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中村元『ゴータマ・ブッダ』あらすじと感想~原典を駆使して「人間ブッダ」を明らかにした伝記。神話化されていないブッダの姿とは

ゴータマ・ブッタ
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中村元『ゴータマ・ブッダ』概要と感想~原典を駆使して「人間ブッダ」を明らかにした伝記。神話化されていないブッダの姿とは

今回ご紹介するのは2012年に春秋社より発行された中村元著『ゴータマ・ブッダ〈普及版〉』です。

早速この本について見ていきましょう。

ブッダは、どのような生涯をたどり、どのような思想を語ったのか。本巻では、その誕生から覚りに至るまでを描く。(上巻)

梵天の勧めを受け入れ、真理を語り出すブッダ。ブッダは、いったい何を説いたのか。その後の「救い」の道行きを描く。(中巻)

「ブッダ最後の旅」とは。故郷を目指し遊行の旅に出たブッダが出会ったものとは。涅槃への道程を描く、感動の完結編。(下巻)

Amazon商品紹介ページより
サールナート考古博物館のブッダ像 Wikipediaより

この本は仏教学者中村元先生によるブッダの伝記です。この作品の特徴は何と言っても神格化されていないブッダを原始仏教の原典を駆使して探究していく点にあります。

この『ゴータマ・ブッダ〈普及版〉』は『中村元選集〔決定版〕第11、12巻 ゴータマ・ブッダ』を一般読者に読みやすいように改訂した作品になります。とはいえ、その内容は原典を駆使したかなりかっちりしたものになっていますので、仏教入門にこの書を手に取るとかなり面を食らうと思います。ある程度ブッダの生涯を知ってからさらに深く学びたいという方におすすめの作品となっています。

本書の冒頭の前田專學氏による「普及版まえがき」ではこの本について次のように述べられています。

中村先生の多数の著作の中でも、『ゴータマ・ブッダ』は先生の名著中の名著であり、前述したように、『中村元選集〔決定版〕』全四十巻の内の第十一巻と第十二巻を構成している。(中略)

昔から「仏伝」といわれる種々の仏教文献が残されており、さらに今日の研究者たちが、さまざまな仕方でそれらの「仏伝」に基づきながら著した釈尊伝もまた少なくはない。しかし科学の洗礼を受けた現代人には、このように神話的・奇跡的な要素が付加され、神格化されたゴータマ・ブッダは、素直に受け入れがたいものがある。そこで歴史的人格としてのゴータマ・ブッダは、実際にどこで、どのようにして生まれ、どのような活動をし、いかなる事を説いたのか、―今日、学問的に可能なかぎりの手段を駆使して、正しく解明しようとしたのが、中村先生の『ゴータマ・ブッダ』である。

そもそも歴史的人物をあるがままに理解し、伝えるということは、現代においても不可能に近い。ましてやゴータマ・ブッダのように、今から約二五〇〇年も前に生まれた歴史的・宗教的偉人についてはなおさらである。とはいえ、上巻の「序」に明示されているような明確にして信頼できる方法論のもとに追究され、自ら現地を訪れて描き出されたゴータマ・ブッダ像は、今日得られるかぎりもっとも実像に近い人間ゴータマ・ブッダではないかと思われる。

春秋社、中村元『ゴータマ・ブッダ〈普及版〉』上巻Pⅲ-ⅵ

神話化されていない仏伝。それが『ゴータマ・ブッダ〈普及版〉』です。

正直、私たちが普段馴染んでいる仏伝や思想とは異なるものも書かれていますので、驚くこともあるかもしれません。まして日本の僧侶側からすると都合の悪い点もないとは言い切れません。ですがそうして都合の悪いことを隠したりごまかしたりしては思想の発展や仏道は閉ざされてしまいかねません。歴史を検証できる今だからこそそうした事実に向き合い、改めて私自身のあり方を問うことが大切なのではないでしょうか。

最後にこの仏伝の終盤で中村元先生が語られたブッダの人柄を記してこの記事を終えたいと思います。

ゴータマの全生涯を通じてみるに、かれの教示のしかたは、弁舌さわやかに人を魅了するのでもなく、またひとつの信仰に向かって人を強迫することもない。かれは決して「俺について来い。そうでなければ救われないぞ!」と大言壮語することがない。かれには、いわゆる教祖的なところがなかった。異端に対して憤りを発することもない。単調にみえるほど平静な心境をたもって、もの静かに温情をもって人に教えを説く。かれは、人ずきのよい、とっつきやすい人であったらしい。

『修行者ゴータマは、実に〈さあ来なさい〉〈よく来たね〉と語る人であり、親しみあることばを語り、喜びをもって接し、しかめ面をしないで、顔色はればれとし、自分のほうから先に話しかける人である。』(DN.vol.1)

その音声ははっきりしていて、すき通って聞こえたらしい。些細なことを語るときにも、非常な重大事を語るときにも、その態度は同様の調子であり、少しも乱れを示さない。ひろびろとしたおちついた態度をもって異端をさえも包容してしまう。

釈尊の温い人柄は、最後の旅路のことを記した「大パリニッバーナ経」その他の諸経典のうちにとくにありありと示されている。かれは他の世界宗教の開祖たちのように積極的に他人に対して力をもってする加害者ともならず、また他から迫害される被害者となることもなかった。政治的にはむしろ傍観者的であり、心の平静を楽しんでいたのである。(中略)

弟子たちとの関係もまことにしめやかで、愛情にみちている。弟子を叱りつけて追い出したということも聞かない。病める修行僧のためには積極的に看病している。諸弟子のうちに、ブッダを売ったとか、裏切ったとかいう伝説はない。親和感がひしひしと感じられる。

かれは信者を積極的にふやそうと努めることもなかった。敬慕してたよってくる人々を、諄々と教えるさとしたのである。仏教が後世にひろく世界にわたって人間の心のうちに温い光をともすことができたのは、開祖ゴータマのこの性格に由来することが多分にあると考えられる。そうして、この性格は、後代にいたるまで仏教を特徴づけているように思われる。

春秋社、中村元『ゴータマ・ブッダ〈普及版〉』下巻P369-371

この伝記を読めばここで中村元先生が述べられたことの意味がよくわかります。ブッダはどんな人間だったのか、どんな場所でどんなふうに生活していたのか、この伝記では原典から丁寧にその姿を追っていきます。

神話化されたブッダもそれはそれで一つの歴史であり、思想であり、私たち現代人にまで届けられた文化、いのちそのものでもあります。それを全否定する必要はありません。むしろ神話化されたブッダの意味も同じように大切にされるべきだと私は思います。ですが、それとは別に「歴史的な人間、ブッダ」の存在も学ぶこと。この学びがあることで歴史的、神話的両側面からのブッダを捉え、より深く仏教の姿を感じ取ることができるのではないかと私は考えています。

人間ブッダを知る上で貴重な作品です。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

以上、「中村元『ゴータマ・ブッダ』~原典を駆使して「人間ブッダ」を明らかにした伝記。神話化されていないブッダの姿とは」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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