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T.G.マサリク『ロシアとヨーロッパⅠ』概要と感想~チェコの哲人大統領による貴重なロシア論!

目次

T.G.マサリク『ロシアとヨーロッパⅠ』チェコの哲人大統領による貴重なロシア論!

今回ご紹介するのは2002年に成文社より発行されたT.G.マサリク著、石川達夫訳『ロシアとヨーロッパⅠ―ロシアにおける精神潮流の研究―』です。

早速この本について見ていきましょう。

チェコの思想家T・G・マサリク(1850-1937)はロシア研究家としても名高く、そのロシア研究の集大成が本書である。この著作は、ロシア精神史研究の古典として知られ、各国語に訳されており、邦訳も、第1、2巻については、かつてみすず書房から『ロシア思想史』の題名で出されている(現在は絶版)。今回の邦訳は、まだ日本語に訳されていない第3巻を含めた全3巻を、プラハのマサリク研究所が厳密な校訂を経て刊行したチェコ語版(1995-6年)から訳したものである。

第1部「ロシアの歴史哲学と宗教哲学の諸問題」では、ロシア精神を理解するための前提として、ロシア国家の起源から第一次革命に至るまでのロシア史を概観する。第2部「ロシアの歴史哲学と宗教哲学の概略」では、チャアダーエフからゲルツェンまでの思想家たちを検討する。

成文社HPより
T.G.マサリク(1850-1937)Wikipediaより

この本は以前紹介した『マサリクとの対話 哲人大統領の生涯と思想』の記事でも出てきたチェコの哲人大統領マサリクによるロシア論です。

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マサリクについてはこの記事でもお話ししましたが改めてこちらでもご紹介します。

トマーシュ(・ガリッグ)・マサリク(一八五〇~一九三七)は、チェコが生んだ偉大な思想家・政治家である。彼は、一七世紀前半にチェコ人が独立を奪われて以来ハプスブルク家の属領となっていたチェコのモラヴィア地方の農村に、スロヴァキア人の農奴を父とし、チェコ人の料理番を母として生まれた。

そして、苦学して哲学を学び、ウイーン大学で哲学博士号と教授資格を取得した後、ウィーン大学、プラハ大学などで教鞭を執りながら、とりわけチェコの歴史哲学を深く考究し、そこから「人間性」と民主主義の理念を抽き出してそれを発展させた。同時に彼は、その理念の実現をめざして精力的に政治的、社会的、文化的活動を行い、ついにはチェコ民族を精神的にも政治的にも独立へと導いた。

チェコスロヴァキア共和国の成立後、彼は「解放者」・「祖国の父」などと呼ばれて国民の絶大な尊敬を集め、一七年の長きにわたって大統領として優れた指導力を発揮し、国際的にも偉大なヒューマニスト・民主主義者としてその名を馳せ、ノーべル平和賞の候補にも挙げられた(自ら候補を辞退した)。

両大戦間のチエコスロヴァキア(第一次)共和国は、世界でも屈指の工業国となり、何よりも高度な民主主義国家・文化国家となったがマサリクのチェコスロヴァキアは、おそらくかつて存在した最良かつ最高の民主主義国家の一つであった」―(カール・ポパー)、そのような発展は、マサリクの戦前から戦後に至る長い間の努力によるところが少なくない。
※一部改行しました

成文社、カレル・チャペック、石川達夫訳『 マサリクとの対話 哲人大統領の生涯と思想』P329

哲学者から大統領になったというのは異色の経歴ですよね。

そのマサリクがこの本を書いたのは、実はドストエフスキーの研究のためでした。マサリクは巻頭のはしがきで次のように述べています。

この研究は、ロシアの内面をその文学から捉えようと努めるものである。とりわけ私は長い間、ドストエフスキーと、ロシアに関する彼の分析を、研究してきた。そしてそれ故に、この研究では、ドストエフスキーに関する部分が主要な部分となる。

そもそもこの著作全体がドストエフスキーだけのためのものなのだが、私は、ドストエフスキーに関する説明の中にすべてを正しく適切に組み込むことができるほど、巧みに文章を組み立てられない。それ故に、私はこの仕事を分割した。第一部は、ドストエフスキーの先行者たちと後継者たちの、歴史哲学および宗教哲学に関する教説を要約して、それらの諸理念の発展史の概略を提供するものである。

