エンゲルスの最初の愛人メアリー・バーンズ~エンゲルスに貧民街を案内した女工の存在「マルクス・エンゲルスの生涯と思想背景に学ぶ」(24)

マルクス・エンゲルスの生涯と思想背景に学ぶ

エンゲルスの最初の愛人メアリー・バーンズ~エンゲルスに貧民街を案内した女工の存在「マルクス・エンゲルスの生涯と思想背景に学ぶ」(24)

上の記事ではマルクスとエンゲルスの生涯を年表でざっくりとご紹介しましたが、このシリーズでは「マルクス・エンゲルスの生涯・思想背景に学ぶ」というテーマでより詳しくマルクスとエンゲルスの生涯と思想を見ていきます。

これから参考にしていくのはトリストラム・ハント著『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』というエンゲルスの伝記です。

この本が優れているのは、エンゲルスがどのような思想に影響を受け、そこからどのように彼の著作が生み出されていったかがわかりやすく解説されている点です。

当時の時代背景や流行していた思想などと一緒に学ぶことができるので、歴史の流れが非常にわかりやすいです。エンゲルスとマルクスの思想がいかにして出来上がっていったのかがよくわかります。この本のおかげで次に何を読めばもっとマルクスとエンゲルスのことを知れるかという道筋もつけてもらえます。これはありがたかったです。

そしてこの本を読んだことでいかにエンゲルスがマルクスの著作に影響を与えていたかがわかりました。かなり驚きの内容です。

この本はエンゲルスの伝記ではありますが、マルクスのことも詳しく書かれています。マルクスの伝記や解説書を読むより、この本を読んだ方がよりマルクスのことを知ることができるのではないかと思ってしまうほど素晴らしい伝記でした。

一部マルクスの生涯や興味深いエピソードなどを補うために他のマルクス伝記も用いることもありますが、基本的にはこの本を中心にマルクスとエンゲルスの生涯についてじっくりと見ていきたいと思います。

では、早速始めていきましょう。

エンゲルスの最初の愛人メアリー・バーンズ

「機械化時代」にたいするカーライルの非難、オーエン派の道徳刷新への呼びかけ、人民憲章の六力条、ワッツとリーチの競争への攻撃はいずれも、エンゲルスのイデオロギー上の進化に役立ったが、彼はマンチェスターに読書をするためにいたわけではなかった。

彼はそこで労働者階級の暮らしの現実と向き合い、仲間の「質素な労働者たち」のために「社交も夕食会も、ボートワインやシャンパンも」あきらめていたのである。だが、プロレタリアートの冥府に、少年のようなこのドイツ人探検家を導いたのは誰だったのか?通りをともに歩く相手となった一人は、当時、「イングランドで最も不快な製造業の町」、ブラッドフォードで事務員をして不満をためていた社会主義の亡命者ゲオルク・ヴェールトだった。(中略)

エンゲルスはそれに加えて、この町のある地元民から個人的に関心をもたれていた。マンチェスターの裏社会との欠かせないつながりをもつメアリー・バーンズは、エンゲルスの生涯における最初の大恋愛の相手だった。

「彼女はとても可愛く、ウィットに富み、要するに魅力的な女性だったのです……もちろん、彼女はマンチェスターの(アイルランド人の)女工だったので、字は読めて、いくらか書くこともできたとはいえ、教育はほとんど受けていませんでした。それでも、私の両親は……彼女のことを非常に気に入り、最大の愛情を込めていつも彼女のことを話していました」。エリノア・マルクスが又聞きした大雑把な、子供時代のこの記憶が、残念ながらエンゲルスのメアリーに関して伝わる最も詳しい説明の一つとなっている。

