(4)ジャン・ヴァルジャンの登場シーンが映画的!ユゴーは時代を先取りしていた?

「ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む」(4)ジャン・ヴァルジャンの登場シーンが映画的!ユゴーは時代を先取りしていた?
第一部 ファンチーヌ 第二章 転落
一八一五年十月の初めのころ、日の落ちる一時間ほど前に、歩いて旅をしていた一人の男が、小さな町ディーニュに入って来た。そのとき、めいめいの家の窓辺や戸口にいた、ほんの少しの住民たちが、この旅人をなんとなく不安そうにながめていた。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈠』P112
ミリエル司教について100ページ以上にわたって語られた第一章が終わり、いよいよこの章で我らが主人公ジャン・ヴァルジャンが登場します。
その冒頭のシーンが上の引用になるのですが、実に視覚効果抜群の描写となっています。ユゴーは1831年に発表した『ノートルダム=ド・パリ』の段階ですでに映画的な手法を駆使した小説を書いていますが、今作『レ・ミゼラブル』でもそれは健在です。まるで映画のワンシーンであるかのようなカメラワークを上の描写からも感じられるのではないでしょうか。
そしてここからジャン・ヴァルジャンは町の住人から散々な扱いを受けるのでありますが、これも実にドラマチックです。この時点ですでに読者はジャン・ヴァルジャンに深い同情を抱いてしまうことでしょう。
また、彼がミリエル司教の館を訪ねることになるその流れも劇的です。どこにも居場所がなく、犬以下の存在となり果てた彼に声をかけた老婦人。そして「あそこに行ってごらんなさい」と司教の館が示され、場面は転換。カメラは司教の館へとレンズを向けていきます。
これもまさに演劇的と言いますか、映画的です。カットが次から次に展開していくあの感じです。
司教の館ではミリエルお付きのバチスチーヌ嬢、マクロワーヌ夫人が例の危険な侵入者について話をしているのですが、司教は一向にとり合いません。誰が来ようと扉を閉ざさないと一点張りです。助けを求めに来た者を見捨てることはできないとミリエルは誓っていたのです。
ですが、そんなことを言ってもやはり心配なのがマグロワール夫人です。
「わたくしたちはこの家がまるで不用心だと申すのです。旦那さまがお許しくだされば、これから錠前屋のポーラン・ミューズボワのところへ行って、前についていた戸の閂をまたつけてくれるように言ってきます。閂はあるのですから、すぐつきますわ。せめて今晩だけでも、閂をかけなくてはいけません、とわたくしは申すのです。掛け金だけや、通行人が誰だってあけられるドアほど、恐ろしいものはありませんもの。それに、旦那さまはいつだって〈お入り〉とおっしゃる癖がおありになる。それに、真夜中だって、ああ、恐ろしい、お許しなんかなくても……
そのとき、かなり乱暴にドアをたたく音がした。
「お入り」と司教が言った。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈠』P138-139
いかがでしょう。完全に完璧な前フリですよね。
まるで演劇の舞台を観ているかのようです。2人の女性が喧々諤々と怖い怖いと大騒ぎし、絶妙なタイミングでドアがドンドンドン!と叩かれる。そして現れたのがジャン・バルジャンなのでありました。
完璧です。痺れます。なんとドラマチックな展開でしょう。これを言葉の力のみでやってのけるユゴー・・・。やはり世界文学の帝王は違います。
いやあ見事です。このヴァルジャンの登場シーンには痺れました。改めてこの作品の偉大さを感じたシーンとなりました。
続く
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