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モンタルボ『エスプランディアンの武勲 続アマディス・デ・ガウラ』あらすじと感想~ドン・キホーテ憧れの騎士アマディスの息子の物語

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モンタルボ『エスプランディアンの武勲 続アマディス・デ・ガウラ』あらすじと感想~ドン・キホーテ憧れの騎士アマディスの息子の物語

今回ご紹介するのは1510年にモンタルボによって出版された『エスプランディアンの武勲 続アマディス・デ・ガウラ』です。私が読んだのは2019年に彩流社より発行された岩根圀和訳の『エスプランディアンの武勲 続アマディス・デ・ガウラ』です。

早速この本について見ていきましょう。

コンスタンチノープル防衛のための異教徒トルコ軍との戦い
――天下無敵の父アマディス・デ・ガウラの子
『コンスタンチノープル皇帝エスプランディアン』の波瀾万丈の
世界を描く古典的名書。
スペイン版「騎士道物語」『アマディス・デ・ガウラ』の続編。
本邦初訳!

Amazon商品紹介ページより

前回の記事「モンタルボ『アマディス・デ・ガウラ』あらすじと感想~ドン・キホーテを狂わせた騎士道物語の傑作!」ではドン・キホーテが正気を失うきっかけとなった騎士道物語『アマディス・デ・ガウラ』をご紹介しました。

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そして今作『エスプランディアンの武勲 』はその続編ということになります。

主人公は前作の主人公アマディス・デ・ガウラの嫡男エスプランディアンです。

この作品について岩根圀和著『ドン・キホーテのスペイン社会史』では次のように解説されています。

この書物はアマディスとオリアナ姫の嫡男エスプランディアンの活躍の物語で、後にコンスタンチノープルの皇帝となる人物である。世に並ぶ者なき美男のエスプランディアンが説く騎士の最高の目的は、恋や武勲など現世の栄誉ではなくキリスト教徒としての完徳の追求であり、作者モンタルボがしばしば語り手として現れては運命の転変を説き、奢り高ぶりの罪を離れて神を畏れよと訓戒を述べる。

神を信じるとはまず神を畏れることであると旧約の教えを説き、諸王、君公たるものは傲慢の罪を去って神に奉仕しなければならないと執拗に繰り返す。そして高位にある者が驕り高ぶって傲慢の罪を犯すとき、運命は逆転して奈落の底へおちるのだとくだくだしく述べるのである。おなじく光り輝く主人公エスプランディアンも神の前に心して恩寵を信じ、驕慢の罪を離れよと訓戒を垂れ、カトリックの信仰を慫慂しょうようするのである。

彼の敵は父アマディスの場合のように同胞の、キリスト教徒の騎士達ではなく、トルコに代表される神の敵なる異教徒である。第一義の目的は異教徒を討伐してキリスト教徒へ改宗させることであり、敬虔なカトリックの信者としてキリストの教えを広めるために死を賭して献身的な働きをする。『アマディス・デ・ガウラ』とはがらりと雰囲気を変えるのだが、それを急ぐあまり筋の運びに多少の無理が生じているのは確かである。

例えば憎しみを募らせていた異教徒の勇士フランダロが敗北の後、改宗してエスプランディアンの無二の協力者となって八面六臂の活躍をしたり、カリフォルニア島の女戦士の女王カラフィアがエスプランディアンとの恋に破れ、果ては改宗の後に別の騎士と結婚するなどの筋立ては理解に苦しむ違和感を残さずにはおかないのである。

そしてキリスト教徒の騎士同士の壮絶な決闘場面を活写する『アマディス・デ・ガウラ』よりも、騎士道精神を離れて敬虔なカトリックの騎士としての献身を執拗に繰り返す単調さにセルバンテスが多少なりとも不興を抱いたとすれば、あれほどに絶賛していた『アマディス・デ・ガウラ』の続編である『エスプランディアンの武勲』をあっさりと火に投げ込む意味も理解できる。
※一部改行しました