エンゲルスが彼女と一八四三年の初めに出会ったことはわかっているが、それがどんな出会いであったかについては多くの議論がなされている。
※一部改行しました

筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P128-129

エンゲルスがいかに頭が良かろうと、革命思想を奉じようと、彼は工場経営者の御曹司です。

そんな青年が一人で治安の悪い貧民窟に向かうのはさすがに不可能です。そこで彼はそうした危険地帯をよく知る人物と連れ立って実地の見聞を繰り返していたのでした。

そしてその中でも大きな役割を果たしていたのが最初の愛人、メアリー・バーンズだったのです。

メアリー・バーンズ(1823-1863)Wikipediaより

なぜ恋人と呼ばずに愛人と呼ばれたのか、それはエンゲルスが彼女を最後まで正式な伴侶と認めず、結婚をしなかったということに基づきます。このことについてはこの後でも色々な箇所で出てきますが、とりあえずここではエンゲルスの案内人として大きな役割を果たしていたことが重要です。

メアリー・バーンズとエンゲルスの微妙な関係

メアリーにまつわる憶測は、情報源が不足しているためにまちまちだ。彼女自身は読み書きができず、エンゲルスはのちに自分の生涯のこの時期の手紙の大半を焼き捨てている。そのうえ、エンゲルスはメアリーとの関係をおおっぴらにすることには、決して熱心ではなかった。

彼の〈ガチョウ〉のマリー宛にも彼女に関して書き送った形跡がない。彼はマンチェスター内での自分の社会的地位だけでなく、粗探しの好きな両親との良好な関係も保ちつづけなければならなかったからだ。

文字の読めないアイルランドの女工との同棲はいずれの目的を遂行することも期待できなかった。

みずからの階級に関する政治的きまり悪さのようなものもあったのかもしれない。綿業王にたいする社会主義者の数多くの非難の一つは、女性労働者をさながら封建時代のように食い物にしていることだったからだ。

エンゲルス自身も『イギリスにおける労働者階級の状態』のなかでその件に触れている。「そのうえ工場の奴隷状態ときたら、ご多聞に漏れずどころか、ほかにもましてひどく、工場主に初夜権を与えるのを当然としている……工場はその主人のハーレムなのだ」。

たとえメアリーがもはやエルメン&エンゲルス商会の従業員ではなかったとしても、もしくは一度もそうではなかったとしても、社会主義者のあいだでは、プロレタリアートとブルジョワの、工場の働き手と工場主の、この種の性絡みの権力関係は、大いにひんしゅくを買っていた。
※一部改行しました

筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P131

ここでもエンゲルスの矛盾をはらんだ性格が出ています。

メアリー・バーンズとの関係は自分が批判しているものでもあったのです。

ですが、エンゲルスはこの関係を断つこともなく、かといって公式に関係を認めることもなくずっとつながっていたのでした。これが後々マルクス家との微妙な関係にも繋がっていきます。

メアリー・バーンズがエンゲルスにもたらしたもの

当初の出会いをめぐる社会的な事情や詳細はどうあれ、エンゲルスとメアリーは一八四三年から四四年にかけて関係をもつようになった。そして、のちの手紙が証言するように、二人のあいだには深い愛情があった一方で、エンゲルスにとっては産業化したマンチェスターの暗黒大陸に入り込む、きわめて有益な第一歩にもなったのである。

メアリー・バーンズは彼の手を取って、冥界のぺルセポネとなって活躍し、資本主義社会に関するエンゲルスの認識を非常に豊かなものにした。「彼女はマンチェスターにいるアイルランド移民社会の暮らしを、彼に紹介した」と、ある歴史家は言う。「彼は外部の人間が入れば安全ではない界隈を、彼を連れて回った。彼女が、工場や働く人びとが味わっている家庭状況に関する情報源だった」。エンゲルスの共産主義理論の陰には、メアリーの物質的現実があったのである。
※一部改行しました

筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P132

メアリー・バーンズはエンゲルスに「実地の経験」をもたらしました。ドイツにいて哲学をしているだけではどうしても知ることができなかった現実をエンゲルスはここで学ぶことになります。

そうした体験が、次の記事で語られる、マルクスも目を留めた「小論文」となって結実します。

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