扇田昭彦『蜷川幸雄の劇世界』あらすじと感想~長年舞台を追い続けた批評家から見た蜷川演出の真髄とは
扇田昭彦『蜷川幸雄の劇世界』概要と感想~長年舞台を追い続けた批評家から見た蜷川演出の真髄とは
今回ご紹介するのは2010年に朝日新聞出版より発行された扇田昭彦著『蜷川幸雄の劇世界』です。早速この本について見ていきましょう。
日本を代表する演出家、世界のニナガワ、蜷川幸雄。現代演劇評論の第一人者が40年間注視し続けてきた蜷川演出の特質、魅力、そして蜷川自身の言葉……。1971年現代人劇場の「東海道四谷怪談」から2009年「真田風雲録」まで約60舞台、蜷川評論の集大成から、その本質と時代が鮮やかに浮かび上がる。蜷川との対談「演出家の役割」や詳細な年譜も収載。
Amazon商品紹介ページより
この作品は以前当ブログで紹介した『日本の現代演劇』、『舞台は語る』の著者による蜷川幸雄演出作品の批評集です
私がこの本を手に取ったのは以前当ブログでも紹介した井上やすし著『ロマンス』がきっかけでした。
この本の巻末解説を担当していたのが今作の著者扇田昭彦さんでした。井上ひさしさんがどのような方だったのか、そしてその作品の特徴や魅力が一発でわかる名解説。こんな素晴らしい解説を書けるようになりたい!そう思ってしまうほど圧倒的な解説をそこで目の当たりにすることになりました。
そんな扇田さんによる蜷川幸雄評を知れる本作は私にとって非常にありがたい作品でした。
巻末のあとがきではこの本について著者は次のように述べています。
私が蜷川幸雄演出の舞台を初めて観たのは一九六九年九月、劇団現代人劇場がアートシアター新宿文化で上演した清水邦夫作『真情あふるる軽薄さ』だった。蜷川はすでに劇団青俳などで稽古場公演の演出はしていたが、この作品が演出家としての本格的デビューだった。
その舞台に触れて私は驚いた。清水邦夫の戯曲も優れていたが、若い俳優たちから生々しく切実でリアルな感触の演技を引き出す演出、五十人を越える登場人物たちを躍動的に動かしつつ、細部にも趣向を凝らす視覚的で造形力のある舞台作りに感心したのである。新人の演出家とは思えない大胆な創意に富む演出だった。
この舞台に魅了され、蜷川幸雄の演出の才能を確信した私は、その後の蜷川演出の舞台を、ほぼ欠かさず観るようになった。当時、私は朝日新聞学芸部(現・文化グループ)の演劇担当の記者だったから、取材で蜷川にインタビューする機会も多かった。蜷川の話はいつも率直で刺激的で面白く、その飾らない人柄も好きになった。蜷川は私より五つ年上だが、当時も今も同じ時代を生きてきた同世代人という感じが強い。
本書は、このような私が演出家・蜷川幸雄の舞台について、一九七一年から二〇〇九年まで四十年近くにわたって新聞、雑誌などに書いてきたさまざまな原稿を一冊にまとめたものである。内容は評論、人物論、エッセイ、劇評など多岐にわたる。巻頭には、この本のために書き下ろした論考「『原点』としての清水邦夫―演出リストから見た蜷川幸雄論」を加えた。つまり、この本は私なりの蜷川論の集大成と言える。特定の演劇人についての文章をまとめた私の本としては、『唐十郎の劇世界』(右文書院、二〇〇七年)に次ぐものである。
この本の企画が出てから、蜷川関係の旧稿を集めてみたのだが、その量が予想外に多いことに我ながら驚いた。蜷川の演出活動が長く、演出本数がきわめて多いせいもあるが、同時に、私自身がこの演出家の才能と仕事に一貫して強い関心を持ち続け、かなり熱心に書いてきたためでもある。一人の演出家について、私がこれほど多くの原稿を書いた例はほかにはない。
朝日新聞出版、扇田昭彦『蜷川幸雄の劇世界』P359-360
著者の扇田昭彦さんは蜷川幸雄さんの演出家デビューからずっと彼の演劇を観続けてきました。
「私自身がこの演出家の才能と仕事に一貫して強い関心を持ち続け、かなり熱心に書いてきたためでもある。一人の演出家について、私がこれほど多くの原稿を書いた例はほかにはない。」と述べるように、蜷川さんの舞台への深い理解と愛が感じられます。
そして私はあとがきを読んでいて「おっ」と思った箇所がありました。それがこちらです。
これらの劇評の中には、蜷川の怒りを買った帝国劇場の『ハムレット』(一九七八年)の劇評もある。長年にわたるこの演出家との交流には多少の波乱もあったのだ。
朝日新聞出版、扇田昭彦『蜷川幸雄の劇世界』P361
扇田昭彦さんが朝日新聞学芸部(現・文化グループ)の演劇担当の記者だったということと上のことが私の中で繋がりました。
と言いますのも蜷川さんは朝日新聞の劇評に対して激怒し、「ニナガワ新聞」という壁新聞を作り批判し返したという事件があったからです。
この事件については以前紹介した「蜷川幸雄『千のナイフ、千の目』~批評とは何か、その重さについて考える。鋭い言葉が満載の名著!」の中で詳しく引用したのでそちらを参考にして頂ければ幸いです。
蜷川さんの激怒に繋がったのは扇田さんの先輩にあたる記者さんの記事だったそうですが、扇田さん自身も蜷川さんを批判した記事を書いた際、彼から強い怒りをぶつけられたと本文では述べられています。蜷川さんの怒りを買った扇田さんの劇評を見れるのもある意味この本の見どころでありました。もちろんその劇評の後、しばらく時間をおいてではありますが二人は和解しています。
さて、この本では蜷川さんをずっと追い続けた扇田さんだからこそ見える蜷川さんを知ることができます。演出家デビューから円熟していくにつれてどう演出が変わっていったのか。そしてそれを貫く彼の演劇の本質はどこにあるのかということを深く掘り下げていきます。
ただ、この本は蜷川さんの入門書としてはちょっと難しいです。蜷川さんの舞台作品をいくつか観たり、他の本でその人となりや作品制作の流れを知っておいてから読むのがおすすめです。私も最近蜷川さん演出舞台のDVDを観ているのですが、その舞台を観てからこの本を読むと「あぁ~そういうことなのか!」ともっともっと楽しむことができます。
蜷川幸雄演出やその人となりについてもっと知りたい方にこの作品は非常におすすめです。ものすごく刺激的な一冊でした。
以上、「扇田昭彦『蜷川幸雄の劇世界』~長年舞台を追い続けた批評家から見た蜷川演出の真髄とは」でした。
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