(16)ローマ・ボルゲーゼ美術館でベルニーニの初期作品やカラヴァッジョの名画を堪能!
【ローマ旅行記】(16)ローマ・ボルゲーゼ美術館でベルニーニの初期作品やカラヴァッジョの名画を堪能!
前回の記事「早熟の天才ベルニーニの幼少期~モーツァルト級の才能と驚異の頭脳を発揮するベルニーニ」ではベルニーニの神童ぶりをご紹介した。
今回の記事ではそんな若きベルニーニの初期作品をご紹介していきたい。
私が訪れたのはローマのボルゲーゼ美術館。
ここはベルニーニのパトロンとなったシピオーネ・ボルケーゼのコレクションが展示されたローマ有数の美術館だ。
ここにはベルニーニの初期作品や数々のカラヴァッジョ作品が展示されている。人気の美術館なので早めに予約しないと入場すらできなくなるので注意したい。
カラヴァッジョの部屋にはそれこそ壁一面にカラヴァッジョの傑作が展示されている。
カラヴァッジョファンにはたまらない空間だ。私もカラヴァッジョ作品を観れることをとても楽しみにしていた。
やはりカラヴァッジョは強い!光と影のドラマチックな表現は見ているこちらを「ハッと」させる。目が釘付けになってしまう迫力だった。
だがひとつだけ、カラヴァッジョを好きだからこそ私は言いたい。この部屋のライトが強すぎて絵が非常に見えにくい部分があるのだ。強い光が絵に反射してせっかくのカラヴァッジョ絵画が見えないのである。特に壁の高い位置に展示されている絵は絶望的な気持ちになった。上の二枚の写真でも絵が白くぼやけているのがわかると思う。これはカメラの問題ではなくて肉眼でもそうだったのだ。これはなんとかならないのだろうか。私が来たときにたまたまそうだっただけなのだろうか。
カラヴァッジョの絵を楽しみにしていただけにこのライトの問題は悩ましいものであった。問題提起としてここに記させて頂く。
では、これより本題のベルニーニ作品を観ていこう。
『幼児ゼウスに乳を与えるやぎアマルテア』ベルニーニ11歳の最初の彫刻作品にしてすでに天才の香りが
ベルニーニの最初の作品ということで識者の意見がほぼ一致している《幼児ゼウスに乳を与えるやぎアマルテア》は、一九二六年にロべルト・ロンギに基づいてべルニーニの作とするまで、長い間誤って古代の作品と考えられてきた。ミケランジェロが古代の作品を模した彫刻をわざと地中に埋めて人々をだました、というエピソードを思い起こさせる話である。
実際この作品は、主題だけでなく、その写実的表現や全体のややくだけた趣きという点で、ヘレニズム彫刻に酷似している。このことは、べルニーニの出発点が古代美術の研究にあったことを如実に物語っているといえよう。後年パリのアカデミーで講演した際、べルニーニは「ごく若い時には、私はしばしば古代の作品をデッサンした」と語っている。また伝記作者も、ローマに着いてから最初の三年間を、少年べルニーニは朝から晩鐘まてヴァチカンの古代彫刻をデッサンして過ごした、と伝えている。
この《幼児ゼウスに乳を与えるやぎアマルテア》はボルゲーゼ美術館の二階につつましく置かれているが、つぶさに観察すると、未熟なところが随所に認められる。けれども、幼いゼウスややぎアマルテアの造形には、十歳そこそこの少年の手に成るとはとても思えぬほど、生き生きした息吹が感じられる。つまり、幼いモーツァルトの作品の場合と同様に、この作品は見る者にある種のほほえましさとともに、天才を予感させる何ものかを感じさせるのである。芸術における天与の才とは何かを啓示する作品として、この小品は測り知れない価値をもつと筆者は考える。なお、豊饒を表わすアマルテア、幼いゼウスと笑いながら乳を飲むサテュロスから成るこの彫刻は、シピオーネ・ボルゲーゼ周辺の詩文等から、パウルス五世の新しい「黄金時代」の喜びを表わしたものだと解釈されている。
吉川弘文館、石鍋真澄『ベルニーニ バロック芸術の巨星』P8-10
※一部改行した
石鍋真澄の「幼いモーツァルトの作品の場合と同様に、この作品は見る者にある種のほほえましさとともに、天才を予感させる何ものかを感じさせる」という言葉に私は感嘆してしまった。
「そうか、ベルニーニも11歳にしてそういうものがすでに開花していたのか」と。
たしかに私もこれを現地で見て驚いた。11歳といえば私たちで言えば小学5年生である。小学5年生がこれを造ったと考えたらあまりに恐ろしすぎる。
著者に「芸術における天与の才とは何かを啓示する作品として、この小品は測り知れない価値をもつと筆者は考える。」と言わしめるこの作品。美術館の中ではあまり目立たぬ作品ではあるがベルニーニという人物を考える上では非常に重要な彫刻である。
『トロイアを逃れるアエアネス、アンキセス、そしてアスカニウス』
