イグナチオ・デ・ロヨラ『霊操』あらすじと感想~イエズス会創始者による瞑想指南書。禅との共通点やベルニーニとのつながりも
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イグナチオ・デ・ロヨラ『霊操』概要と感想~イエズス会創始者による瞑想指南書。禅との共通点やベルニーニとのつながりも
今回ご紹介するのはイグナチオ・デ・ロヨラによって書かれた『霊操』です。私が読んだのは1995年に岩波書店より発行された門脇佳吉訳の『霊操』2006年第6刷版です。
早速この本について見ていきましょう。
健全な身体を作り整えるために行うのが体操なら,魂を活性化させ神の意志との直接的な接触をめざすのが霊操である.イエズス会の創始者イグナチオ・デ・ロヨラ(一四九一頃―一五五六)が,自らの神体験を基に著した,実践的かつ詳細な霊操指南の書.自由と主体性を重んずるこの近代的な修行システムは,現代も多くの人々に実践されている.
Amazon商品紹介ページより
1522年,修行中のイグナチオ・デ・ロヨラはマンレサ近くの河畔で神からの神秘的照らしを受ける。
「すべてが新しく感じられ」「別の知性を得たように」感じた彼は,修行のためのまったく新しい指導書を書き始める。自らの神秘体験を反省し普遍化して弟子たちに再体験させようとつくりあげた,約四週間にわたる観想のプログラム。詳細な解脱付。
岩波書店、イグナチオ・デ・ロヨラ、門脇佳吉訳『霊操』2006年第6刷版表紙より
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私がなぜこの人物に興味を持ったのかといいますと、ローマバロックの天才、ベルニーニがきっかけでした。
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ベルニーニと言えばサンピエトロ大聖堂の内装やサンピエトロ広場の設計、ローマ市内の様々な噴水を手掛けた人物として有名で、ミケランジェロと並ぶ天才として知られています。当ブログでもこれまで彼について紹介してきました。
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そんな中でも石鍋真澄著『ベルニーニ』でとても気になる文章があったのです。それがこちらです。
彼は一面で非常に世俗的な人間だったが、その生活は質素で、生涯熱心なカトリック教徒だった。朝は必ずミサに出席し、夕方にはイエズス会の総本山であるジェズまで歩いてゆくという習慣が四〇年間も続いた。またイエズス会の総長オリーヴァ師とは親密な交わりを持ち、彼自身イエズス会の指導でイグナティウス・デ・ロヨラの『霊操』を実践したともいわれる。
またパリに赴いた時にも、この『霊操』とトマス・ア・ケンピスの『キリストにならいて』を携えてゆき、パリの教会でもしばしば祈りを捧げた。またある時シャントルーがべルニーニを訪ねると、ア・ケンピスを読んでいた彼は、ローマでは毎晩息子や家族とともにこれを一章ずつ読むのだと説明し、それからサレスのフランチェスコの『献身的生活への導き』について、これは教皇が最も評価するすばらしい書物だと語っている(この本は一六〇九年に出版された俗人のための宗教書である。アレクサンデル七世は一六六五年四月一九日にこの本の著者を聖人の列に加えた)。
今日イエズス会の聖典であるイグナティウス・デ・ロヨラの『霊操』を一読してみても、我々には決して面白い書物とは思えない。けれどもべルニーニとバロック美術を理解する上で、それは貴重な示唆を与えてくれる。この書物において最も印象的なことは、「想像の眼」や「想像の耳」や「想像の手」を用いて「現場の設定、すなわち、場所を眼の前に現に見るように想像すること」を繰り返し鍛えようとしていることである。想像の五官を働かせて霊的世界に沈潜し、より深い宗教的境地に達しようとするこの書物の教えは、確かにべルニーニの作品に反映しているように思われる。
吉川弘文館、石鍋真澄『ベルニーニ』P135-136
※一部改行しました
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ベルニーニの圧倒的な表現力はイグナティウス・デ・ロヨラの『霊操』に大きな影響を受けているというのは驚きでした。ですが石鍋氏の、
『この書物において最も印象的なことは、「想像の眼」や「想像の耳」や「想像の手」を用いて「現場の設定、すなわち、場所を眼の前に現に見るように想像すること」を繰り返し鍛えようとしていることである。想像の五官を働かせて霊的世界に沈潜し、より深い宗教的境地に達しようとするこの書物の教えは、確かにべルニーニの作品に反映しているように思われる。』
という言葉を聴くと、「おぉ、なるほど!そういうことか」と納得してしまいます。
イエズス会の創始者イグナティウス・デ・ロヨラの瞑想法がベルニーニの独創的な作品に大きな影響を与えていた。
これは宗教を学んでいる私にとっても非常に興味深いものでした。
で、あるならばそのイグナティウス・デ・ロヨラやイエズス会そのものについてもっと知ってみたい。
そんな思いを持ったからこそ私は今回彼の主著『霊操』を手に取ったのでした。
