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A・ナゴルスキ『モスクワ攻防戦ー20世紀を決した史上最大の戦闘』概要と感想~独ソ戦をもっと知るならこの1冊!
今回ご紹介するのはアンドリュー・ナゴルスキ著、津守滋監訳、津守京子訳『モスクワ攻防戦ー20世紀を決した史上最大の戦闘』という本です。
早速本の紹介を見ていきます。
歴史を創るのは勝者と敗者ではない……愚者である。二人の独裁者の運命を決し、20世紀を決した、史上最大の死闘――近年公開された資料・生存者等の証言によって、その全貌と人間ドラマを初めて明らかにした、世界的ベストセラー。
首都モスクワまで、あと8キロに迫るヒトラー。それでもモスクワを離れることを拒否し、抗戦し続けるスターリン――
『ワシントンポスト』『ロサンゼルスタイムス』が「最良の歴史書の一つ」と絶賛した傑作!
Amazon商品紹介ページより
筆者のアンドリュー・ナゴルスキはアメリカのジャーナリスト・作家で1973年に『ニューズウィーク』誌の記者となり、モスクワ、ローマ、ボン、ワルシャワ、ベルリンの支局長を歴任した人物です。
巻末の監訳者解説にこの本の魅力についてわかりやすく書かれていたのでそちらを引用します。
ポーランド系の著者アンドリュー・ナゴルスキは、『ニューズウィーク』誌のモスクワ、べルリン、ワルシャワの各支局長として駐在した経験がある。モスクワ駐在二回のうち一回目の八〇年代初めには、その記事内容がソ連当局の忌諱にふれ、国外退去になっている(二回目は一九九五年~九六年)。このように、中・東欧の主要都市での活動経験をバックにして、本書を著しているだけあって、臨場感と該博な知識に裏打ちされている描写が、随所に窺える。
本書に対する数多くの賛辞は、この物語のなかで著者が示している、戦闘に巻き込まれた人間への深い思いやり・同情に対し、向けられている。その代表的なものとして、カーター元大統領の安全保障問題担当補佐官であった政治学者ズビグニェフ・ブレジンスキーの書評を紹介する。
「第二次大戦のヨーロッパ戦線で、決定的な戦いでありながら、最も知られていなかったモスクワ攻防戦について、戦争の中に投げ込まれた個人に焦点を合わせ、勝者、敗者を問わず、その苦しみに対し心からの同情を示しつつ、説得力ある語り口で書かれている」
このほか、フルシチョフの伝記でピュリッツァー賞を受賞しているウイリアム・タウブマンが、このすぐれた歴史書について、「叙事詩的戦闘物語」としてのでき映えを激賞しているし、また『大粛清』の著者のロバート・コンクエストも、「底知れない恐怖の叙事詩的作品」と形容している。
ソ連側にとって、第二次大戦すなわち大祖国戦争は、輝かしい栄光の勝利に終った。しかしその影に隠されて、スターリングラードやレニングラードでの英雄的戦いと異なり、モスクワ攻防戦については、語られることが少なかった。指導者スターリンの数多くの失敗のために「無駄死に」を強いられた犠牲者の数が、あまりに多かったためである。
本書は、この戦いについて、これまで埋もれていた秘密文書を渉猟し、数多くの生き残った証人や当時の党・政府の責任者など関係者の子孫とのインタビューを通じて、歴史の再構成を試みている。この物語を一貫して流れる主題は、「戦争と人間」である。戦争を指導したスターリンとヒトラーの虚虚実実の駆け引きや「歴史における個人の役割」を、その心理にまで立ち入って読み解く努力を払うとともに、名もない一兵卒や市井の庶民が投げ込まれていた極限状況や戦争の惨禍について、叙述している。つまるところ、著者は、単なる一傍観者としてではなく、「熱情」をもって、この史上最大の戦闘の中に、自らを投げ入れて語っているところに、本書の迫力がある。
作品社、アンドリュー・ナゴルスキ著、津守滋監訳、津守京子訳『モスクワ攻防戦ー20世紀を決した史上最大の戦闘』P447-449
前回の記事で紹介しました大木毅著『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』では、第二次大戦における独ソ戦の全体像が語られていました。その本の巻末にある文献解題でも本著『モスクワ攻防戦ー20世紀を決した史上最大の戦闘』は紹介されており、独ソ戦をもっと知りたい方にはとてもおすすめな本となっています。
写真や図も豊富で当時の様子をイメージしやすくなっています。
そして何より、読み物としてとても面白いです。著者の語り口が素晴らしく戦争という難しい内容ながらぐいぐい引き込まれてしまいます。なぜモスクワ攻防戦は世界最大規模の戦闘となったのか。なぜ兵士たちは無駄死にしなければならなかったのか。無敵と思われたドイツ軍がなぜ敗北したのかということがドラマチックに語られていきます。
この戦いで興味深かったのはやはりナチスが敗北するきっかけとなったロシアの冬将軍の存在です。1812年にあのナポレオンを倒したロシアの冬将軍がまたしても侵略者に牙を向いたのです。
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ドストエフスキーの『罪と罰』の主人公ラスコーリニコフとナポレオンの関係をテーマに、ここまで長々とナポレオンの歴史をたどってきました。
改めてラスコーリニコフの言葉を読んでみると、ナポレオンの激動の流れを絶妙に言い表しているなと感心してしまいます。
また、これを読みながら独ソ戦のことながら日本軍の敗戦についても考えさせられます。なぜ日本からはるばる進攻を続けなければならなかったのか、悲惨な状況を耐え、死ぬまで戦わなければならなかったのか、そうしたことも考えさせられます。
戦争の恐ろしさを改めて考えさせられます。ヒトラーやスターリンという指導者や高級官僚が机上で下す命令を実行するのは戦地の兵士です。人間の命を軽視する指揮官の命令によって両軍どれだけの兵士が死んでいったのか、この本を読めばわかります。
そして兵士たちだけでなく非戦闘員たる国民たちの悲惨な状況も語られます。
この本は単なる歴史の出来事の羅列ではなく、個々の人間の物語が描かれます。だからこそより感情移入して読めてしまいます。
かなり分厚い本ですが中身も濃厚です。とてもおすすめな1冊です。
以上、「独ソ戦をもっと知るならこの1冊!『モスクワ攻防戦ー20世紀を決した史上最大の戦闘』」でした。
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モスクワ攻防戦――20世紀を決した史上最大の戦闘
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独ソ戦は戦争の本質をこれ以上ないほど私たちの目の前に突き付けます。
なぜ戦争は起きたのか。戦争は人間をどう変えてしまうのか。虐殺はなぜ起こるのかということを学ぶのに独ソ戦は驚くべき示唆を与えてくれます。私自身、独ソ戦を学び非常に驚かされましたし、戦争に対する恐怖を感じました。これまで感じていた恐怖とはまた違った恐怖です。ドラマや映画、ドキュメンタリーで見た「被害者的な恐怖」ではなく、「戦争そのものへの恐怖」です。
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