個々の作家たちのところであれこれの歴史的現象に言及することになるので、あらかじめロシア史に関する導入部を置くことにした。注や脱線で説明を煩瑣にしないように、私はむしろ歴史的発展の体系的な概観を提示したが、それは同時に、後に扱われる諸問題の予告でもある。

第二部(第3巻)は、前半でドストエフスキーの歴史哲学と宗教哲学を扱い(神を巡る闘い―F・M・ドストエフスキーとニヒリズム)、後半はプーシキン以降のロシア文学およびヨーロッパ文学とドストエフスキーとの関連を明らかにする試みが含まれる(巨人主義かヒューマニズムか?プーシキンからゴーリキーへ)

この著作自体が、私がロシア研究のためにドストエフスキーの分析を選んだのが正しかったことを示すことになるだろうが、この点については初めから疑わしく思われるかもしれない。何人かの専門家が、この疑いをあらかじめ私に(口頭で)伝えた……。だが私は、ドストエフスキーを選んだのが正しかったことを示しうるだろうと思う。私自身はドストエフスキーの世界観と人生観を完全に拒否しているにもかかわらず、あるいはまさにそれ故に。

成文社、カレル・チャペック、石川達夫訳『 マサリクとの対話 哲人大統領の生涯と思想』P8

マサリクにとってのドストエフスキーの存在の大きさがこの本からは伝わってきます。

『ロシアとヨーロッパ』は全三巻あり、この第一巻、第二巻は主にロシア史、ロシア思想史が語られます。そして第三巻でいよいよ本題のドストエフスキーに入っていきます。

第一巻にあたるこの『ロシアとヨーロッパⅠ』ではマサリクのロシア観がかなり詳しく語られていくのですが、これがかなり興味深いです。

上のはしがきの最後にも出てきましたように、マサリクはロシアやドストエフスキーを批判的に見ていきます。西側ヨーロッパの哲学者、知識人としての立場からものすごく冷静にロシア史や思想を分析していきます。

科学的な人間はもはや啓示を信じず、一般に信仰しない。懐疑し、批判し、確信を得ようと努め、根拠づけられ動機づけられた確信を、盲目的な信仰と信頼に対置する。真実について決定するのは権威と伝統ではなくて、批判的思考である。それ故に、もう一度こう言おう。即ち、カントの批判主義はしたがって世界史的な意義を持っており、批判主義は世界と社会に対する現代人の十全な自覚を意味するのである。(中略)

今日、宗教的問題とは、次のようなものである。即ち、非啓示的な宗教は可能か?科学的に、批判的に思考する人間、哲学者は宗教を持ちうるか、そしていかなる宗教を持ちうるか?

成文社、カレル・チャペック、石川達夫訳『 マサリクとの対話 哲人大統領の生涯と思想』P

161

マサリクはロシア史におけるロシア正教の受容や役割を迷信的なものとして述べていきます。

これはヨーロッパ側から見た「アジアとしてのロシア」であり、カトリック、プロテスタントのキリスト教から見た東方教会であり、哲学者、科学者から見た宗教のあり方を示しています。

もちろん、マサリクは無下にロシアやロシア正教を否定しているわけではありません。あくまで、哲学者として、西洋人としての立場から徹底的に批判的にロシアを見ていくならばどうなるのかということをこの本で突き詰めていくのです。

当時最も尊敬されていたチェコの哲人大統領がロシアをどのように見ていたのかというのは非常に興味深いものでありました。

そもそも哲学者として超一流。そしてそこに政治家として世界情勢や政治経済の現場を見た経験も加わったマサリク。さらに人格者としてチェコ国民だけでなく世界中の人から敬愛されていた偉大なる人物。

そんな人が語るロシア史、ドストエフスキー論はものすごく刺激的でした。

この『ロシアとヨーロッパⅠ』はロシア史とマサリクの思想的立場を知ることができます。もちろん、この本が書かれたのは19世紀末ですので、歴史的な精度は現在の研究と比べれば劣るかもしれません。ですが、当時のヨーロッパを代表する知識人がロシアをどのように見ていたのかを知るには最高の一冊となっています。

この本もおすすめです。

以上、「T.G.マサリク『ロシアとヨーロッパⅠ』チェコの哲人大統領による貴重なロシア論!」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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