この作品は上の本紹介にもありましたように、彼の瞑想プログラムが記された作品です。そしてこの作品の訳者解説では驚きの事実が語られていました。なんと、ロヨラの語る瞑想法と禅仏教との類似性が指摘されていたのです。
せっかくですので訳者の声を聴いてみましょう。読めばきっと驚くと思います。
日本の読者にとって「霊操」という名は馴染みのない名前であろう。そこで、私自身の「霊操」体験を語ることによって、読者にも「霊操」が多少とも身近なものとなるようにしたいと思う。と言うのは、私の経験を知れば、読者は「霊操」が日本人の精神性の根幹を形成したと言われる禅体験と非常に似たものであることを知るに相違ないからである。
私は旧制中学で禅と出会った。私が入学した静岡県立見附中学は人格教育で有名だった。尾崎楠馬校長は臨済禅の修行を完成され、師家の資格をもっていた人格者だった。生徒と共に勤労作業に従事し、率先して模範を示された。先生の中には禅の修行をした人が多く、学校の教育方針は禅の精神に貫かれていた。毎年数日、禅寺に泊まり込み、坐禅や作務を実践した。このような五年間の中学教育は私の人間形成に決定的な影響を与え、私の一生を求道心で貫くものに変えたのである。そして、この禅的教育が後年私をキリスト教に導いただけでなく、私が「霊操」を実践する際に大いに助けとなったのである。なぜなら、私がキリスト者になったのも、私がイエズス会に入会し、「霊操」の修行をするようになったのも、禅的教育によって養われた求道心の賜物だったからである。
岩波書店、イグナチオ・デ・ロヨラ、門脇佳吉訳『霊操』2006年第6刷版P15-16
なんと、訳者は禅の教育を受け、そこから実際にイエズス会に入会し、その瞑想修行を実践したという異色の経歴の持ち主だったのです。その訳者が実践を通して『霊操』と禅の類似性をここで指摘しているのです。
私は大学卒業の三年後にイエズス会に入会し、広島の長束で修練の二年間を過ごした。修練院に入ってみると、「霊操」に基づく修道生活が多くの点で禅の僧堂生活に似ているのに驚いた。(中略)
二年間の修練のなかでも最も大切な修行は、一カ月間の「霊操」の実践だった。この「霊操」体験が、また禅の接心(七日間の坐禅)と類似しているのである。修練期においては、私は両者の類似性をうすうす感じてはいたが、それを明らかに意識しなかった。私はイエズス会の哲学・神学の勉学期の十年後に、第三修練期(十カ月間)の最重要な修行として一か月の「霊操」をもう一度したが、このときも、両者の類似性を明確には意識しなかった。この両者の類似性をはっきりと悟るようになったのは、それから約十年後、大森曹玄老師の室内に入り、老師の鉄槌を受け、禅の内奥に導かれるようになってからである。この経験から拙著『公案と聖書の身読』(春秋社)が生まれた。この本の中の第三部は「霊操と接心」と題され、両者の類似性が述べられている。
岩波書店、イグナチオ・デ・ロヨラ、門脇佳吉訳『霊操』2006年第6刷版
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私はここで語られた大森曹玄老師の名に驚きました。と言いますのも私は大学院時代、京都の大谷大学に通いながら同時に聴講生として臨済宗の大学である花園大学にも通っていて、そこで禅の勉強もしていたのです。その時に「禅を学ぶならこの本を絶対に読みなさい」と薦められたのが大森曹玄老師の『参禅入門』だったのです。
この本は禅や仏教、人生そのものにも目を開かせてくれる名著中の名著で、私にとっても思い入れのある作品です。その大森曹玄老師の教えとイグナチオ・デ・ロヨラの『霊操』が繋がっているのです。これには驚きました。
実際にこの『霊操』を読んでいくと、なるほど、たしかに瞑想の方法やそのプロセスには相通ずるものを感じました。
そして私がこの本を読むきっかけとなったベルニーニとのつながりもまさしく感じられました。
石鍋氏の解説で、
『この書物において最も印象的なことは、「想像の眼」や「想像の耳」や「想像の手」を用いて「現場の設定、すなわち、場所を眼の前に現に見るように想像すること」を繰り返し鍛えようとしていることである。想像の五官を働かせて霊的世界に沈潜し、より深い宗教的境地に達しようとするこの書物の教えは、確かにべルニーニの作品に反映しているように思われる。』
と述べられていたのももっともでした。
まさに「想像の五感」を用いて地獄や神の世界を感じ、深い宗教的境地に達していく流れがこの作品で説かれていきます。
本当はそれをそのままここに紹介できればいいのですが長くなってしまうのでそれもできません。仮に一部分だけ紹介したとしても、それではこの書が意図するものとはかけ離れてしまうためそれもできません。
ですので興味のある方はぜひこの本を実際に読んでみて下さい。そこに何が書かれているか、ぜひ全体を通して感じてみて下さい。私にとってもこれは非常に興味深いものでした。
以上、「イグナチオ・デ・ロヨラ『霊操』~イエズス会創始者による瞑想指南書。禅との共通点やベルニーニとのつながりも」でした。
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