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A・クルコフ『ウクライナ日記』あらすじと感想~2014年マイダン革命とクリミア編入、東部紛争の経緯を知るのにおすすめ

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A・クルコフ『ウクライナ日記』概要と感想~2014年マイダン革命の混乱とクリミア侵攻、東部紛争への経緯を知るのにおすすめ

今回ご紹介するのは2015年にホーム社より発行されたアンドレイ・クルコフ著、吉岡ゆき訳の『ウクライナ日記』です。

早速この本について見ていきましょう。訳者あとがきにこの本についてと、2014年のウクライナ・マイダン革命について解説されていましたので少し長くなりますがそちらを引用します。

二〇一三年の秋、ウクライナの首都キエフに住みロシア語で執筆している作家アンドレイ・クルコフは、オーストリアの出版社の依頼で、「ヨーロッパの人々にウクライナを理解してもらうため」のエッセイ集を執筆中だった。ところが一一月二一日にウクライナ政府がEUとの連合協定の調印の延期を発表したことで、クルコフと家族の日常も、本の内容も大きく変わってしまった。

「ヨーロッパへの道を閉ざした」政府に憤慨した市民はSNSで連絡を取り合うと、その日の晩に、キエフの中心にある独立広場マイダンに集まった。多く見積もっても三〇〇〇人だったといわれるが、ニ〇〇人ほどは広場で徹夜した。

翌日には、熱い紅茶とサンドイッチを無料で彼らに提供するスポットが現れ、一〇〇人単位の人たちが独立広場で夜を明かした。

それから二日後の日曜日、キエフのメインストリート、クレシチャクには、政府に抗議する何万人もの市民が繰り出した。抗議行動参加者の一部が内閣ビルの襲撃を企て、警察との最初の衝突が起きた。警察は催涙ガスとノイズ手榴弾を使い、群集からは警察機動隊に卵や石が投げられた。

この三ケ月後のニ〇一四年二月一八日から二十日にかけての三日間は、キエフの中心部で一〇〇人近い死者を出す流血の事態になり、二月二二日にヤヌコヴィッチ大統領が国外逃亡したことは、衝撃的な映像とともに日本でも広く報道された。

続く二〇一四年三月には、クリミア半島が「住民投票の結果」、ウクライナからの独立を宣言し、その翌日にはロシアとクリミアによる「クリミア共和国のロシア連邦への編入条約」が締結された。これと並行し、ウクライナ東部のルガンスク州とドネツク州を中心に、キエフの新政権に反対する勢力による政府・治安当局の建物占拠などが続発。

四月一五日にはトゥルチノフ大統領代行が、武装勢力による政府の建物占拠には反テロ武力作戦で対処すると宣言。以降のウクライナ東部は、戦争と呼ぶべき状況が続き、何千人もの死者が出ている。

ニ〇一五年二月一二日、ウクライナと独仏露の首脳が停戦に合意し、二月一五日に停戦が発効した。だが武力紛争の鎮静化を目的とする合意の履行は進まず、局地的な戦闘はやんでいない。ウクライナ政府が支出する戦費は膨らみ続け、経済の苦境は深まっている。

本書は、キエフの中心部に妻とティーンエージャーの娘と息子たちと暮らし、ウクライナはヨーロッパの一員になるべきだと考える作家の、「ウクライナ危機」の最初の半年間の日記である。
※一部改行しました

ホーム社、アンドレイ・クルコフ、吉岡ゆき訳『ウクライナ日記』P292-293

著者アンドレイ・クルコフは小説『ペンギンの憂鬱』、『大統領の最後の恋』という国際的なベストセラーで有名な作家です。

クルコフはマイダン革命が起きた広場のすぐ近くに住んでおり、この革命の流れを最も近くで見ていたひとりです。そんな作家による混乱の日々の記録が本作品になります。

本作は日記体で書かれているので当時の状況がかなりリアルに感じられます。

最初は平和的な抗議活動だったものがいつしか武装した過激派が現れ、抗議活動そのものが危険なものに化していくその過程がありありと見えてきます。

ウクライナの政情不安についてはこれまでも様々な本で見てきました。

ウクライナでマイダン革命が起き、その混乱に乗じてロシアはクリミアを併合したわけですが、これは突然起こったわけではありません。平和で豊かな生活をしていたウクライナがロシアによってあっという間に悲惨な目に遭わされてしまったという単純なものではなかったのです。

訳者あとがきではウクライナについて次のように解説されていました。

ウクライナの面積は約六〇万平方キロ(クリミアを除くと五八万平方キロ弱)、人口は四五〇〇万人強(クリミアを除くと四三〇〇万人弱)。国土は欧州最大の面積を誇るフランス(六三万平方キ口)に肩を並べ、人口は欧州で第五位のスぺイン(四六〇〇万人)に続く。かようにウクライナは面積と人口ではヨーロッパ有数の大国なのだが、国民一人当たりの名目GDPは三九二九ドル(ニ〇一三年、IMFによる)で、EU諸国の中で最下位のブルガリア(七三二八ドル)とさえもほぼ倍の開きがある。また、旧ソ連諸国の中では、ロシア(一四五九一ドル)、カザフスタン(一三五〇八ドル)に遥かに及ばず、アゼルバイジャン、トルクメニスタン(上記四ヵ国は石油や天然ガスの輸出国)、べラルーシの三国ともほぼ倍の開きがある。

