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山崎佳代子『そこから青い闇がささやき』あらすじと感想~NATOのベオグラード空爆を体験した詩人によるエッセイ集

目次

山崎佳代子『そこから青い闇がささやき』概要と感想~NATOのベオグラード空爆を体験した詩人によるエッセイ集~そこで何が起きていたのか

今回ご紹介するのは2003年に河出書房新社より発行された山崎佳代子著『そこから青い闇がささやき』です。

早速この本について見ていきましょう。

最初は、死者が名前で知らされる。それから数になる。最後には数もわからなくなる…。旧ユーゴスラビア。NATO軍による激しい空爆下で、帰国を拒み詩作をつづけた一人の女性の、胸をうつエッセイ集。

山崎/佳代子

1956年静岡市生まれ。北海道大学露文科卒業。1979年サラエボ大学に留学、ユーゴスラビア文学史を学ぶ。1986年ベオグラード大学文学部修士課程修了。2003年同大学文学部博士号取得(比較文学)。現在、同大学文学部日本学科教官。ベオグラード在住(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

Amazon商品紹介ページより

この作品はセルビアの首都ベオグラード在住の詩人山崎佳代子氏によるエッセイ集です。

この作品について著者はあとがきで巻末で次のように述べています。

戦争に翻弄されていく「私たち」を記しておこうと、ユーゴスラビアの人々の声を聞き書きした『解体ユーゴスラビア』から、十年あまりの歳月が流れてしまった。あの方法をふたたび取ることは不可能であり、私自身もそれを必要としなかった。言葉が音楽のように響き、あなたの耳のおくにそっと残る。言葉がいきいきとした映像のように動き、あなたが瞳を閉じると、鮮やかな残像が浮かびあがる。そんな記述の方法を見つけ出し、決して簡単ではなかった私たちの「時代」を記録したい……そんな想いで、一九九〇年からニ〇〇三年にかけて、べオグラードで書かれた文章を集めた。新たに手を入れ書き直し、書き下ろしも加えた。

『そこから青い闇がささやき』をまとめる作業は、この国の歴史の断片を記す仕事でもあり、そこに生きていた私たちの軌跡を、私という身体を通して記録することでもあった。文章のいくつかは、私たちの命がたいへんな危険に晒されているところで生まれた。とりわけ、NATO空爆の下で書いたものは、これが最後になるかもしれない、という緊張感のなかで記したものである。空襲警報のサイレンや、激しい爆音のあと、震えが止まらないでいる私は、東京から送られてきたファクスで編集者と校正のやりとりがはじまると、思いがけない明るさを身体に取りもどした。それは奇跡と言ってもいい。あらためて、言葉の力の瑞々しさを知らされた。

言葉に力が潜むのは、人と人を繋げることができるからだ、と思う。「ここにも、人が生きているよ」と、暗闇から光を放つこと、それが言葉を発することの、一番目の意味だった。絶望から私たちを救う言葉が、あるのだ。


河出書房新社、山崎佳代子『そこから青い闇がささやき』P196-197

当ブログではこれまでユーゴスラビアサッカーを通してNATOのセルビア空爆について見てきました。

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山崎佳代子氏の『そこから青い闇がささやき』はまさにその空爆を現地で体験した生の言葉が綴られています。

その一部をここで紹介します。以下は1999年のユーゴ空爆について書かれたものです。少し長くなりますがじっくりと読んでいきます。

今日は四月十七日、空爆がはじまって二十五日が過ぎた。これまでに発射された巡航ミサイルは千五百発、NATO軍の戦闘機が七百機、ユーゴスラビアの空を延べ六千回以上飛び交ったことになる。投下された爆薬は、五千トン。コソボ地方を中心に放射能汚染を引き起こす劣化ウラン弾が使用されている。妊婦やこどもに恐ろしい影響を及ぼす弾丸……。四月十六日、コソボ上空で被弾した米軍のA10攻撃機がマケドニアの空港に緊急着陸した、と聞く。これは劣化ウラン弾を装備しているという飛行機だ。

難民センターが燃え、人が死に、幼稚園も学校も病院も壊された。まずノビサド市の橋が落ち、それから無数の橋が落とされ、工場がいくつも焼かれていく。修道院も教会も壊されていく。炭鉱の町アレクシナッツでは、住宅街が破壊され、五百の家族が家を失った。ブラーニェの村では、畑にミサイルが落ち、玉蜀黍の種を蒔いていた十六歳の少女が深い傷を負い、翌日、亡くなった。空爆は、すべての人に平等だった。ロマ人の村もアルバニア人の村もセルビア人の村も、ハンガリー人の村も燃えた。化学薬品工場が爆破されるたび、空も水も地も死を含んでいく……。

山の中を走っていた国際列車も爆撃された。確認された死者は十四人、峡谷を流れる川に落ちて三十人以上が行方不明となった。難民となったアルバニア人の人々の列も爆撃され、七十余人が亡くなった。NATOはこれを最終的には認めたが、戦争には誤りはつきものだ、空爆は続行すると発表した。

しかし、そもそも戦争こそ、誤りではなかったか。この地上のどこに、爆弾を落としていい場所があるのか。戦争とは、命を奪い、人々の生活につながる場所を力ずくで破壊すること。誰にそれが許されているのか。大きな力は大きな嘘をつき、小さな力は小さな嘘をつく。いくつもの嘘が重ねられて、戦争は生み出される。そしてこどもたちは裏切られる。これまでに、千人以上の命が消えていった。

