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(25)マルクスを唸らせたエンゲルスの小論「国民経済学批判大綱」とは

目次

マルクスを唸らせたエンゲルスの小論「国民経済学批判大綱」「マルクス・エンゲルスの生涯と思想背景に学ぶ」(25)

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年表で見るマルクスとエンゲルスの生涯~二人の波乱万丈の人生と共同事業とは これより後、マルクスとエンゲルスについての伝記をベースに彼らの人生を見ていくことになりますが、この記事ではその生涯をまずは年表でざっくりと見ていきたいと思います。 マルクスとエンゲルスは分けて語られることも多いですが、彼らの伝記を読んで感じたのは、二人の人生がいかに重なり合っているかということでした。 ですので、二人の辿った生涯を別々のものとして見るのではなく、この記事では一つの年表で記していきたいと思います。

上の記事ではマルクスとエンゲルスの生涯を年表でざっくりとご紹介しましたが、このシリーズでは「マルクス・エンゲルスの生涯・思想背景に学ぶ」というテーマでより詳しくマルクスとエンゲルスの生涯と思想を見ていきます。

これから参考にしていくのはトリストラム・ハント著エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』というエンゲルスの伝記です。

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トリストラム・ハント『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』あらすじと感想~マルクスを支えた天才... この伝記はマルクスやエンゲルスを過度に讃美したり、逆に攻撃するような立場を取りません。そのような過度なイデオロギー偏向とは距離を取り、あくまで史実をもとに書かれています。 そしてこの本を読んだことでいかにエンゲルスがマルクスの著作に影響を与えていたかがわかりました。 マルクスの伝記や解説書を読むより、この本を読んだ方がよりマルクスのことを知ることができるのではないかと思ってしまうほど素晴らしい伝記でした。マルクスの伝記に加えてこの本を読むことをぜひおすすめしたいです。

この本が優れているのは、エンゲルスがどのような思想に影響を受け、そこからどのように彼の著作が生み出されていったかがわかりやすく解説されている点です。

当時の時代背景や流行していた思想などと一緒に学ぶことができるので、歴史の流れが非常にわかりやすいです。エンゲルスとマルクスの思想がいかにして出来上がっていったのかがよくわかります。この本のおかげで次に何を読めばもっとマルクスとエンゲルスのことを知れるかという道筋もつけてもらえます。これはありがたかったです。

そしてこの本を読んだことでいかにエンゲルスがマルクスの著作に影響を与えていたかがわかりました。かなり驚きの内容です。

この本はエンゲルスの伝記ではありますが、マルクスのことも詳しく書かれています。マルクスの伝記や解説書を読むより、この本を読んだ方がよりマルクスのことを知ることができるのではないかと思ってしまうほど素晴らしい伝記でした。

一部マルクスの生涯や興味深いエピソードなどを補うために他のマルクス伝記も用いることもありますが、基本的にはこの本を中心にマルクスとエンゲルスの生涯についてじっくりと見ていきたいと思います。

その他参考書については以下の記事「マルクス伝記おすすめ12作品一覧~マルクス・エンゲルスの生涯・思想をより知るために」でまとめていますのでこちらもぜひご参照ください。

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では、早速始めていきましょう。

マルクスを唸らせたエンゲルスの小論「国民経済学批判大綱」

フリードリヒ・エンゲルスの二つの世界―工場主としてのマンチェスターとメアリー・バーンズとのマンチェスター―は、哲学から政治経済へと彼の関心が移行するうえで深く影響をおよぼし、それがマルクス主義の形成にも痕跡を残した。

特異な状況に身を置いていたため、エンゲルスは産業資本主義と労働者階級によるチャーティスト運動の政治をじかに体験して得た理解と、青年へーゲル派の伝統を融合させることができた。

「ドイツの社会主義と共産主義は、何よりも理論的前提から発展した」と、エンゲルスは批判的に記した。「われわれドイツの理論家は、現実の状況によってじかに動かされてこの〈悪しき現実〉を改革するには、現実の世界についてあまりにもわずかにしか知らなかった」。

一八四三年に『独仏年誌』(マルクスの最新の新聞)に寄稿して反響を呼んだ記事「国民経済学批判大綱」で、彼は理論をこねくり回すベルリンのやり方を捨て、ヨーロッパにのしかかりつつある経済的矛盾と社会危機を、実情にもとづいて冷静に分析することで、彼のマンチェスターでの経験の成果を示した。

この記事は、聖書を思わせる言葉で競争と市場操作を批判することによって、ジョン・ワッツの講義の影響力を示した。

「商人たちの相互の羨望と欲望から生まれた、この政治経済、すなわち富裕化の科学は、その額に最も嫌悪すべき身勝手さが表われている」。

人を夢中にさせる獣である資本主義は必然的に、イギリスの経済を継続的に果てしなく拡大させてしまうか、本質的に不安定な市場システムが縮小した場合には、通商危機という恐ろしい代替物を押しつけて、人を消耗させる。

このことは、植民地にたいするイギリスの飽くなき渇望―「あなたがたは最果ての地までも文明化して、その卑劣な強欲さを発揮するための新たな土地を獲得した」―と、富を国内にますます集中させたことの副産物を説明していた。「中流階級はどんどん消滅しなければならず、世界はしまいに百万長者と貧民に、大土地所有者と貧しい農場の労働者に分裂することになる」。ある時点で、こうした緊張はみな血みどろの頂点に達することになる。
※一部改行しました

筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P132-133

前回の記事でもお話ししましたが、エンゲルスは愛人メアリー・バーンズの手を借りて、通常では入り込むことができない困窮労働者たちのコミュニティーを実際に調査することができました。

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その経験が早くも小論「国民経済学批判大綱」として結実していくことになるのです。

エンゲルスのイデオロギー上の進歩

エンゲルスがイデオロギー面で遂げた最も顕著な進歩は、青年へーゲル派の疎外の概念を、政治経済の領域に応用したときに生じた。フォイエルバッハは宗教感情の観点からのみ疎外を次のように論じていた。

「人は……みずからの本質を客観視し、それから自分自身を客観視されたこの自己イメージの客体にする」。だがエンゲルスにとって、人間の本質の否定に関与したのは、キリスト教だけではなかった。競争中心の資本主義にも、その財産、貨幣、交換の制度を通して、人間の真の本質を損なう疎外のプロセスがかかわっていたのだ。

資本主義のもとで、人は本来の自分から切り離され、物の奴隷になった。「この[アダム・スミス、トマス・マルサス、および政治経済の]理論を通して、われわれは人間の最も深刻な退化、すなわち競争状態への依存を知るようになった。そのなかで人は私的所有によって最終的に消費財となり、その人間を生産するのも破壊するのもひとえに需要しだいとなった。

これはフォイエルバッハとへスから学んだものばかりではなく、アンコーツの工場の門外で職を求めている何千もの人びとを眺めることからも得た洞察だった。わずかな景気の変動によっても貧困に苦しむことを運命づけられた人びとである。
※一部改行しました

筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P133-134

エンゲルスはついにここで飛躍的にその思想を深めていくことになります。

彼はこれまで学んできたヘーゲル哲学を政治経済と結びつけたのです。この結合が後のマルクス・エンゲルスの思想に決定的な影響を与えることになります。

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プルードンの『財産とは何か』に影響を受けていたエンゲルス~私有財産への批判

この疎外のプロセスの原動力、政治経済の根幹にあるもの―そしてオーエン派、フーリエ派、チヤーティストがみな見過ごしていたもの―は、私的所有の役割だった。これがエンゲルスの「国民経済学批判大綱」の本質的なテーマだった。

これは彼がその少し前に読んだフランスの社会主義者で無政府主義者のピエール・ジョゼフ・プルードンの『財産とは何か』(一八四〇年)に少なからず影響を受けたものだった。「それは盗品である」と、プルードンが答えたことで知られるものだ。利子や地代などの不労所得のかたちでの私有財産があるために、一人の人間が別の人を搾取することが可能になり、それが近代の資本主義の不公正を支えたと、プルードンは主張した。

労働と所有に重点を置くプルードンの主張は、政治的な平等には私的所有の撤廃が必要だとする彼の確信とともに、若いエンゲルスの心の琴線にじかに触れた(プルードンの思考はあまりにも無政府主義的な経過をたどるものではあったが)。

「私的所有と、この制度の結果である競争、非道徳、困窮が、本書では知性の力と本物の科学的探究によって展開されており、一冊の本としてこれほどまとまったものは以来一度も見たことがない」と、彼はオーエン派の雑誌『新道徳世界』にプルードンの著作について書いた。

エンゲルスはプルードンが試みた以上に私的所有の概念をさらに発展させた。

エンゲルスにしてみれば、そこにはマンチェスターで彼がその実態を見てきた政治経済の複雑な特徴のすべてが含まれていた。「たとえば、賃金、売買、価値、価格、金、その他」。私的所有は資本主義の基本となる必須条件であり、それもまた排除しなければならない、と彼は結論づけた。

「私的所有を撤廃すれば、こうした不自然な分裂は消滅する」。不和も個人主義もなくなり、利益と価値の真の本質が明らかになるだろう。「労働はそれ自体が報酬となり、これまで無視されてきた賃金の本当の意義が明るみにでる。すなわち、物の生産費用を決定するうえでの労働の意義になるのだ」。

私的所有と個人の貪欲さに終止符を打つことで、へーゲル風に言えば、歴史の終焉と共産主義の到来とともに、「時代が向かっている壮大な変革―人類と自然との、また人間自身との和解」が成り立つのである。

こうしたことすべてが、ほとんど名の知られていない二十三歳の工場主見習いによる早熟な、短い小論に書かれていたのだ。マルクスがパリのセーヌ川左岸のアパルトマンで、この「才気あふれる小論」に目を留めたのは不思議ではない。
※一部改行しました

筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P134-135
プルードン(1809-1865)Wikipediaより

プルードンといえば『貧困の哲学』という作品が有名です。そして後にマルクスが『哲学の貧困』という作品で彼の思想を徹底的に批判したというエピソードがマルクス界隈ではよく出てきます。

エンゲルスはプルードンの思想も学び、そこから共産主義思想をより深めていきます。上の引用を読んでいると、もう後のマルクスの言葉と言ってもわからないくらいですよね。

ギムナジウムを中退し、商人見習いをしていた23歳の青年がここまでのものを書き上げるというのは並大抵のことではありません。

マルクスという大天才の陰に隠れて目立たないエンゲルスですが、彼も歴史上とてつもない天才であるのは間違いないのではないでしょうか。

エンゲルスはこの後、さらに社会に影響を与える作品『イギリスにおける労働者階級の状態』を書き上げることになります。この作品はマルクスの『資本論』にも直接引かれるほどの作品です。

次の記事ではそんなエンゲルスの『イギリスにおける労働者階級の状態』についてお話ししていきます。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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