彩流社、岩根圀和『ドン・キホーテのスペイン社会史』P18-19

この作品は前作『アマディス・デ・ガウラ』と比べると、正直かなり見劣りする作品となっています。

実際に読んでみるとわかるのですが、何と言いますか、「ワクワク感」がないのです。

『アマディス』では騎士と騎士、つまり男と男の意地のぶつかり合いが派手に展開されましたし、いかにして窮地を脱するかというドキドキする内容が語られていました。

ですが今作『エスプランディアンの武勲』ではどうしたことかそのようなストーリーは語られません。

たしかに戦闘シーンもあるのですが、いかにも単調。何か物足りなさを感じます。

上の解説にもありましたように今作は騎士同士の戦いではなく異教徒との戦いが中心となります。

前作では騎士同士がそれぞれに置かれた立場においてどう立ち回るかという心理的なドラマもありましたし、敵ながら魅力的な人物もいたわけです。

ですが今作ではただ天下無双のエスプランディアンが悪魔的な異教徒を正義の名の下に成敗するというかなり単調なものとなってしまっています。前作のように魅力的な敵やそれぞれの心理ドラマがあればよかったもののそれもほとんど見られません。これでは厳しい!セルバンデスがこの作品を酷評したのもわかる気がしました。

さて、これまで紹介した『アマディス・デ・ガウラ』と『エスプランディアンの武勲』が『ドン・キホーテ』の作中ではっきり出てくるのは前編の第6章「焚書詮議」の物語になります。

実はこの「焚書詮議」、これは私にとって『ドン・キホーテ』の中で最も好きなエピソードとなっています。とにかくユーモアたっぷりでこんな機知に富んだやりとりは見たことがないというくらいの面白さです。

このエピソードについては以前紹介した「『ドン・キホーテ』のおすすめエピソード「焚書詮議の物語」と異端審問のつながり 「中世異端審問に学ぶ」⑽」の記事でも紹介しましたがせっかくですのでここでも改めて見ていきたいと思います。

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『ドン・キホーテ』の焚書詮議の物語とは

正気を失ったドン・キホーテはある日こっそりひとりで旅に出ます。しかし災難に巻き込まれ、身動きも取れないほどぼろぼろになったところを村人に発見され、あえなく家に連れて帰られることになりました。

こっそり家出した主人がぼろぼろになって帰って来たドン・キホーテ家はもう大騒ぎです。

すっかり疲れ果てたドン・キホーテは部屋でぐっすりと眠っています。そのすきに家族や日頃親しくしていた司祭や床屋が今回の事件の発端となったドン・キホーテの蔵書を焼いてしまおうとします。以下その場面が始まります。

第六章
司祭と床屋がわれらの機知に富んだ郷士の書庫で行なった、愉快にして大々的な書物の詮議について

ドン・キホーテはまだ眠っていた。司祭が郷士の姪に、このたびの災いの元凶となった書物の保管されている部屋の鍵を乞うと、彼女は喜んでそれを手渡した。そこへ家政婦もやってきて、床屋と四人でいっしょに中に入ってみると、そこには立派な装幀の、どっしりと部厚い本が百冊以上も並んでおり、ほかに小型の本も何冊かあった。そうした本を目にするやいなや、家政婦はあわてふためいて書斎を出ていったが、すぐまた、聖水の入った大きな容器と灌水器を手にして戻ってくると、こう言った―

「さあ、学士様、どうか聖水を撒いてこの部屋を清めてくださいまし。本の中にうようよしている魔法使いどものなかには、あたしたちによってこの世から追放されようとしていることを知って、その腹いせにあたしたちに妖術をかけようなんて奴がいるかも知れませんから。」

学士は家政婦の単純さに思わずにっこりしたが、彼女には構わず、床屋に対し、本の内容を確認しておくため、一冊ずつ手渡してくれるように頼んだ。なかには火刑に処すには及ばない書物があるかも知れないから、というのであった。