ベルニーニが十代の研究成果を本格的彫刻作品で試す機会は、シピオーネ・ボルゲーゼによって与えられた。今日もボルゲーゼ美術館に残る《トロイアを逃れるアエネアス、アンキセス、そしてアスカニウス》がそれである。この作品に関しては、一六一九年一〇月付の支払いの記録が発見されているので、この時までに完成されていたことがわかる。おそらく前年から制作されたのであろう。主題は、ヴェルギリウスの『アエネイス』にある、アエネアスが老父アンキセスを背に負い、少年アスカニウスを連れて炎上するトロイアを逃れる、という有名なエピソードである。(中略)
すでにバルディヌッチが指摘しているように、この作品のアエネアスの顔などには、父ピエトロの作品を思わせるところがある。こうした様式的特徴に加えて、べルニーニがしばしば父の仕事を手伝ったと考えられること(たとえば、サン・タンドレア・デㇽラ・ヴァㇽレ内バルべリーニ礼拝堂の童子など)、またこの作品をピエトロの作と述べている資料もあることなどから、この彫刻はピエトロ作とも、父子の共作ともいわれてきた。だが今日では、その後発見された記録に基づいて、若きべルニーニの作品とすることで識者の意見がほぼ一致している。
この作品をよく観察すると、アンキセスの老いた肉体などに、一層進歩したべルニーニの表現力を見出すであろう。だがそれとともに、彫刻全体、ことにアエネアスの造形にべルニーニ特有の活力が感じられず、ある種の逡巡と憶病さがあるのに気づく。こうした本格的彫刻には、これまでの小規模な作品の場合とは、次元の異なる技術と経験とが必要である。いきおいべルニーニも慎重になり、父の助言を仰いだことは容易に想像できる。マニエリスムに特徴的な、人物の螺旋状の構成が残っているのはそのせいだとみることもできよう。
またこの作品においても、べルニーニはミケランジェロを参考にしたと思われ、アエネアスはサンタ・マリア・ソフラ・ミネルヴァにある《復活せるキリスト》を連想させる。その一方で彼が絵画作品を研究したことも疑いなく、同じ主題のフェレリーコ・バロッチの作品をはじめ、ヴァチカン宮内のラファエルロの壁画《ボルゴの火災》等の影響が指摘できる。二十歳を過ぎたばかりの若い彫刻家が初めて手がけたモニュメンタルな彫刻としては、この作品は十分満足すべき出来栄映えある。しかし結果的には、全体をうまくまとめるということに気をとられ過ぎて、意図した表現を実現できずに終ったきらいかあるように思われる。
吉川弘文館、石鍋真澄『ベルニーニ バロック芸術の巨星』P14-16
※一部改行した
この作品はベルニーニ21歳の年の作品だ。上で解説されたように10代の研鑽時代を経ていざ青年期に突入する時期だ。
21歳にしてこのクオリティ。
この彫刻のモチーフとなった『アエネーイス』は私もこの旅の前に読むことになった。
古代ローマの建国神話とも言えるこの大作はヨーロッパ文明の源泉でもある。父を背負ってトロイアを脱出するアエアネスはこの物語の序盤に出てくるシーンだ。モチーフになった物語を知っているとよりこの彫刻を楽しむことができる。『アエネーイス』は面白い作品なのでぜひおすすめしたい。
そして上の解説の最後にも語られていたが、たしかにこの作品はまだ「傑作」の域にまでは達していないなということを私は現地で感じた。
写真で見るだけでは伝わらないベルニーニのあの躍動感やドラマチックさがこの作品にはまだ感じられないのである。
だがこのボルゲーゼ美術館にはこの作品の直後に作られた『プロセルピナの略奪』、『アポロとダフネ』、『ダビデ』というベルニーニ初期の傑作が展示されている。これら3つと比べればその意味するところはもっとはっきりすることだろう。これらについては後の記事でひとつずつじっくりと見ていきたい。
『パウルス五世の肖像』
こうしたモニュメンタルな作品の制作にはげむ一方、べルニーニは少なからぬ肖像彫刻の注文にも応じていた。彼はまず肖像彫刻家として認められたのである。その中でも、ボルゲーゼ美術館所蔵のパウルス五世の小さな大理石の胸像は愛すべき佳作である。一般にいわれる一六一八年よりは幾分早い時期の作品と思われるが、最初期の肖像と比べると、大理石のデリケートな仕上げにも、衣服の巧みな処理にも、格段の進歩が認められる。
吉川弘文館、石鍋真澄『ベルニーニ バロック芸術の巨星』P18-19
この胸像はこの解説にあるように本当に小さい。私も美術館でこれを見た時は驚いた。台の上にちょこんと置かれたこの像は油断すれば気づかずに通り過ぎてしまいかねないほどだった。
だがこの小さな胸像をよく見てみればこれがすでに恐るべきクオリティだというのはすぐにわかる。小さいのに異様な迫力があるのだ。石鍋真澄が「愛すべき佳作である」と表現したのは絶妙そのもの。特別な傑作ではないにせよ、なぜかこちらに訴えかけてくる不思議な作品である。
ここまでボルゲーゼ美術館のベルニーニ初期の作品をご紹介したが、次の記事からこの美術館のベルニーニの3つの傑作を見ていくことにしよう。
続く
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