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ひのまどか『ビゼー―劇場に命をかけた男』あらすじと感想~カルメンの作曲家ビゼーの生涯を知るのにおすすめ伝記!

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ひのまどか『ビゼー―劇場に命をかけた男』あらすじと感想~カルメンの作曲家ビゼーの生涯を知るのにおすすめ伝記!

今回ご紹介するのは2007年にリブリオ出版より発行されたひのまどか著『ビゼー―劇場に命をかけた男』です。

この作品は「作曲家の物語シリーズ」のひとつで、このシリーズと出会ったのはチェコの偉大な作曲家スメタナの生涯を知るために手に取ったひのまどか著『スメタナ』がきっかけでした。

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クラシック音楽には疎かった私ですがこの伝記があまりに面白く、「こんなに面白い伝記が読めるなら当時の時代背景を知るためにももっとこのシリーズを読んでみたい」と思い、こうして 「作曲家の物語シリーズ」 を手に取ることにしたのでありました。

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この「作曲家の物語シリーズ」については巻末に以下のように述べられています。

児童書では初めての音楽家による全巻現地取材

読みながら生の音楽に触れたくなる本。現地取材をした人でなければ書けない重みが伝わってくる。しばらくは、これを越える音楽家の伝記は出てこないのではなかろうか。最近の子ども向き伝記出版では出色である等々……子どもと大人が共有できる入門書として、各方面で最高の評価を得ています。

リブリオ出版、ひのまどか『ビゼー―劇場に命をかけた男』

一応は児童書としてこの本は書かれているそうですが、これは大人が読んでも感動する読み応え抜群の作品です。上の解説にもありますように「子どもと大人が共有できる入門書として、各方面で最高の評価を得ています」というのも納得です。

ほとんど知識のない人でも作曲家の人生や当時の時代背景を学べる素晴らしいシリーズとなっています。まさしく入門書として最高の作品がずらりと並んでいます。

さて、今回の主人公は『カルメン』の作曲者ビゼーです。

恥ずかしながら私は『カルメン』を観たことがなかったので、この映像を観てはじめてこれが『カルメン』の曲なのかと驚きました。

ジョルジュ・ビゼー(1838-1875)Wikipediaより

ビゼーはフランスの作曲家で『カルメン』の他にも『アルルの女』『真珠採り』『美しきパースの娘』などで有名です。

今回はいつもとは違い、先に著者のひのまどかさんのあとがきを見ていきたいと思います。

ヨーロッパやアメリカでは、青少年のためのオペラ教育が非常に盛んだ。どの国のどの都市でも、劇場毎にさまざまな努力を行っている。

たとえば、子供たちを本番同様の最終舞台稽古に招待したり、長大なオぺラの短縮版を作ってストーリーを理解させたり、歌手や演出家が学校に出向き実演を交えた解説を行ったり、さらには子供たちに台本・作曲・歌・舞台美術・マネージメント等の役割を分担させて実際にオペラを制作させたり、等々。

全ては「総合芸術」オペラの伝統を絶やさないための、地道な努力だと言える。

何世紀ものオぺラの伝統を誇るヨーロッパでさえそうした努力を怠らないのは、オぺラの制作には膨大な時間と人手とお金がかかり、国や市やファンからの財政的援助なしには成り立たないため、将来の観客であり金の担い手である子供たちにも早くからオペラに親しんでもらって、オぺラの存続に協力してもらうためである。その根底には、多分野の才能を結集させたオペラこそ最高の芸術であり、一国の歴史や文化を伝えるのにこれ以上のものはない、といった共通の認識がある。

この点、劇場に足を運んだり、ましてや本物のオぺラを観たりするチャンスがほとんどない日本の青少年に、オぺラのすばらしさや劇場に行くことの興奮を知ってもらうのはかなりむずかしい、と言わざるを得ない。しかし、最近は名作オぺラのビデオやDVDが、日本語の字幕付きで、かなり求め易い価格で出回っているので、もし「ひとつオぺラというものを観てやるか!」と思われた方は、是非この方法でオペラ体験をして下さることを、お願いしたい。

