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【アルメニア旅行記】(24)ホルウィラップ修道院からノアの箱舟の聖地アララト山を一望!聖書の世界に思いを馳せる
アルメニア滞在3日目はあのノアの箱舟が漂着したとされる、『旧約聖書』の聖地アララト山に向かう。
私は前日夕方にアルメニアの首都エレバンに到着した。
天気がよければエレバン市内からもアララト山が見えるそうだ。
残念ながら私の滞在中はもやがかかっていてその姿を見ることができなかったが、天気がいいとこのようにはっきりとアララト山が見えるそうだ。
この地図を見て気づいた方もおられるかもしれないが、実はアララト山はトルコ領にある。かつてはアルメニア王国の領土であったのだが現在はトルコの領土になっている。
アルメニア人にとってのアララト山は日本で言うならば富士山のようなものだとガイドは言っていた。心のふるさとであるアララト山が自分たちの領土ではなくなってしまったことに今もアルメニア人は複雑な思いを抱いているとのこと。たしかに、目の前に見えるのに自由に行くことができないというのはあまりに残酷な現実だ。
このことを聞いて私はイスラエルにおけるパレスチナ問題を思い出した。2019年に私はベツレヘムを訪れたのだが、そこではイスラエルによって分離壁が作られパレスチナ人がそこに閉じ込められていたのである。
ベツレヘムの丘からはイスラム教の聖地岩のドームが見えた。だがパレスチナ人はそこには行けない。その悔しさ、無念を現地ガイドは語っていた。
もちろん、アルメニア・トルコ両国間の問題を簡単にベツレヘムに当てはめて考えることはできない。そこにはまた違った事情があるはずだ。だが、このアララト山の話を聞いて、聖地を目の前にしながら行くことができないという問題を私は感じることになった。
さて、エレバンを出て郊外を走るとすぐにアララト山が姿を現した。思っていたよりも近い!そしてたしかに富士山を連想させるような姿だ。
これから向かうのはホルウィラップ修道院という教会。ここがアララト山を見るのにベストスポットなのだそう。
例のごとく山の上にぽつんと立つ修道院。駐車場からは歩いて上っていかなければならない。
この聖堂の作りはジョージア正教の建築とも似ているように思う。
カトリックやプロテスタント、ロシア正教とも違うある種無骨な雰囲気が感じられるのが興味深い。
右側が大アララト、左側が小アララトと呼ばれている。9月上旬だというのに大アララトの頂上は雪が積もっていた。これほどの高さなら洪水でも無事だっただろう。
ちなみに写真手前のフェンスが国境線だそうだ。まさかこんな近くに国境線があるとは思いも寄らなかった。
修道院からアララトを眺めた私は車に乗り込み、有名な撮影スポットまで移動した。
独特な雰囲気があるホルウィラップ修道院越しに見るアララト山のなんと美しいことか!
アララト山をモチーフにした神話は紀元前3000年ほど前のシュメール文明にまで遡る。そしてそこで語られた洪水伝説が『旧約聖書』のノアの洪水に大きな影響を与えた。
このことについては「(22)ノアの箱舟の聖地アララト山と時が止まったかのような修道院目指して隣国アルメニアへ」の記事でお話ししたのでそちらを参照して頂きたいが、5000年以上も前からこの山は人々の畏敬の対象だったのだ。そう考えると歴史の壮大さを感じる。5000年以上前の人々も今の私と同じようにこの山に圧倒されていたのだ。そして神聖な何かを感じていたのだ。この山が今もなお聖地として人々に崇められている理由が分かる気がした。
アララト山の後はエレバン近くにあるエチミアジン大聖堂も訪れた。世界最古の大聖堂として知られる世界遺産だ。残念ながら私が訪れた時は工事中で中に入ることはできなかった。
そして私がここに来たかったのはここに、「あるもの」が展示されているからであった。
それが「ロンギヌスの槍」と「ノアの箱舟の木片」だ。
ロンギヌスの槍はイエスが十字架に掛けられて亡くなった時、兵士ロンギヌスがその死を確かめるためイエスのわき腹を刺したという槍だ。
キリストの脇腹を槍で刺すロンギヌス。フラ・アンジェリコ画 Wikipediaより
ロンギヌスは目が不自由であった。しかしイエスの血が目に入り視力が戻ったことから改心し、後に聖人として扱われるようになった。
ブログ筆者撮影
そのロンギヌスを題材にした有名な彫刻がサン・ピエトロ大聖堂にある。作者はベルニーニ。ローマバロックの王だ。私もこの彫刻の見事さには息を呑むしかなかった。
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さて、そんなロンギヌスの槍がこのアルメニアに存在しているのである。これは不思議である。これが本物なのかどうかはわからない。だが、そうだと信じられて今に伝わっているというのは事実だ。
そしてそれはノアの箱舟の木片も同じである。
実際に本物かどうかはわかりようがない。だがそう信じられて大切に守られてきた歴史が現に存在するのだ。そこに人間の営みの意味があるのではないだろうか。この二つの展示は私にとっても非常に興味深いものがあった。
さて、アルメニア滞在もこうして3日を過ぎた。
実はこの日から私は旅の存続の危機に襲われていたのである。
エチミアジンを歩いている時は意識も朦朧としていたくらいだった。
私に何が起こったのか、次の記事ではそのことについてお話ししていきたい。
これは単に体調が悪くなったで済まされる話ではない。私とアルメニアという国についての根本問題がそこに横たわっていたのである。
続く
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