佐藤清郎『ゴーリキーの生涯』あらすじと感想~ソ連を代表する作家の波乱万丈な人生を知るのにおすすめの伝記
佐藤清郎『ゴーリキーの生涯』概要と感想~ソ連を代表する作家の波乱万丈な人生を知るならこの1冊
佐藤清郎著『ゴーリキーの生涯』は1973年に筑摩書房より発行されました。
佐藤清郎氏は『チェーホフの生涯』や『ツルゲーネフの生涯』など多数の作品を残したロシア文学者です。これまで私のブログでも何度もお世話になっております。
そんな佐藤氏が1973年に出版したのがこの『ゴーリキーの生涯』でした。
この本の特徴は何と言ってもこの分厚さです。
このサイズ感で576ページもあります。びっくりするほどゴーリキーの生涯が詳しく書いています。それだけゴーリキーが波乱万丈な人生を送ったというのはわかりますがそれにしてもこのボリュームはすごいです。
あとがきではこの本について佐藤氏は次のように語っています。
現代はどこかこの本の「谷間の時代」に似ている。混迷、無気力、絶望、享楽、デカダン、自己満足、無関心、暴力……と多様な人間行為の横行からセックス文学の流行まで。「谷間の時代」の初めにゴーリキーの没落がささやかれ、その終りにはふたたびそのカム・パックが待望された。人はいつまでも谷間を追ってはいられないのだ。われわれはまたあの昭和初期のようにゴーリキーによって鼓舞される時代を持つかもしれない。
ゴーリキーには政治家や職業革命家たちのもつ策謀―裏面工作や側面工作―がない。いつも正攻法、体当りでぶつかっていく。そこに彼の弱点があるとともに限りなく好ましい人間味がある。文学精神は実はそういうものなのだ。
彼の文学精神の神髄に触れるためには彼の作品を読むほかはない。初期の短篇、自伝小説類、人物論などは永遠の生命をもっている。かならずしも成功しているとは思えない作品でも原文で読むとき、彼らしい味があって、すてがたい。言葉の一つ一つに熱い呼吸が感じられるからだ。そういう呼吸の感得を基盤にして私はこの本を書いたつもりである。
『若きゴーリキー』を書き終えたあと、すぐこの本を書く準備を始め、手に入るかぎりの資料を渉読し、ノートを取り、次々にまとめていったのであるが、ちょうど五年目にこうして世に問うことのできる日を迎えたわけである。彼の故国ソ連でもまだ十分なゴーリキー伝を持っていないだけに、私としては感慨がないわけではない。いささか手前味噌ではあるが、ここには大胆な推論がないかわりに、いくつかの地道な発掘があるはずである。大胆な推論を排したのは、この本自体に資料としての価値も持たせたいためにできるだけ客観性、実証性を重んじようとしたからである。
筑摩書房、佐藤清郎『ゴーリキーの生涯』P575
この分厚い本を書き上げた佐藤清郎氏の意気込みが伝わってきますよね。
この本ではゴーリキーの人生が幼少期からかなり詳しく書かれていますが、公的記録が乏しい若きゴーリキーに関してはその多くの部分がゴーリキー自身によって書かれた自伝的小説が基になっています。ですのでゴーリキーをもっともっと知りたい方は『人々の中で』など、自伝的小説を読むのをおすすめします。
ゴーリキーが幼少の頃からいかにとてつもない生活を送っていたかがこの伝記では明らかになります。
彼の代表作『どん底』はまさしく彼自身が社会のどん底で生き抜いた経験があったからこそでした。そこから作家として大成するというのは驚くべきことです。この伝記を読んで本当に驚きました。並の人物ではありません。
この本はゴーリキーの生涯も知れますが当時の社会情勢、人々の生活も詳しく知れるというのがまた素晴らしいです。帝政末期のロシアがいかに困窮していたか、人々がいかにどん底の生活し、革命が起こってしまうような世相になっていったかがわかります。やはり、伝記のいいところはその人の人生だけでなく当時の世の中も知れることだなと改めて感じました。
さて、ゴーリキーの生涯を知るのにおすすめなこの本ですが、ひとつ気を付けなければならない点もあります。
ゴーリキーはソ連のスターリンとかなり深いつながりがあり、ソ連のプロパガンダ作家として晩年は活動していました。つまり、ゴーリキーは結果的にスターリンの大テロルに加担していたことになります。
この本が書かれた1973年にはソ連はまだ存在していたので、ソ連に不都合な資料は表に出ていませんでした。よってこの辺りの事情はこの本ではあまり書かれておりません。
次の記事でソ連崩壊後に出た新資料を基にした『スターリン伝』に出てくるゴーリキーを紹介しますのでぜひそちらもご覧になって頂ければと思います。
ゴーリキーがどんな過程を経て大作家へとなっていったかを知るには佐藤氏の伝記はとても興味深い内容となっています。ものすごいボリュームですがとてもおすすめです。
以上、「佐藤清郎『ゴーリキーの生涯』―ソ連を代表する作家の波乱万丈な人生」でした。
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