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バフチン『フランソワ・ラブレーの作品と中世・ルネッサンスの民衆文化』あらすじと感想~蜷川幸雄が座右の書とした名著!

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バフチン『フランソワ・ラブレーの作品と中世・ルネッサンスの民衆文化』概要と感想~蜷川幸雄が座右の書とした名著!

今回ご紹介するのは1965年にミハイル・バフチンによって発表された『フランソワ・ラブレーの作品と中世・ルネッサンスの民衆文化』です。私が読んだのはせりか書房、川端香男里訳、1974第3刷版です。

私がこの作品を手に取ったのは演出家の蜷川幸雄さんがきっかけでした。

ここ最近私はシェイクスピアを学んだ流れから蜷川幸雄さんの舞台に興味を持ち、様々な本を読むことになりました。

そしてその中で蜷川さんが何度も言及していたのがこの『フランソワ・ラブレーの作品と中世・ルネッサンスの民衆文化』という本だったのです。

特に以前の記事で紹介した『身体的物語論』では次のように語られていました。

日本人は、英語を使う国民ではないから、シェイクスピア劇には「英語なのでわからないこと」がいっぱいあります。わからないことをわかるようにするためには、ビジュアルを使って補うなど、あらゆるものを、日本人の記憶と結びつけて理解できるように、シェイクスピアを咀嚼していくということが必要ではないかとぼくは思っています。

それと、目線を低くすることも心がけています。シェイクスピアの時代の観客でいえば、立ち見のお客さんの目線ですね。シェイクスピア劇は、最下層の民衆から、貴族や商人や王様たちの上層のことまで描いていて、客席の構造が戯曲の内容に反映されているんです。客席中央の土間は民衆のもので、それを取り囲むバルコニー席が貴賓席。シェイクスピアは、土間に立って、わいわい酒を飲んだり、野次ったりしている観客の目線でも劇を作っているんです。ぼくは、その民衆的な目でドラマをつかまえようと努力しているので、それが舞台全体をわかりやすくしているのではないかと思いたいですね。『フランソワ・ラブレーの作品とルネッサンスの民衆文化』(編注:ロシアの哲学者ミハイル・バフチンによる民衆と祝祭のことを書いた書)を座右の書のように置きながら、こういう視点でシェイクスピアをうまく描けたら良いなと常に願っているんです。

徳間書店、蜷川幸雄『身体的物語論』P73-74

「『フランソワ・ラブレーの作品とルネッサンスの民衆文化』(編注:ロシアの哲学者ミハイル・バフチンによる民衆と祝祭のことを書いた書)を座右の書のように置きながら、こういう視点でシェイクスピアをうまく描けたら良いなと常に願っているんです。」

まさにこの言葉ですね。

蜷川さんは自身の演劇を語る際、民衆的な劇を大切にしているということをよく語ります。抽象的で洗練された劇よりも、もっと混沌としたエネルギーに満ちた舞台を蜷川さんは求めます。

その演劇論のベースとなったのが本書『フランソワ・ラブレーの作品と中世・ルネッサンスの民衆文化』になります。

この本自体は上下二段組で400ページ超というとてつもない大作です。しかもバフチンという思想家はただでさえ手強い人物です。

と言いますのもバフチンといえばドストエフスキー界隈では非常に有名な人物で、私もこの作品よりもドストエフスキー関連でその名を知っていました。特に下の『ドストエフスキーの詩学』ですね。

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初めてこれを読んだ時はその難解さに面を食らったのですが、様々な参考書を読んだりじっくりとドストエフスキー作品を読み込んでようやくその言わんとすることを大まかに掴めるようになったのでした。

そんな難解なバフチンの後期の大作として知られる本作『フランソワ・ラブレーの作品と中世・ルネッサンスの民衆文化』もやはりかなりの難敵でしたが、その言わんとしていることはかなり明確です。これは私自身が以前と変わったか、それともこの本がわかりやすいのか、まあおそらくその両方だと思いますが初めてバフチンの作品を読んだ時とは違う印象を受けました。

蜷川さんが述べるように、抽象的、高貴なものだけでなく、もっと大地的、民衆的なものも評価されなければならないということがこの本で展開されていきます。

どこかひとつを引用してそれをはっきりさせるのは難しいのですが、あえてそのひとつを選ぶとしたら私は次の箇所を引用したいと思います。

グロテスク・リアリズム(つまり民衆の〈笑いの文化〉のイメージ・システム)の物質的・肉体的原理は、全民衆的、祝祭的、ユートピア的様態の中に姿を現わす。宇宙的、社会的、肉体的要素は、分割できぬ生きた総体として、単一な、相離れがたい形で現われるのである。そしてこの総体は陽気な、愛想のいいものである。

グロテスク・リアリズムにおいては、物質的・肉体的な力は極めて肯定的な原理となる。この肉体的な要素が現われるのは決して私的な、エゴイスティックな形ではないし、生活の他の領域とは決して切り離されてはいない。物質的・肉体的原理はこの場合、普遍的な、全民衆的なものとして把握され、そして正にこのために、世界の物質的・肉体的根源から分離し、孤立して自分の中に閉じこもる一切の動きと対立する。抽象化された観念性とも対立し大地と肉から解放された独立した意義なるものを僣称する立場を一切認めない。

