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本村眞澄『石油・ガス大国ロシア』あらすじと感想~ビジネスの観点から見たロシア・ウクライナのエネルギー事情を知るのにおすすめ

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本村眞澄『石油・ガス大国ロシア』概要と感想~ビジネスの観点から見たロシア・ウクライナのエネルギー事情を知るのにおすすめ

今回ご紹介するのは2019年に群像社より発行された本村眞澄著『石油・ガス大国ロシア』です。

早速この本について見ていきましょう。

石油と天然ガスの産出量、輸出量ともに世界のトップクラスに位置する資源大国ロシアの歴史と現状を整理し、政治の世界とは一線を画して展開される資源ビジネスの側面からロシアの今後を考察する。

本村/眞澄

1950年生まれ。東京大学大学院理学系研究科地質学専門課程修士卒業後、石油公団に地質学専門家として入団。地質調査部、技術部、中国室、計画第一部ロシア・中央アジア室長、などを経て後継組織の石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)調査部担当審議役(2019年3月退職)。オマーン、米国、アゼルバイジャンなどでの石油プロジェクトに携わり、オックスフォード・エネルギー研究所客員研究員、北海道大学スラブ研究センター客員教授もつとめた。工学博士(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

Amazon商品紹介ページより

この本は上の本紹介にありますように、エネルギービジネスの現場を深く知る著者による作品です。

著者はあとがきで次のように述べています。

本書においては、ロシアにおける「エネルギーの政治利用」という見方を極力排除して、ビジネスの論理が貫かれている点を中心に解説した。政治性に立脚してある種のストーリーを作るというのはジャーナリズムのキャンペーン手法であり、エネルギー問題を分析したことにはならない。資源を輸入に依存せざるを得ないわが国としては、資源供給国の行動様式を常に分析する必要があるが、その際には、政治性の混入を極力避ける必要があると筆者は考える。ロシアに関しては、石油メジャーズはその高い資源ポテンシャルを認識しており、日本企業も参画したサハリン大陸棚でも大きな成果を挙げている。成果があればこそ、これがロシアを利するものとして、米英のジャーナリズムではネガティブな見解が盛んに披歴されている。

ロシアというエネルギー供給国との付き合い方に関して米英で繰り返される批判的キャンペーンを鵜呑みにするのではなく、ビジネスの論理を辿って見る必要がある。本書が多少なりともそれに役立てば幸甚である。

群像社、本村眞澄『石油・ガス大国ロシア』P106-107

エネルギー問題は国際政治と切っても切れない関係だと思い込んでいましたが、著者はそうではなく、ビジネスの論理を辿っていくことも必要だと述べています。

この本を読めば著者がそう述べる理由も見えてきます。

少し長くなりますがその一例としてロシア・ウクライナの天然ガスを巡る紛争について書かれた箇所を紹介します。私もここを読んでかなり驚きました。

ロシアがウクライナへの天然ガスを止めたといわれている紛争は、ニ〇〇六年とニ〇〇九年の年初の件が大きく報道されているが、実はそれだけではない。その前のクラフチュク政権、クチマ政権時代にも、ウクライナによるパイプラインからのガスの抜き取りが頻発し、ロシア側は四回もガスの供給を停止している。ただし、この頃は西側の報道機関も旧ソ連内での単なる内輪もめ程度の認識で、一部の専門紙が簡単に報道する程度であった。しかし、ニ〇〇四年末の「オレンジ革命」を経て、EUとNATOへの加盟を目指す親西側のユシチェンコ政権が成立して以降、このガス供給の停止がロシアによるエネルギーの政治利用だとして、西側の政治家と報道機関から非難を浴びるようになった。

ロシアからウクライナへのガス供給は、当時は毎年暮れに翌年一年間の契約を結んでいた。ニ〇〇六年とニ〇〇九年の紛争の時は、ガス価格交渉で合意に至らず、無契約状態になったため、ガス供給が停止された。ロシア側が契約に違反してガスを止めたのではない。

それまでロシアがウクライナに対して設定したガス価格は欧州市場における国際価格の約五分の一の千立方メートル当たり五〇ドルとされており、これは実質的な「補助金供与」と言えるものであった。二〇〇〇年代は油価が急速に上昇して資機材も高騰しており、市場でのガス価格も高値に移りつつあった。更にウクライナはニ〇〇五年にはEUから「市場経済国家」の認定を受けた。ロシアから見れば、補助金供与の意義がなくなったとの判断で、ニ〇〇六年価格については欧州並み、即ち市場価格である千立方メートル当たりニ五〇ドルへの引き上げを主張し、ウクライナ側がこれを拒否して、ニ〇〇六年の一月一日から契約不成立・供給停止という事態となった。なお、この年、旧ソ連(CIS)諸国へのガス価格はいずれも二倍程度に引き上げられている。ウクライナのみを対象にした訳ではない。

この時、ロシアのガス供給は、ウクライナ向けに相当する全輸出量の三〇パーセントを削減しただけで、欧州向けに関しては全く減らしていない。しかし、ウクライナを通過して欧州に送られる幹線パイプラインのガスをウクライナ側が抜き取って国内用に使用したため、下流にあたる欧州で天然ガスの圧力低下が起り、大問題となった。欧米のジャーナリズムは、これをロシアによるウクライナに対する圧力と受け止め、ロシアが「エネルギーを政治利屋しているとして一斉に非難した。ロシアとウクライナは再び協議して、ロシア側は価格の低いトルクメニスタン産のガスと組み合わせることで、九五ドルという価格で合意し、一月四日、供給は再開された。

