『ナポレオン言行録』あらすじと感想~読書は世界を制す?文学青年ナポレオンと読書~文豪達はなぜナポレオンに憧れたのか考えてみた
『ナポレオン言行録』概要と感想~ナポレオンは文学青年だった!文豪達はなぜナポレオンに憧れたのか考えてみた
今回ご紹介するのは1941年にオクターヴ・オブリによって編著された『ナポレオン言行録』です。私が読んだのは1983年に岩波書店より発行された大塚幸男訳の『ナポレオン言行録』1991年第14刷版です。
早速この本について見ていきましょう。
かならずしも長くはない一生にナポレオン(1769-1821)はおびただしい量の手紙・布告・戦報・語録などを書き、あるいは口述した。本書はそのうちから最も意味深く最も興味深い文章を選んで年代順に配列したものであって、不世出の英雄の波瀾にとむ生涯が、かれ自身の筆とことばによって生々しく記録されている。
岩波書店、オクターヴ・オブリ編著、大塚幸男訳『ナポレオン言行録』表紙より
この作品はナポレオンが遺した手紙や言葉をパリの歴史家オクターヴ・オブリが編集したものになります。
この作品を読んでいて印象に残ったのはやはりナポレオンの言葉の強さでした。ナポレオンといえば軍人というイメージが強いかもしれませんが、驚くべきことに圧倒的な文才も兼ね備えていたのです。
冒頭の編著者解題ではナポレオンの文才について次のように述べられています。
ナポレオンは驚くべき将帥、端倪すべからざる立法家であったのみではない。また偉大な文人でもあった。
わたくしはこのささやかな文集を編むにあたり、彼の作品の厖大な集積、すなわち書簡、歴史的研究、物語、口述、省察等の中から、ナポレオンの遺した最も意味ふかい頁を選んで、ナポレオンが偉大な文人でもあったことを読者に想起させようと試みた。
岩波書店、オクターヴ・オブリ編著、大塚幸男訳『ナポレオン言行録』P14-15
では、なぜナポレオンはそれほどの文才を持つことができたのでしょうか。それについても解題で解説されています。
ともすればナポレオンは初等教育を受けただけの人間に見られようとした。それは間違いである。
彼はブリエンヌ〔シャンパーニュ、オープ県〕で、それからパリの士官学校で、かなり完全な教育を受けた。なるほどその教育には欠陥もありはしたが、およそ欠陥のない教育があろうか?―ラ・フェールの連隊に入った時には、時代の相違を考慮に入れると、彼は現代のサン=シール陸軍士官学校の若者たちとほぼ同様の知識を持っていた。
しかしそういう彼が、当時、その最初の駐屯地ヴァランスでの閑暇のあいだに―この閑暇は彼の孤立と貧乏とによって一そう甚だしいものとなっていた―自分は大した知識は持っていないことに気づく。
五年のあいだ、彼は絶えず読書し、書物に書きこみをし、ノートに一ぱい書き散らす。その教育を全くやり直すのである。彼の比類のない記憶力は、どんな驚くべき詳細な点に至るまでも、すべてを記憶する。この読書熱は一生涯つづくことになるであろう。
彼にはどんなものでもよかった。歴史でも、軍学でも、小説でも、詩でも、戯曲でも、哲学でも、宗教研究書でも、行政上の報告書でも、法制関係の書物でも。……チュイルリの書斎ではもとより、どこに居を移しても、軍隊においてさえも、後には流謫の地においても、彼は常に読書をすることになる。
厖大な知識が彼の秩序整然たる頭の中に次第次第に蓄えられてゆくことになる。こうしてナポレオンは、彼の世紀の最も学識の深い、最も教養ある人間の一人になることになる。
岩波書店、オクターヴ・オブリ編著、大塚幸男訳『ナポレオン言行録』P16-17
※一部改行しました
ナポレオンの伝記では必ずと言ってもいいほど若きナポレオンの猛烈な読書ぶりが紹介されます。
ナポレオンは内気で、クラスの人気者というタイプではありませんでした。そうした性格や彼の置かれた境遇からも彼は本の世界にのめり込みます。
そして後に皇帝となって世界を席巻するようになってからもその読書人ぶりは変わりませんでした。
もちろん、ナポレオンは戦場でも武勇を見せ、兵士たちを鼓舞しました。ですがそのカリスマもやはり彼の思想や言葉があったからこそです。背中を見せるだけではどうしても限界があります。背中を直接見せることができる人数には当然ながら物理的に限界があります。
それでもなおナポレオンがカリスマになれたのは彼の言葉が人々の口や紙媒体を通して一斉に広まっていったからです。ここに言葉の力の偉大さがあります。
天才とはおのが世紀を照らすために燃えるべく運命づけられた流星である。
岩波書店、オクターヴ・オブリ編著、大塚幸男訳『ナポレオン言行録』P262
天才が形式の下におめおめおしつぶされると思うのは、天才の歩みによほど縁のない人の考えである。形式は平凡人のためにつくられたものなのだ。平凡人が規則の枠内でしか動けないというのはそれでよろしい。有能の士はどんな足枷をはめられていようとも飛躍する。
岩波書店、オクターヴ・オブリ編著、大塚幸男訳『ナポレオン言行録』P262
革命の中には避けがたい革命がある。それは火山の物理的な噴火のように、精神的な噴火である。火山の噴火を起こす化学結合が完成すると火山が爆発するように、精神的な機が熟する革命が勃発するのである。革命を予防するには、思想の動きを監視しなければならない。
岩波書店、オクターヴ・オブリ編著、大塚幸男訳『ナポレオン言行録』P264
それにしても、私の生涯は、何という小説であろう!