「いいえ、いけませんわ」と、姪がロをはさんだ。「ただの一冊だって赦してやることなんかありません、だってどの本も悪事に加担したんですから。どれもこれも窓から中庭に放り出し、山積みにして、火をつけてしまうのが手っとり早いでしよう。中庭がまずければ裏庭に運ぶことです。あそこなら焚火もできますし、いくら煙が出ても大丈夫ですからね。」

家政婦も同じ意見を述べたてた。二人の女は、かくも熱烈に、なんら罪のない書物たちの死を願っていたのである。しかし司祭は、せめて本の題名だけでも読む必要があると主張して、これには同意しなかった。かくして、ニコラス親方が司祭に手渡した最初の本は、『アマディス・デ・ガウラ全四巻』であったが、それを見ると司祭が言った―

「これは何かのめぐりあわせに違いない。というのも、聞くところによれば、これこそスペインで印刷された最初の騎士道本であり、他のものはすべてこれを鼻祖とし、これを手本にしているということだからです。したがって、かくも悪しき宗派の教義を説いた祖師として、情け容赦なく火あぶりの刑に処してしかるべきと思われますな。」

「いや、それはいけません、司祭さん」と、床屋が反対した。「わしの聞知したところでは、それはまた、これまでに書かれたその種の物語のなかで最も優れた書ということですよ。ですから、物語芸術の最高峰として刑の執行を免れるべきですな。」

「なるほど、親方の言うとおりだ」と、司祭が応じた。「そういうことなら、今日のところは命を助けることにしよう。では、その隣りにあるやつを見せてもらいましようか」

「これはですね」と、床屋が言った、「アマディス・デ・ガウラの嫡男の物語、つまり『エスプランディアンの武勲』ですよ。」

「ほほう」と、司祭が応じた、「でも、父親の偉大さが息子にまで及ぶはずもあるまい。さあ、家政婦さん、窓をあけて、これを裏庭に放り出してくだされ。この本を、いずれ始まる大がかりな焚火の土台にしましょうぞ。」

家政婦は嬉々として、言われたとおりにしたものだから、好漢エスプランディアンは裏庭に舞いおり、そこでわが身に迫る炎を忍耐強く待つことになったのである。

「さて、次に移りましょうか」と、司祭がうながした。

「お次に参りますは」と、床屋が受けた、「『アマディス・デ・グレシア』ですが、どうやらわしの見るところでは、この段に並んでいるのはすべて、ほかならぬアマディス一族の物語のようですな。」

「だったら、一族そろって裏庭行きだ」と、司祭が叫んだ。「まったく、『アマディス・デ・グレシア』の作者のまるで悪魔に憑かれたような、支離滅裂な文章ときたらどうだろう、わたしは王妃ピンティキニエストラや牧人ダリネルを、それに奴のロにする牧歌を焼き払うためなら、実の父親を焼いたって構やしませんよ。もっとも、父親が遍歴の騎士の格好で歩きまわっていたとすればの話ですがね。」

「わしも司祭さんと同じ意見ですよ」と、床屋がひきとった。

「あたしも」と、姪が賛同した。

「そうと決まれば」と、家政婦が言った、「さあ、こっちへくださいな。裏庭に持っていきますから。」

そこで本が家政婦に渡されたが、それがかなりの数にのぼったので、彼女は階段の昇り降りを省いて、それらを窓から放り出してしまった。

「その、ばかに大きいのはどなたかな?」と、司祭が訊いた。

「こちらに控えしは」と、床屋が答えた、「『ドン・オリバンテ・デ・ラウラ』ですよ。」

「ああ、その本の作者は」と、司祭がひきとった、「『百花の園』を書いたのと同一人物ですが、率直に言って、それら二冊のうち、どちらにより真実味があるか、というよりはむしろ、どちらにより嘘が少ないかは、わたしとしても決めかねるのです。ただ断言できるのは、その本が思い上がった、でたらめなものであるがゆえに、裏庭行きを運命づけられているということですな。」