せりか書房、ミハイル・バフチン、川端香男里訳、『フランソワ・ラブレーの作品と中世・ルネッサンスの民衆文化』1974第3刷版P24

バフチンらしい何とも難しい言い回しではありますが、後半の「世界の物質的・肉体的根源から分離し、孤立して自分の中に閉じこもる一切の動きと対立する。抽象化された観念性とも対立し大地と肉から解放された独立した意義なるものを僣称する立場を一切認めない。」という箇所、ここはまさに「抽象的、観念的な劇ではなく、もっと肉体的、混沌としたものを目指したい」という蜷川さんの演劇観と重なるものがあるのではないでしょうか。

私は蜷川さんがこの本のどこを最も好んだかはわかりません。ですが全体の論旨としては蜷川さんがこの本を座右の書としたのが分かる気がします。まさにこの作品は蜷川さんの演劇スタイルを強力に援護する理論を提供しています。

思えば、蜷川さんは批評家から激しい批判を受け続けてきた演出家でした。高尚な理論に基づいた批評家から非常に評判が悪かったのです。そのことについては以前紹介した『千のナイフ、千の目』『蜷川幸雄の仕事』の蜷川実花さんの言葉からもうかがうことができます。

保守的でインテリチックな演劇論から言うと蜷川さんの演劇スタイルはあまりに卑俗だと。こんなものの何が「いい演劇」なのかと攻撃されていたのです。

そんな時このバフチンの理論があればどうでしょうか。

バフチンと言えばドストエフスキー業界では誰もが知る思想家です。ソ連の有名な思想家のこの理論。

観念的、抽象的なものだけで人間世界は成り立っていない。人間は祝祭(カーニバル)的な空間で解放され、そこに人間としての喜びを感じて生きてきた。肉体を離れてただただ理論理屈で観念を作り上げていくだけで本当にいいのか。学問のできる少数の人間が支配する理論・観念の世界だけが本当に正しいのか。いや、人間にはそれを超えた何かがあるだろう。

こう言われたら蜷川さんを批判する批評家は何と答えるのでしょうか。

インテリに批判されていた蜷川さんにとってこんなに強力なバックアップはありません。

自身のあり方を守るためには、何か強力な思想的裏付けが必要です。

私はこれまで当ブログでマルクスについても学んできました。

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私はマルクス主義者ではありません。ですがなぜマルクスの思想がここまで世界の人々に受け入れられ、あんなにも世界を動かしたのかということに強い関心を持っていました。そしてその学びの過程でマルクスの『資本論』『共産党宣言』の持つ護符的な意味を知ることになりました。それらは強力な思想的裏付けとなってひとりひとりをバックアップしていたのです。

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上の記事ではまさに『資本論』『共産党宣言』が護符的な役目を果たしていたことを見ていくことになります。

蜷川さんがマルクス主義者だったとか、それに共感を持っていたかということは著書を読んでも全く書かれていませんでした。むしろ『千のナイフ、千の目』には社会主義リアリズム演劇に批判的な蜷川さんを知ることにもなりました。それにそもそも蜷川さんがマルクス主義者であるかどうかを私は言いたいのではなく、思想的裏付けというものがどれほど大きな意味があるかということを言いたいのです。

しかも蜷川さんの若き頃は機動隊と正面衝突が起きていた時代です。つまり、そういうマルクス主義者たちの力がものすごくあった時代に蜷川さんは生きていました。となればこうした理論武装は特に必要になってきます。ましてや蜷川さんはそうした理論的攻撃の格好の的になっていたわけです。蜷川さんの伝記を読めば壮絶な攻撃であったことがよくわかります。

そうした面でもこのバフチンの理論は蜷川さんにとって大きな意味を持っていたのではないでしょうか。

もちろん、蜷川さんの演劇にとってこの本が「座右の書」であるのは、純粋に自身の演劇論につながるものがあったからでしょう。ですが蜷川さんの伝記や様々な著作を読み、その壮絶な戦いを知った後では単にそれだけでは済まない大きな意味があったのだと私は思ってしまったのでした。

こんな見方をしてしまう私はひねくれ者でしょうか?

ただ、「蜷川さんはこの本のどこに惚れ込んで読んでいたのかな」と考えながら読むのはとても楽しかったです。私は蜷川さんの舞台が好きです。直接観劇したことはありませんが今DVDでその舞台を少しずつ観ているところです。そして蜷川さんを引き継いだ吉田鋼太郎さん演出の「彩の国シェイクスピア・シリーズ」も楽しく観劇しています。

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蜷川さんの人生やその言葉を通して私も今たくさんのことを学ばせて頂いています。その蜷川さんが「座右の書」と呼ぶバフチンの『フランソワ・ラブレーの作品と中世・ルネッサンスの民衆文化』。これがどんな本なのかやはり気になるではないですか!そして実際に読みながら感じたことをある意味率直に書いてみたのが今回の記事です。率直過ぎたかもしれませんがどうかご容赦ください。

以上、「バフチン『フランソワ・ラブレーの作品と中世・ルネッサンスの民衆文化』~蜷川幸雄が座右の書とした名著!」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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