その際、わたしが真っ先にお勧めするのは、ビゼーの《カルメン》である。少し専門的なことを言えば、このオペラは初めて音楽で人間の生き方や心理をありのままに描いた「写実主義オペラ」で、この後続々と生まれる同種のオペラの先駆けとなった。それだけに観客にはカルメンやホセの心情や、スぺインの情熱的な土壌が熱く伝わってきて、たちまちオぺラの世界に引きこまれてしまう。決め手は何と言っても雄弁なことこの上ないビゼーの音楽で、一曲一曲が聴き手の身も心も弾ませるほど魅力的だ。そのため《カルメン》は度々映画化されたり、バレエの題材になったりして現代の芸術家たちの興味を捉えて離さない。それほど世界中で愛されている作品なのだ。ビデオやDVDで《カルメン》をご覧になった方は、その中の幾つもの音楽が既にCMなどで聴きなれ、きっとびっくりされるだろう。

ゆえに、この「作曲家の物語シリーズ」にフランス人の作曲家を取り上げるに当って、わたしは迷わずビゼーを選んだ。わたし自身ビゼーのことを詳しくは知らなかったし、翻訳されている伝記の類も僅かしかなかったが、フランスに行けばたくさんの情報を得られるだろうと、大いに期待しながら取材を始めた。

ところが、意外なことに本国でさえビゼーのことはあまり知られていなかったのだ。一番驚いたのは、彼の記念館がどこにもなかったことである。わたしは過去三十年以上にわたり大作曲家の足跡を回ってきたが、みな生家や最後の家が記念館になっていたし、特に名高い作曲家は各地に記念する物が残っていた。

「ビゼー級の大作曲家で、なぜ?」というのが率直な感想であり、その後ブージヴァルで「ビゼー友の会」の事務局長カルデロン夫人から話を伺ってその理由は分ってきたが、それでも「世界で最も有名なフランス・オペラの生みの親」へのフランス楽界の対応は、正直言って良く分らない。たとえビゼーの遺品は残っていなくても、自筆譜や手紙類はかなりの数が残されているのだから、それらを中心にして、ビゼーの時代と生活を再現した記念館を早急に作るべきだと、お節介だが言いたい。

取材を終えてのわたしのビゼー観は、《カルメン》の陰に埋もれた不運な天才、革命や戦争に翻弄されながらも懸命に生きた一庶民、オぺラの作曲に命をかけた劇場人、といったものである。ビゼーは《カルメン》でその才能を全開させ、「さあ、これからだ!」という時に不慮の死を遂げてしまった。これはフランス楽界にとって大変な損失だが、それ以上にオぺラ史にとっても埋め合わせのつかない損失だったと、つくづく感じる。


リブリオ出版、ひのまどか『ビゼー―劇場に命をかけた男』P253-255

このあとがきの最後にもありますように、ビゼーは36歳というかなり早い段階で亡くなってしまいました。もし彼があと20年、いや10年でも生きていたらどれだけの傑作が世に残されていたかわかりません。

そしてビゼーが生きた時代のパリは1848年のフランス二月革命と、ナポレオン三世によるフランス第二帝政の発足、1870年からの普仏戦争、パリ・コミューンの戦争などが勃発した激動の時代でした。

この時代のパリを描いたのがあのフランスの文豪エミール・ゾラです。

エミール・ゾラ(1840-1902)Wikipediaより

私はゾラの小説が大好きで当ブログでもこれまで彼のことを紹介してきました。

エミール・ゾラはナポレオン三世の第二帝政期のフランス(1852-1870)を20冊の小説で描き切り、それらを『ルーゴン・マッカール叢書』としてまとめました。全ての小説が相互に関連しているのですが、単品で読んでもものすごく面白い傑作ぞろいです。

そんなゾラの描いたフランスと、今回読んだひのまどかさんの『ビゼー―劇場に命をかけた男』は時代も場所も重なっていたので非常に興味深く読ませて頂きました。

そしてさらに《カルメン》とドイツの哲学者ニーチェの関係です!このことについて本文で次のように書かれていました。

《カルメン》を一年間にニ〇回も観たという哲学者ニーチェは、こう絶賛している。

『何という完璧な音楽なのだろう!軽やかで、優雅で、少しの誇張もない表現。それでいてこれほど悲痛な調子を持つ音楽が、かつて舞台で聴かれただろうか?この音楽がどれほどの自由をもたらしているか、人々は気付いただろうか?ビゼーがわたしに語りかけると、わたしは一層優れた人間になる……』