岩波書店、オクターヴ・オブリ編著、大塚幸男訳『ナポレオン言行録』P244
これらはナポレオン語録の一部ですが、この本は手紙を中心に編まれているのでそれらではもっと直にナポレオンの声を聴くことができます。
兵士たちの心を震わせた手紙や愛するジョゼフィーヌへの恋文であったりと、内容は多岐にわたっています。こうした言葉を読めるこの本は非常にありがたいものがありました。
そしてこの本を読んでいて私が思ったのはなぜ名だたる文豪たちがナポレオンに憧れたのかということでした。
彼に憧れた最たる例がバルザックですし、スタンダールもユゴーもそうです。さらにはトルストイやドストエフスキーも強烈な影響を受けています。
なぜ文豪たちはナポレオンに影響を受けたのか。
この本を読んでいて、私はナポレオンが若い頃ひたすら本に没頭する文学青年だったからかもしれないと思ってしまいました。
ナポレオンは学生時代はどちらかというと冴えないタイプの学生でした。そして本の世界に浸り、ひたすら読書の日々を過ごすという内向的な青年でした。そんな若者が自分の才覚で立身出世しついには皇帝になった。しかもその原動力は圧倒的な読書であり、言葉の力だったというのです。
当時の文学青年たちにとってこんなに夢のある話はありません。
ナポレオンがマッチョな大男で、筋肉を頼りに武勇を重ねたのであるならばきっと彼らはナポレオンに憧れることはなかったでしょう。
ひ弱な文学青年が文学、言葉の力と共に成り上がったことに意味があるのではないでしょうか。
もちろん、ナポレオンの軍事や統治の才能も大きな要因の一つでしょう。ですがそこに読書家ナポレオンという側面があったからこそのナポレオン人気なのではないでしょうか。
思えば歴史に名を残すリーダーや偉大な発明家たちもその多くが猛烈な読書人として知られています。
やはり読書を通して学べることは大きい。
よくよく考えてみればそうですね。何十年に1人、いや、何百年に1人の天才の言葉を本では聴くことができるのです。しかも本のいいところは著者と一対一で自分のペースで向き合うことができる点にあります。
歴史に名を残すほどの偉人と面と向かって語り合うことができるなんて、なんと贅沢なことか・・・!
本というと、ただ文字を読むだけのように思われてしまうかもしれませんが、言葉とは「その人そのもの」です。
言葉を読んでいくということは「その人自身を知っていくこと」に他なりません。
歴史に残る偉人の言葉を通して、私たちはその人と出会うことができます。
そういう読書になっていくとこんなに貴重なレッスンはありません。だって、そうですよね。もしナポレオンがマンツーマンで話を語ってくれたならこんなありがたい講義はありません。
読書に本気でぶつかっていくとそれはもはや著者との真剣勝負、一騎討ちになっていきます。著者の言葉に対して自分はどう思うのか、そしてそれに対して著者はどんな反論を用意しているだろうか。本を読んでいると頭がフル回転するのはこうしたガチンコの戦いがあるからです。
もちろん、本にも様々なものがあり、楽しく読める本もたくさんあります。そういう本はこの話とは別なジャンルなのでご容赦願いたいのですが、古典や名著と呼ばれるものの真価はこうした真剣勝負に耐え得る点にあるのではないかと思います。
ナポレオンが鬼のような読書家であったこと。そしてそこから多くのことを学び、人々の心を動かし皇帝にまでなったということ。
それを後の文豪たちはしっかり見ているのではないでしょうか。文学の力、言葉の力を知っている彼らだからこそ、文学青年だったナポレオンから目を離すことができない。だからこそ憧れてしまう。
そんなことをこの本を読んで感じたのでありました。
もちろん、彼ら文豪がナポレオンに憧れた理由はそれこそ千差万別、複雑なものがあるでしょう。ですがナポレオンが文学青年だったという側面も少なからず影響を与えていたのではないかと私は思ったのでありました。
そうしたことを考えられたこの『ナポレオン言行録』。
フランスの歴史や文化を考える上で非常に興味深い読書になりました。ぜひおすすめしたいです。
以上、「『ナポレオン言行録』読書は世界を制す?文学青年ナポレオンと読書~文豪達はなぜナポレオンに憧れたのか考えてみた」でした。
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