ホーム社、アンドレイ・クルコフ、吉岡ゆき訳『ウクライナ日記』P293-294

私はこれを読んで改めて衝撃を受けました。

ウクライナという国は、EU最貧国のブルガリアのさらに半分ほどの経済力だったのです。ちなみにこの時の日本の一人当たりの名目GDPはおよそ40000ドルです。

旧ソ連圏の中でもロシアやカザフスタンともかなりの差があり、ポーランドやチェコなどとはもはや比べることもできないほどの経済力の差なのでした。

ウクライナはそもそも経済的に非常に厳しい状況にあったことがうかがわれます。

よくよく考えれば、いきなり「今日からソ連のシステムは終わりです。これからは資本主義の競争社会になります。頑張ってください。」と言われたとしても、いきなりビジネスのシステムを変えることは困難です。ソ連スタイルの働き方しか知らない人々は当然困惑します。

しかも、これまで膨大な時間と企業努力によって作り上げられた西側生産システムには勝ち目もありません。

資源もドネツクの炭田くらいしかないウクライナは外貨獲得の手段も制限されています。これでは経済が破綻をきたすのも当然です。

さらにさらに、ソ連崩壊からロシアへの移行期に起こったことと同じことがここウクライナでも発生します。

そうです。オリガルヒ(新興財閥)の誕生と公権力の汚職の問題です。

その過程についてはこれまでも当ブログで紹介したM・I・ゴールドマン『強奪されたロシア経済』にかなり詳しく出ています。

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ウクライナもロシアと同じく、公権力による不正と暴力がまかり通る社会となっていたのでした。

こうした背景がありウクライナでは経済不況や汚職に対する不満がどんどん蓄積され、そこに民族主義が過熱していきます。さらにウクライナの西部と東部では歴史的背景も、経済基盤も異なります。こうした背景によっても西部と東部で対立が生まれやすい状況になっていたのでした。

著者のアンドレイ・クルコフは世界的に有名な作家です。いわば、言葉のプロです。

彼はマイダン革命、クリミア併合が進行していく過程で、ロシア側が仕掛けるプロパガンダ宣伝をいち早く見抜きます。言葉のプロだからこそ感じるプロパガンダの白々しさ。そしてそうしたプロパガンダによって過熱していく対立をこの本ではまざまざと感じることになります。

本紹介にもありましたようにクルコフは「ウクライナはヨーロッパの一員になるべきだと考える」作家ですので、彼は反ロシア側のウクライナ人という立場になります。クルコフは中立的な立場ではなく、まさしくこの対立の当事者としてこの作品を書いています。

ですので、完全に中立という目線ではこの本は書かれていませんのでその点は読む側も注意しなければなりません。

ですがそれを割り引いても、当時キエフで何が起こっていたのかということを知るのには最高の作品だと思います。

正直、読んでいて本当に辛くなる作品でした。日に日に悪くなっていく状況。最初は平和的な抗議だったはずが、いつの間にやら現れてくる過激派組織。収拾のつかない暴動、弾圧。繰り返されるロシアの介入やプロパガンダ。とにかく悲惨です。

経済が破綻し、汚職が蔓延していたウクライナ。それを改善するために立ち上がったはずがなぜこんなことになってしまったのか・・・

平和で、豊かで、安全だった国が突如内戦状態に陥ったわけではないということをこの本では知ることができました。

ソ連崩壊に伴う複雑な背景がやはりウクライナ情勢に大きな影を落としていたことを学ぶことができます。

そしてこの本を読んで私は思わず日本のことを憂いてしまいました。

日本が享受していると思いこんでいるこの平和と豊かさは、いつ崩壊してもおかしくないんだと。

経済破綻、汚職の横行、そして国民同士の対立が起こってしまえば、その混乱に乗じて日本を壊したい勢力は様々な工作を行うことでしょう。ウクライナにしても、経済が盤石で政治体制も安定していたならばここまでのことになっていたかは疑わしいです。やはり政治、経済が不安定だったからこそここまで対立が煽られてしまったという側面があるのではないでしょうか。

何度も言いますが、この本を読んで私は本当に辛くなりました。体調がしばらく悪くなったほどです。それほど厳しい現実がこの本では描かれています。おそらく、「日記」という自分の思いや感情を綴っていくスタイルが私の感情を揺さぶったのではないかと思います。解説書的なものよりはるかに「感情的」なのがこの本の特徴と言っていいかもしれません。

この本に書かれているのは現在のロシア・ウクライナ戦争に直接繋がる出来事です。この戦争をより知るためにもこの作品はぜひおすすめしたいです。

以上、「A・クルコフ『ウクライナ日記』2014年マイダン革命とクリミア編入、東部紛争の経緯を知るのにおすすめ」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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