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鹿島茂『デパートの誕生』あらすじと感想~なぜ私たちは買いたくなるのか!パリの老舗百貨店に学ぶその極意とは

デパートの誕生
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鹿島茂『デパートの誕生』概要と感想~なぜ私たちは買いたくなるのか!パリの老舗百貨店に学ぶその極意とは

今回ご紹介するのは2023年に講談社より発行された鹿島茂著『デパートの誕生』です。

早速この本について見ていきましょう。

劇場のように華やかな装飾。高い天窓からふり注ぐ陽光。シルクハットで通勤するしゃれた従業員。乗合馬車で訪れる客を待つのは、欲望に火を付ける巨大スペクタクル空間!
帽子職人の息子アリステッド・ブシコー(1810-1877)と妻マルグリットが、様々なアイデアで世界一のデパート「ボン・マルシェ」を育て上げた詳細な歴史を、当時を描く仏文学作品や、19世紀初頭のデパート商品目録など稀少な古書から丹念に採取。
パリの世相や文化が、いかに資本主義と結びつき、人々の消費行動を変えていったのか、
仏文学者にして古書マニア、デパート愛好家の著者だから描けた、痛快・ユニークなパリ社会史!

Amazon商品紹介ページより

本作『デパートの誕生』では世界初のデパート「ボン・マルシェ」を題材にデパートの誕生とその発展過程を見ていくことができます。

1887年のボン・マルシェ Wikipediaより

「ボン・マルシェ」がデパートとしての形を成したのは1852年。それまではマガザン・ド・ヌヴォテという、デパートの前段階的なお店の形態で商売をしていました。

マガザン・ド・ヌヴォテ は以前当ブログでも紹介しましたパリ万博のように、明るいウインドーで商品を陳列し、従来の「商品を見せない小売店」とは一線を画した商売をしていました。

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しかしまだまだ時代が追いつかず、社会全体に定着するほどではなかったのでした。

ですが1852年から始まったフランス第二帝政期から時代の流れが明らかに変わっていきます。

街並みを一変させ、広い道路や巨大な建造物を次々と建てるパリ大改造、経済第一主義、鉄道網の急拡大、株式相場の高騰による巨大資本の出現など、様々な要因が絡まりついに巨大なデパートが出来上がる素地が整い始めたのでした。

鹿島氏は、「デパートとは純粋に資本主義的な制度であるばかりか、その究極の発現」であると述べます。

そしてそれはなぜかというと、「必要によってではなく、欲望によってものを買うという資本主義固有のプロセスは、まさにデパートによって発動されたものだからである」と述べるのです。

つまり、現在私たちが生きている資本主義のシステムはここから始まったと言えるほどデパートの誕生は大きな意味を持つものだったのです。

なぜ私たちは「ものを欲しい」と思ってしまうのか。それを刺激する欲望資本主義の原点をこの本で知ることができます。

そして本書内でもたびたび言及されているのですが、このボン・マルシェを題材に書かれた『ボヌール・デ・ダム百貨店』というエミール・ゾラの小説も本書と合わせて非常におすすめです。

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ゾラは現場での取材を重要視した作家で、この小説の執筆に際しても実際にボン・マルシェやルーブルなどのデパートに取材に出かけ、ほぼ1カ月にわたって毎日5、6時間みっちりと取材と見学を重ねたそうです。

私もこの小説が大好きで、ゾラの作品中ピカイチの作品だと思っています。

そしてこの小説の影響で私は昨年2022年にパリのボン・マルシェを実際に訪れました。

1852年にデパートとしての形が出来上がった老舗ということで、時代を感じるものを想像していた私は中に入ってびっくりしてしまいました。想像よりもはるかにモダンで、高級感がありながらも気詰まりを感じさせない雰囲気でした。

最後になりますが、今回ご紹介した『デパートの誕生』は以前当ブログでも紹介した『デパートを発明した夫婦』の新装版になります。

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この新装版では巻末に「パリのデパート小辞典」という章が加筆され、されに文庫版あとがきでは近年のボン・マルシェについての解説も掲載されています。

そして、

たんにフランスの文化史として読まれているばかりでなく、小売業というものの本質を学ぶための基本テキストとして講習会などで教科書に使われているという話も耳に入ってきた。なかには、『デパートを発明した夫婦』をバイブルとして熟読含味したおかげで成功を収めたと伝えてくれた人もいた。著者名利に尽きる話である。

講談社、鹿島茂『デパートの誕生』P269-270

と文庫版のあとがきにもありますように、この本はビジネスのバイブルとしても非常に価値のある作品です。文化史、世界史としても非常に刺激的で面白い作品ですが、さらに商売の仕組みまで学ぶこともできるというあまりに贅沢な一冊です。ものすごく面白い作品です。ぜひぜひおすすめしたい名著です。

以上、「鹿島茂『デパートの誕生』~なぜ私たちは買いたくなるのか!パリの老舗百貨店に学ぶその極意とは」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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