ニーチェがこう書いたのは一八八八年、《カルメン》が全世界を征服した頃だった。


リブリオ出版、ひのまどか『ビゼー―劇場に命をかけた男』P208

1888年という年はビゼーが亡くなってからはしばらく経っていますが、あのニーチェにここまで感銘を与えていたとは驚きでした。しかも1888年といえばニーチェが発狂するまさに直前の年です。そんな極限状態のニーチェにこのような感想を述べさせたというのは非常に興味深いことでした。

ニーチェと音楽とのつながりといえばワーグナーが有名ですが、ビゼーも彼に大きな影響を与えていたというのは私にとっても驚きでした。

さらに、ビゼー最後の地となったブージヴァルという別荘地についても私は衝撃を受けました。

ブージヴァルの風景 Wikipediaより

ひのまどかさんの言葉を聞いていきましょう。

ル・ヴィジネからビゼーの最後の地となったブージヴァルは、セーヌ川に沿って南に7キロほどである。とちゅうのセーヌ河畔は、フランス絵画の印象派発祥の地として知られている。ブージヴァルに近い河畔の行楽地「ラ・グルヌイエール(カエルの棲家)」で、一八六九年の夏、モネとルノワールが並んでキャンバスを立て、川面に映る光と色彩の描写に腕を競ったのだった。

ブージヴァルはパリから直線距離にして約十ハキロの地にあり、蛇行して流れるセーヌ川沿いの高級別荘地として知られている。列車を使う場合はル・ヴェジネの次のル・ぺクで降りて、車(ビゼーの時代は馬車)で来ることになる。

ビゼー当時ここにはフランスの大歌手ポーリーヌ・ヴィアルドーと、彼女の熱烈な賛美者でロシアの作家ツルゲーネフの別荘があった。また作家デュマ・フィスは小説「椿姫」で、パリを離れた恋人たちが憩う地をここにしている。

ビゼーは最後のふた夏、ここに別荘を借りた。その家はセーヌ川の岸辺に建つ三階建てだった。現在は他人の所有物になっていて中には入れないが、道路側の塀には一九一二年に作られた記念板が掛かっていた。そこに、

『音楽家のジョルジュ・ビゼ一は一八七五年六月二日の夜から三日にかけて、この家で亡くなった』とあった。彼は一度目の夏にはここで《カルメン》のオーケストレーション一二〇〇ページを書き上げたのだが、二度目の夏は到着した六日後に世を去ったのである。

皮肉にも、六月三日はビゼー夫妻の六回目の結婚記念目だった。


リブリオ出版、ひのまどか『ビゼー―劇場に命をかけた男』P

まず、ビゼーが最後の時を過ごした別荘地が印象派の発祥の地という点。

ルノワール「ラ・グルヌイエール」Wikipediaより

印象派については以前ゾラやフランス第二帝政期を学んだ過程で当ブログでも紹介しました。

ここでも音楽と美術、文学が繋がってくるのかと私はただただこの伝記を読んで驚いたのでした。

そしてさらにツルゲーネフとポーリーヌ・ヴィアルドーです。

ツルゲーネフ(1818-1883)Wikipediaより
ポーリーヌ・ヴィアルドー(1821-1910)Wikipediaより

ツルゲーネフもドストエフスキーを学ぶ上で必須と考え当ブログでも紹介してきました。そのツルゲーネフが生涯独身を通したのは歌姫ポーリーヌ・ヴィアルドーに恋をしたからでした。ポーリーヌ・ヴィアルドーにはすでに夫がいたので結ばれることはありませんでしたが、それでもツルゲーネフは(一応は)友人として彼女のそばに居続けたという歴史があります。

そんなツルゲーネフ、ポーリーヌ・ヴィアルドーまでこの伝記に名前が出てきて私はさらに驚いたのでありました。

この伝記を読んで、私がこれまで学んできた文学、芸術、歴史が繋がったのを感じました。繋がる瞬間ってやはりビビッと来ますよね。これがあるから読書はやめられません。私にとって、「あぁ!そうだったのか!」という発見は読書の最大の喜びのひとつです。この本も刺激に満ちた最高に面白い作品でした。

19世紀中頃のフランス事情を知るのにもおすすめな作品です。ぜひぜひおすすめしたい伝記です。

以上、「ひのまどか『ビゼー―劇場に命をかけた男』カルメンの作曲家ビゼーの生涯を知るのにおすすめ伝記!」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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