くも悪くも狂気の作家です。 それに対しチェーホフはドストエフスキーと違ってもっと冷静に、そして優しいまなざしで訴えかけてきます。 私たちを包み込んでくれるような穏やかさがチェーホフにあります。こうしたクールで優しい穏やかさがチェーホフの大きな特徴です。ぜひおすすめしたい作家です!

関連記事

あわせて読みたい
帝政ロシア末期を代表する作家チェーホフ―ドストエフスキー亡き後のロシアを知るために チェーホフを学ぶことで当時の時代背景や、ドストエフスキーやトルストイがどのようにロシア人に受け止められていたかが見えてくるようになります。これはドストエフスキーを学ぶ上でも大きな意味があります。 そして何より、チェーホフ自身が圧倒的に魅力的な作家であること。これに尽きます。
あわせて読みたい
チェーホフの生涯と代表作、おすすめ作品一覧―年表を参考に ドストエフスキー亡き後のロシアで活躍した作家、チェーホフ。1880年代以降のロシアは革命前の暗い時代に突入していきます。 チェーホフを学ぶことで当時の時代背景や、ドストエフスキーやトルストイがどのようにロシア人に受け止められていたかが見えてくるようになります。これはドストエフスキーを学ぶ上でも大きな意味があります。 というわけで今回は年表を用いてチェーホフとは一体どんな人なのかということををざっくりとお話ししていきたいと思います。
あわせて読みたい
ヴィリジル・タナズ『チェーホフ』あらすじと感想~ロシアの偉大な作家チェーホフのおすすめ伝記 この伝記はチェーホフの生涯が簡潔かつわかりやすくまとめられていて、チェーホフがどんな作家でどんな人生を送ったのかを知るのに最適です。 チェーホフがどんな人物なのか全く知らない状態でこの本を読んだのですが、とても読みやすく面白い発見がたくさんであっという間に読み終えてしまうほどでした。
あわせて読みたい
佐藤清郎『チェーホフの生涯』あらすじと感想~チェーホフの生涯をもっと知るのにおすすめの伝記! 『チェーホフの生涯』はチェーホフの生涯に特化して書かれていますので、個々の作品の解説はあまりありません。ですが、それぞれの作品が生まれてきた背景がものすごく丁寧に書かれています。チェーホフがその時何をして何を感じていたのか、それをこの著作で知ることができます。
あわせて読みたい
ドストエフスキー年表と作品一覧~ドストエフスキーの生涯をざっくりと この記事ではドストエフスキー作品一覧と彼の生涯を簡潔にまとめた年表を掲載します。 ドストエフスキーの生涯は簡易的な年表では言い尽くせない波乱万丈なものです。特にアンナ夫人とのヨーロッパ外遊の頃は賭博に狂った壮絶な日々を送っています。 ドストエフスキー作品は彼の生涯とも密接な関係を持っています。彼の生涯を知ることは作品を知る上でも非常に大きな助けとなるのではないでしょうか。

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次