この年の五月四日には、チェイニー米副大統領(当時)も、「供給を操作したり輸送手段を独占して石油とガスを恫喝やゆすりの道具に使うことは正当化され得ない」と強い調子でロシアを非難している。

この演説に対しては、フリスチェンコ産業エネルギー相(当時)が直ちに反論を五月六日のフィナンシャル・タイムスに寄稿した。その内容は、「ウクライナにおけるガス価格問題に関しては、ロシアがソ連時代の『補助金的政策』に決別して、市場に基づく価格メカニズムを志向した結果であり、バランスの取れた公平なエネルギー安全保障システムを築くものである」主張している。更に「なお、価格の自由化と補助金の廃止はWTO加盟の主たる条件とされている」とWTOの政策に沿ったものである点を念押ししている。

欧米や日本の一般紙の報道姿勢は、米国の主張する「ロシアによるエネルギーの政治利用」に即したものが殆どであったが、エネルギー専門家の見解は大いに異なる。

欧州ガス問題の権威であるオックスフォード・エネルギー研究所のジョナサン・スターン教授は、ロシアがウクライナに対して、今回、西欧並みのガス価格へ移行しようとしたことについては、補助金交付を止めるという全く経済的な理由からであると、フリスチェンコ産業エネルギー相と全く同様の議論を展開し、ガスという政治的な「武器」の発動といった見方を排している。そして、「市場価格化を原則に掲げるWTOが、ロシアに対してはエネルギー価格の市場化を要求しておきながら、今回の件がロシアがウクライナに対してガスの市場価格並みの改定を要求して始まったことについては沈黙している」とWTOに対して痛烈な皮肉を投げ掛けている。

『石油の世紀』(NHK出版、一九九一年)の著者ダニエル・ヤーギンの主宰するボストンのケンブリッジ・エネルギー研究所の見解は更に徹底しており、むしろこれこそが、ロシアが旧ソ連諸国に対する補助金供与という「政治」を棄てて、市場志向という「経済」を選択した結果であると分析している。ソビエト連邦の崩壊の後も、ロシアは、これら連邦を構成してきた国々に対して、自国の経済的な混乱や、支払い遅滞問題があるにもかかわらず、CISの結束のために割安な天燃ガスを供給してきた。しかし、このような補助金政策はCISの瓦解を阻止する手立てとはならなかった。九〇年代、ロシアは安価なガスを供給して来たにも拘わらず、CIS内で「民主化ドミノ」が進行した。安価なエネルギー供給は、これらの国の政治選択に影響力を持たなかった。エネルギーはとうに政治の道具ではないことが証明されていたと言える。

群像社、本村眞澄『石油・ガス大国ロシア』P79-83

いかがでしょうか。ロシア・ウクライナ・アメリカ・NATOと天然ガスパイプラインを巡るこうしたやり取りがあったことを私はこれまで全く知りませんでした。

著者はこの本の前半でこうも述べていました。

ソ連は、パイプラインを通して西側の市場を獲得し、ハードカレンシーを稼ぐことができたが、欧州の側もエネルギー調達の長期安定性という安全保障上の大きなメリットを得た。パイプラインは互恵的な性質を持つと言える。と同時に、ソ連には安定的に天然ガスを供給する義務があり、欧州も契約量を買い取る義務があるという「双務性」も全体となる。即ち、双方が粛々とその義務を果たすことによって初めてパイプライン・システムの安定性が担保される。要は、需要側と供給側はビジネスの世界では対等な協力関係にあるということである。

一般には、供給側が需要側よりも強い立場にあり、元栓をひねれば供給停止されてしまうではないか、という議論が目立つ。しかし、パイプラインのガスは電力や給熱分野で原子力、石油、LNG等との「燃料間競争」に常にさらされている。ひとたび供給停止を行えば、顧客は多少のタイムラグはあっても、他の安全で信頼性の高い燃料を選択し、そのパイプラインは未来永劫使用されることはないであろう。核戦略における「相互確証破壊」と同様に、理性的な指導者がいる限り、パイプラインを介しての関係国間の破滅的な闘争は自制的に回避される、というのが常識的な考え方である。

群像社、本村眞澄『石油・ガス大国ロシア』P29-30

最後の、

「理性的な指導者がいる限り、パイプラインを介しての関係国間の破滅的な闘争は自制的に回避される、というのが常識的な考え方である。」

という言葉はぞっとしますよね。

ロシアのウクライナ侵攻は専門家も予想していなかった事態だと言われていますが、まさにこの言葉を連想してしまいました・・・(本当にウクライナ侵攻が理性的かそうでないかは現段階では判断できませんが)

ロシア・ウクライナ問題は政治という観点からどうしても見てしまいがちですが、ビジネスという観点から見ていく著者の視点は非常に興味深いものでした。たしかに、ビジネスの現場はシビアなものだと思います。お金の動きを見れば浮かび上がってくるものがあるというのは事実だと思います。

ロシア・ウクライナ戦争を違った視点から考えるよいきっかけになりました。

ページ数にして100ページ少々という非常にコンパクトな本ですが、興味深い内容満載の本ですのでぜひぜひおすすめしたい一冊です。

以上、「本村眞澄『石油・ガス大国ロシア』ビジネスの観点から見たロシア・ウクライナのエネルギー事情を知るのにおすすめ」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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