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田中公明/吉崎一美『ネパール仏教』概要と感想~日本と同じ妻帯する仏教が根付く国!その教えと歴史を知るのにおすすめ

ネパール仏教
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田中公明/吉崎一美『ネパール仏教』概要と感想~日本と同じ妻帯する仏教が根付く国。その教えと歴史を知るのにおすすめ

今回ご紹介するのは1998年に春秋社より発行された田中公明、吉崎一美著『ネパール仏教』です。

早速この本について見ていきましょう。

ブッダゆかりの地ネパールの仏教を概説した世界初の書!カトマンドゥ盆地に今なお生きつづけるネパール仏教の実態を、「歴史と仏蹟」「文献とその内容」「尊格と美術」「儀礼と行事」の四つの面から総合的に解説。貴重な130点の図版と地図・年表等を付す。

カトマンドゥ盆地に住むネワール族に伝統的に伝わるネパール仏教の実態を、「歴史と仏蹟」「文献とその内容」「尊格と美術」「儀礼と行事」の四つの面から総合的に解説した世界初の書。貴重な図版も多数掲載。

Amazon商品紹介ページより

まずはじめに言わせてください。この本はものすごく貴重な逸品です。

私たち日本人にとってネパールといえばヒマラヤ山脈というイメージが強くありますが、この国の宗教は何なのかというとほとんどわからないというのが実際のところではないでしょうか。私自身もつい最近までこの国についてほとんど何も知りませんでした。

ですが、この国の宗教事情は知れば知るほど面白い・・・!

まずこの国がヒンドゥー教が主でありながらも今なお仏教が息づいているという点。しかもこの国の仏教の中には私達日本の仏教と同じく妻帯している仏教もあるというのです。これは興味深いですよね。

本書の序論ではこの本とネパール仏教について次のように述べられています。

ネパールを訪れる観光客の大半は、ヒマラヤの前山に囲まれたカトマンドゥ盆地に降り立つ。そこで彼らは、世界に類を見ない木造の寺院建築や、町中狭しと立ち並ぶ土産物屋に置かれた仏教美術に目を見張ることになる。仏教の伝統が断絶してしまったインドと異なり、ネパールには今なお仏教が生きているという事実が、一般の日本人にも広く知られるようになってきた。

しかし観光案内書などには、いまだに「ネパールはヒンドゥー教国であるが、チべット仏教も行われている」、「ヒンドゥー教と仏教が混淆している」といった記述が目につく。学術的に正確を期さねばならない出版物にさえ、ネパール仏教とチベット仏教を混同したものが見られる。さらに一般のネパール人の仏教に対する無知も、ネパール仏教に対する誤解を増幅させている。

そして本書が「ネパール仏教」と呼ぶのは、カトマンドゥ盆地の原住民であるネワール族の伝統的仏教のみである。ヒマラヤ地域のチべット系少数民族の仏教や、近代になって伝えられた南伝仏教は、ネパール王国の仏教ではあるが、ネパール独自のものではなく、それぞれ「チべット仏教」「テーラヴァーダ仏教」(「小乗」という呼称は貶称である上、古代ネパールに存在したといわれる部派仏教と紛らわしいので用いない)と呼ぶべきであると考える。

これからの本篇で述べるように、ネパール仏教は、現代ネパールの仏教界においては多数派ではない。信徒数や資金力においては、チべット仏教が圧倒的な力をもっているし、布教活動や社会改革において最も活動的なのは、テーラヴァーダ仏教である。しかしそれにもかかわらず、われわれが「ネパール仏教」にこだわるのは、この宗教が世界に類を見ない独自の仏教であり、わが国だけでなく世界の仏教研究にも、重大な意味をもっているからなのである。

春秋社、田中公明、吉崎一美『ネパール仏教』P3-4

そしてさらに次のように続けます。

それではネパール仏教とは、どのような仏教なのだろうか。ネパール仏教は、ネワール族の仏教徒セクションにより担われた、出家教団をもたない在家仏教と定義することができる。

ネワール族はカトマンドゥ盆地の原住民で、チべット・ビルマ系のネワール語を母語としている。彼らは、インドからヒンドゥー教、仏教、サンスクリット語をはじめとするインド文化を旺盛に摂取し、独自のネワール文化を創造した。

そして仏教がその故国インドで滅亡した後も、ヒマラヤの前山に囲まれたカトマンドゥ盆地では、ネワール仏教徒の篤い信仰心に支えられ、仏教が命脈を保ちつづけたのである。

ネワールの社会は、ヒンドゥー教徒と仏教徒のカーストが共存するという、世界に類を見ない構造をもっている。仏教は本来、カースト制度を否定してきたが、長きにわたるヒンドゥー法の支配のもとで、ネパール仏教はカースト制度を受容し、仏教徒をカースト化することで生き残ったのである。(中略)

ネパール仏教の現況は、ヒンドゥー社会の中で、大小乗の出家教団と在家密教が共存していた、中世インドの仏教を考える上で、またとないシミュレーション・モデルといえるのである。

春秋社、田中公明、吉崎一美『ネパール仏教』P5ー7
ネパールの世界遺産スヴァヤンブーナートの仏塔 Wikipediaより

一言でネパール仏教と言っても、そこには様々な宗派があります。ネパール内にもネパール仏教、チベット仏教、テーラヴァーダ仏教という3つの大きな枠組みが存在していて、それぞれに歴史があります。

本書ではその中でもネパールに長く根付いてきたネパール仏教を中心に見ていくことになります。首都カトマンズやその周辺の街にある寺院についての解説も豊富でこれはネパールの仏教を知る上で非常にありがたいです。ただでさえネパールに関する書籍が少ない中でこれほど充実したネパール仏教ガイドは非常に貴重です。

インドともスリランカともタイとも中国とも違う独特な仏教の歴史をこの本では目の当たりにすることになります。日本仏教とは何かということを考える上でも本書は非常に大きな示唆を与えてくれる名著です。これはぜひぜひおすすめしたい逸品です。

ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

以上、「田中公明/吉崎一美『ネパール仏教』~日本と同じ妻帯する仏教が根付く国。その教えと歴史を知るのにおすすめ」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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