空爆がはじまってから、べオグラードの共和国広場では、連日、正午から反戦コンサートが開かれている。人々は思い思いの手書きのプラカードを掲げ、誰が考えついたのかターゲットと書かれた標的のマークを手にしている。僕たち一人ひとりの命が、空爆の標的だという意味をこめて……そしてべオグラード都心部がはじめて爆撃された夜、誰ともなく橋に人々が集まってきて、胸にターゲットマークをつけ、手をつなぎ、夜明けまで歌をうたいながら橋を守り続けた。次の晩、中央駅付近が爆破されると、蝋燭を手に人々が集まりコンサートは深夜の橋でもはじまり、それが今もなお毎晩続く。空襲警報下の空の下で。

バルカン半島の民族問題は、複雑な歴史を背景としている。誰が犠牲者か、それを決めることは、この炎のなかに消されていった死者にだけ許されている。世界は裁き手であってはならない。コソボの地で民族の違いを越えて人々はともに生きていくほかはないし、これまでもそうしてきたのだ。

武器によって解決できる問題はひとつもないだろう。生も死も、愛も憎悪も、この土地に生きる者たちの空の下に返すこと、それ以外に何ができるだろうか。

アウシュビッツ、南京、ヒロシマ、べトナム……過ちが繰り返されるたび、それでも人は静かな空を取りもどしてきた。その力はどこにあったのだろうか。続く破壊のなかにあって、新しい命を生み出すこと、ふたたび橋を築くこと。そのために、カの在りかを見いださなくてはならない。大きな声、激しい音には、新しい命を生む力はない。それはすでに過ぎ去ったもの……小さな声、かすかな音にこそ、カは潜んでいる。耳を澄ますこと、一つずつが少しずつ違う、様々な小さな声を合わせること。そして命を、木を、鳥を、犬を、心から愛している、と証しをたてるとき、私たちは武器に別れを告げることができるだろう。時間は、あまり残されていない。

これを書き終えて、朝が来た。窓を開いて空気を吸い込むと、春の土の香が消され嫌な臭いがして、舌の先が微かに痺れる。黒雲がべオグラードを包んでいく。パンチェボ工業団地のペトロヘミア化学肥料工場が爆撃され、大量のガスが空気に流れ込んでいるのだ。ミナマタ……の文字が頭をよぎる。

市場からもどると、肺に軽い痛みと、脱力感を感じた。ノビサドの製油所が攻撃されて、ドナウ川を十ニキロにわたり、石油の染みが流れていく。

ボスニア内戦でサラエボをあとにし、自らも難民となったロック歌手ネレは言った。「この戦争は、人生の楽しさを知る哲学と、人生の楽しさを知ろうとしない哲学との戦いだ。コンピュータには測れない魂の深さと、心の広さがここにはある。それは飛行機からは見えない」と。

河出書房新社、山崎佳代子『そこから青い闇がささやき』P158-161

「バルカン半島の民族問題は、複雑な歴史を背景としている。誰が犠牲者か、それを決めることは、この炎のなかに消されていった死者にだけ許されている。世界は裁き手であってはならない。コソボの地で民族の違いを越えて人々はともに生きていくほかはないし、これまでもそうしてきたのだ。」

なぜユーゴ紛争は起こってしまったのか・・・

「セルビア悪玉論」という単純な構図で語られてしまったこの紛争。

そんな国際世論の中セルビアはNATOによる空爆を受けることになります。著者はそんな猛烈な爆撃の中ベオグラードに残り続け、そこに生きる人々の声や、自らの思いをこの本に記しています。

その中でも私の中で特に印象に残った言葉があります。それがこちらです。

戦争は武器ではない、言葉で準備されていった。

右と左、侵略者と犠牲者、加害者と被害者、そして敵と味方……区別はやがて差別となっていった。差別は、さらに生と死を分けていく。人の命を奪うのは、銃でもナイフでもない、言葉だった。

河出書房新社、山崎佳代子『そこから青い闇がささやき』P82

詩人である山崎佳代子氏だからこそ気づく「言葉」の重さ・・・

戦争は「言葉」から始まる・・・

これはユーゴ紛争だけでなく、ルワンダの虐殺でもそうであったとされています。

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ラジオから流れてくる言葉が人々を虐殺に駆り立てたとこのP・ルセサバキナ著『ホテル・ルワンダの男』でも語られていました。

思えば、第二次世界大戦も積極的なプロパガンダが世界中で行われていました。大衆を戦争に駆り立てるのはやはり「言葉」なのではないか。だからこそ「言葉」に対し、私たちはもっとアンテナを張っていかなければならないと感じました。「言葉」は人を生かすものであり、殺すものでもあります。様々な場で語られる「言葉」がどんなものなのか、私たちはそれを見極めることが必要です。

「言葉」を大切にする著者の語り。私たちはこの作品を通して多くのことを学ぶことができます。

紛争の悲惨な現実を告発し、そこに生きる人々の声、姿を映し出したこの作品はぜひぜひおすすめしたいです。

以上、「山崎佳代子『そこから青い闇がささやき』NATOのベオグラード空爆を体験した詩人によるエッセイ集~そこで何が起きていたのか」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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