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小林賴子『フェルメールとそのライバルたち』あらすじと感想~同時代の画家たちと市場原理から見るフェルメール

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小林賴子『フェルメールとそのライバルたち 絵画市場と画家の戦略』概要と感想~同時代の画家たちと市場原理から見るフェルメール

今回ご紹介するのは2021年にKADOKAWAより発行された小林賴子著『フェルメールとそのライバルたち 絵画市場と画家の戦略』です。

早速この本について見ていきましょう。

絵画市場で画家たちが散らす火花が、フェルメールの「静謐」を生み出した。

ライバル画家2000人、流通した絵画500万点。
繁栄と恐慌、戦争、感染症──。

不朽の名画を生んだ絵画の黄金時代は、
空前の競争市場〈レッドオーシャン〉だった!

17世紀オランダの絵画市場と
画家の生き残り戦略に迫る、美術史研究の最前線。

山口周氏 推薦 ──冷え込むマーケットと格闘した画家たちの「生き残り戦略」は、知恵と勇気を与えてくれる。

Amazon商品紹介ページより

この作品はフェルメールが活躍した17世紀オランダの美術市場から彼を見ていこうという異色の作品です。

絵画の本と言えばその絵の特徴や魅力を解説していくのが普通ですが、この本では当時のマーケットからフェルメール作品の特徴に迫っていきます。また、彼の同時代のライバルたちとのつながりからもフェルメールを考えていきます。

いつもとは違った視点からフェルメール絵画を考えていけるのでこれは非常に刺激的な1冊でした。

著者は序章で次のように述べています。

オランダ一七世紀は、一般に、黄金時代と称される。目覚ましい経済繁栄と購買力の増大に後押しされ、第一章でも触れるとおり、多くの画家により膨大な数の絵画が制作された。購入者は富裕なコレクターばかりではなかった。農民、パン屋に至るまで、多くのオランダ人がこぞって絵画を購入し、住まいの壁を飾り、楽しんでいる、という報告もあるほどだ。

オランダ画家たちは、そうした購入者の絵画への関心を刺激し、支出と投資を促すべく、伝統的な神話画や宗教画以外へと絵画のテーマを拡張し、人々の日々の暮らし、眼前に広がるオランダの風景の描写に励んだ。物語の世界、つまり神話画や宗教画を描くことこそが画家のあるべき姿と考える人文主義の伝統が尊重されていた時代にあて、それは、絵画のテーマの「近代化」とも称すべき、実に「革命的な」現象であった。(中略)

絵画は、言ってみれば、奢侈品に属する。そうした非日用的な消費財は、ひとたび経済変動の荒波が押し寄せるや、最も早く買い控えの対象の一つとなる。経済と美術は、片や実利的な活動、片や精神的な営為と、全くの別物と理解されがちだ。しかし、少なくとも美術作品の流通と作品の作り手が置かれる諸状況は、時の経済の行方に、実にたやすく、大きく左右されるものなのだ。
※一部改行しました

KADOKAWA、小林賴子『フェルメールとそのライバルたち 絵画市場と画家の戦略』P18-20

ここで述べられていますようにフェルメールの生きた17世紀オランダはヨーロッパにおいて非常に特殊な状況にありました。

市場経済が発達し、一般庶民までが豊かな生活を享受できたのです。

しかもスペインやフランスなどのように昔ながらの王侯貴族もなく、国を動かしていたのは富裕な商人でした。

この時代のヨーロッパの芸術家はたいてい、王侯貴族や教会がパトロンとなり絵を発注していました。ですがここオランダではその発注主がそもそもいないのです。しかもカルヴァン主義は豪勢な宗教画を禁止していましたのでフランスやイタリアなどの芸術の本場とはまるで違った絵画が求められることになったのでした。

フェルメールが日常生活を切り取り絵画にしていたのもこうした背景があったからなのでした。

そして上の引用の最後で、

「経済と美術は、片や実利的な活動、片や精神的な営為と、全くの別物と理解されがちだ。しかし、少なくとも美術作品の流通と作品の作り手が置かれる諸状況は、時の経済の行方に、実にたやすく、大きく左右されるものなのだ。」

と述べられているのは非常に重要な指摘です。

私たちは「芸術品」というと「時と場所を超越した圧倒的なもの」というようなイメージを持ってしまいがちですが、その「芸術品」もある時代の影響の下生まれてきたものになります。その時代背景を離れて生まれることはできなかったのです。そしてこれは逆に言えば、時代背景を知ることでもっとその作品のことを知ることができるということにもなります。

フェルメールの生きた17世紀オランダは特に独特な時代背景がありました。この時代のオランダの興亡史は非常に刺激的で興味深いです。1600年代といえば日本なら江戸幕府が始まった頃です。そんな時代にオランダでは巨大なマーケットが存在し、高度な経済活動を行っていた。これには驚くしかありません。

この本のタイトルにありますように、フェルメールとそのライバルたちとの関係性も非常に興味深いものがありました。絵画そのものを楽しむだけでなく、時代背景や歴史も感じながら読むことができたのでとても楽しい読書になりました。

やはり様々な視点から見ていくのは面白いですね。絵画を市場経済の観点から見ていけるこの作品はとても貴重なものだと思います。ぜひおすすめしたい作品です。

以上、「小林賴子『フェルメールとそのライバルたち 絵画市場と画家の戦略』同時代の画家たちと市場原理から見るフェルメール」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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