「お次に見参するは、『フロリモルテ・デ・イルカニア』と、床屋が言った。

「おお、フロリモルテ殿はそこにおられたか」と、司祭が応じた。「なるほど、彼の怪異な出生や華々しい冒険はなかなかのものだが、あの生硬にして味気ない文体では、やはり、早々に裏庭へおひきとり願うほか、いたしかたありますまい。さあ、家政婦さん、さっきのといっしょに、これも裏庭へ送ってくだされ。」

岩波書店、セルバンデス、牛島信明訳『ドン・キホーテ』㈠P112-116

司祭や床屋の言い回しがなんともユーモアに富んでいて面白いですよね。本当に大好きなシーンです。

この後もこうしたやり取りは続きます。今回はその一部をご紹介しましたがぜひ皆さんもこの小説を読んで頂けたらなと思います。このシーンは第一巻目の100ページ過ぎに出てきますのですぐにお目にかかれます。有名な風車の冒険もこの後すぐ出てきます。

さて、アマディス・デ・ガウラはなんとか火刑を免れることなりましたがエスプランディアン殿に関しては残念ながら火刑行きが決定してしまいました。

「これはですね」と、床屋が言った、「アマディス・デ・ガウラの嫡男の物語、つまり『エスプランディアンの武勲』ですよ。」
「ほほう」と、司祭が応じた、「でも、父親の偉大さが息子にまで及ぶはずもあるまい。さあ、家政婦さん、窓をあけて、これを裏庭に放り出してくだされ。この本を、いずれ始まる大がかりな焚火の土台にしましょうぞ。」
家政婦は嬉々として、言われたとおりにしたものだから、好漢エスプランディアンは裏庭に舞いおり、そこでわが身に迫る炎を忍耐強く待つことになったのである。

セルバンテスはずいぶんあっさりとエスプランディアンを切って捨てます。それはやはり私もこの作品を読んで感じたように、面白さに関してイマイチな面があったからこそでしょう。

それにしても、「好漢エスプランディアンは裏庭に舞いおり、そこでわが身に迫る炎を忍耐強く待つことになったのである。」というセルバンテスの言い方はたまりませんね。何回読んでもにやけてしまいます。こんな機知の富んだ言い回しがあるでしょうか。こうしたユーモア感覚が『ドン・キホーテ』の最大の魅力のひとつだと私は思います。

ただ、このエスプランディアンへの仕打ちですが単なるユーモアだけに済ませられるわけでもないというところにも『ドン・キホーテ』の奥深さがあります。

当時スペインでは異端審問が盛んだったのでキリスト教に対する批判は絶対にタブーです。ほんの少しでも疑いをかけられるだけで拷問される可能性もあったのです。

そんな中エスプランディアンは物語中の人物とはいえ、異教徒を倒した英雄です。

そんなキリスト教の英雄をこんな無下に扱うのは、実はぎりぎりのブラックユーモアでもあるわけです。

そもそもこの「焚書詮議の物語」は、カトリックの異端審問のパロディです。その異端審問の火にかけられるのがエスプランディアンというキリスト教の英雄というのですからこれはなかなかに攻めたパロディになります。

そうしたことも考えながら読む『エスプランディアンの武勲』は、ある意味私にとって興味深いものがありました。

作品としては正直イマイチな面も否めませんが、ドン・キホーテファンならば読む価値は間違いなくあります。

あの好漢エスプランディアン殿がどのようなお方だったのかがわかりとても嬉しくなります。

私としてはこの本を読むことができてとてもよかったなと感じています。

以上、「モンタルボ『エスプランディアンの武勲 続アマディス・デ・ガウラ』あらすじと感想~ドン・キホーテ憧れの騎士アマディスの息子の物語」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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