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チェーホフ『犬を連れた奥さん』あらすじ解説
チェーホフ(1860-1904)Wikipediaより
『犬を連れた奥さん』は1899年にチェーホフによって発表された作品です。
私が読んだのは中央公論社、神西清、池田健太郎、原卓也訳『チェーホフ全集 11』所収の『犬を連れた奥さん』です。
早速この作品の概要を見ていきましょう。今回もチェーホフ研究者佐藤清郎氏の『チェーホフ芸術の世界』を参考にしていきます。
『小犬を連れた奥さん』という題はいかにも画題にふさわしい。犬は原語では「ソバーチカ」となっていて、小犬である。白いスピッツなのだ。実は、スピッツでなければならないのだ。スピッツであってこそ、この奥さんのアクセサリーになりうる。小犬を連れて歩くということが、特別の用事を持たない、時間をもてあましている奥さんの身分や気分、さらには性格までを想像させる。
どことなくけだるい、どことなく不満で、どことなく退屈な、しかも上品に構えている様子が、スピッツを連れた奥さんからは香ってくる。かなり裕福な有閑婦人でなければ、黒海の保養地ヤルタの海岸通りをぶらぶらと歩きはしない。しかも、遠くヨットの白い帆が青い海に浮いている、陽のふりそそぐ海浜を歩かせることで、舞台効果は一段と増す。色彩的にも、まことにすてきな画材ではないか。(中略)
こういう姿態で海岸を歩く婦人の姿は、保養客の注目を集めずにはおかない。そして、読者の心に、何かが起る前触れのような期待を起させる。ガール・ハントのチャンスをひそかにねらっている中年男グーロフの眼を惹いたのも、無理はない。女性経験の豊富なこの男にとって、犬を連れた奥さんがただよわせる「有閑性」がフレッシュな欲望となり、ハントの対象となったのは、むしろ自然であった。なにしろこの男は、女性を「低俗人種」と考えていたのだから。それに、彼女のどことなく頼りなげな風情は、食指を動かすに足る魅力であった。
「あの女、哀れっぽいところがあるな」
グーロフはそう思う。この感想は、まだこの男のどこか「純粋」なものが残っていることを示している。「哀れっぽさ」を感じ取るだけの純粋さが。哀れっぽい女を射止ようとするガール・ハンターの欲望と、この哀れっぽい女をそっとしておいてやろうという良心とが、初めからあったのだ。
筑摩書房、佐藤清郎『チェーホフ芸術の世界』P88-89
この作品はタイトル通り、犬を連れた奥さんとガール・ハントに目がない色男グーロフとの恋の物語です。
解説にありましたようにスピッツを連れた奥さんにはどこか「哀れっぽさ」があります。彼女は夫との愛のない結婚生活に飽き飽きしていた女性でした。しかし社会通念上、そして自分の安定した生活を捨てきれない思いから漠然と満たされない退屈な日々を過ごしていたのでした。
そこに現れたのがこの物語の主人公、色男のグーロフです。彼はこの「哀れっぽさ」を醸し出す奥さんに狙いを定めたのでありました。
グーロフは女に目がありません。女が生きがいと言ってもよいほどです。しかも最悪なことにこの男には家庭がありました。妻もいれば子供も3人もいるのです。
彼は若い時に妻をあてがわれ不本意な家庭生活を送っていたのでありました。そのせいか彼は家を離れたときにこうしてガールハントに耽っていたのでした。
そしてそんな二人がいつしか本気の恋に落ち、狂おしいまでの思いに身を焦がすのがこの物語の大きな筋書きとなります。
感想
この物語は不倫の物語です。
チェーホフはこうした不倫の物語を多く描いています。
実はこれ、フランス人作家エミール・ゾラにもそうした傾向がありました。
その代表が以下の『ごった煮』という作品です。
ゾラにしろチェーホフにしろ、なぜ不倫ものを書いたのでしょう。
私はそこに彼ら流の問題提起があるように思えます。
チェーホフもゾラも日常に潜む人間の善悪を描こうとしました。私たちの日常生活は何か特別な出来事だけで構成されているわけではありません。むしろ何気ないことの積み重ねで成り立っています。
夫側も妻側も漠然とした不満を抱えつつも、結婚の制度上どこにも逃げ場がなかった。いわば閉じ込められた空間の中で脱出を願う人々がたくさんいたのです。
こうした人びとをチェーホフやゾラは描きだしたのです。
そしてこうした人びとがたくさんいる今の状況のままでいいのだろうかと問題提起をしているのです。
もちろん、不倫や離婚を奨励しているわけではありません。彼らが真に望むのは夫婦二人が愛し合い幸せに生きることです。
不倫ものをチェーホフは多く書きましたが、単にゴシップ的なものを書きたかっただけというのではなく、そこにある人間の苦悩をチェーホフは見つめていたのではないでしょうか。
以上、「チェーホフ『犬を連れた奥さん』あらすじ解説―チェーホフの描く禁じられた恋」でした。
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チェーホフ全集〈11〉小説(1897-1903),戯曲1 (1976年)
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