ドストエフスキー『死の家の記録』あらすじと感想~シベリア流刑での極限生活を描いた傑作!
ドストエフスキーのシベリア流刑での極限生活!ドストエフスキー『死の家の記録』の概要とあらすじ
『死の家の記録』は1860年に初めて雑誌に掲載され、中断をはさみ1862年に完結した作品です。
私が読んだのは新潮社出版の工藤精一郎訳の『死の家の記録』です。
裏表紙のあらすじを見ていきます。
1850年1月、聖書一冊を懐中にしてドストエフスキーはオムスク要塞監獄に着いた。
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そして4年間の服役に――。
思想犯として逮捕され、死刑を宣告されながら、刑の執行直前に恩赦によりシベリア流刑に処せられた著者の、四年間にわたる貴重な獄中の体験と見聞の記録。地獄さながらの獄内の生活、悽惨目を覆う笞刑、野獣的な状態に陥った犯罪者の心理などを、深く鋭い観察と正確な描写によって芸術的に再現、苦悩をテーマとする芸術家の成熟を示し、ドストエフスキーの名を世界的にした作品。
ドストエフスキーは1849年に社会主義思想サークルに出入りしていたため思想犯として逮捕され、極寒のシベリア、オムスク監獄へ流刑となってしまいました。
こうして改めて地図で見てみると、ロシアがいかに広いかがわかりますね。ちなみにドストエフスキーが住んでいたサンクトペテルブルクはフィンランドのすぐそばで、オムスクへは3000kmを超える道のりです。現代の車でも42時間かかるとマップでは出てきます。
ドストエフスキーは12月24日、氷点下40度にもなる極寒の中、馬車で連行されていきました。オムスク監獄に着いたのはなんとそのおよそ1カ月後の1月23日でした。
ドストエフスキーのシベリア流刑の顛末は以下の記事でまとめていますので興味のある方はぜひご覧ください。
さて、作品の内容へ戻っていきましょう。巻末の解説には次のように書かれています。
ドストエフスキーは「わたしたちの監獄の全貌と、この数年間にわたしが経験したことのすべてを、一枚の明瞭な絵にあらわす」ことを自分の課題として、風俗描写、肖像画、告白という三つの土台の上に『死の家の記録』を構成した。すなわち第一は、監獄内の生活風俗、つまり衣服、食物、作業、点呼、夜の監房、風呂場、病院、笞刑、芝居、酒盛り、賭博など、世間から見捨てられた人々の世界の生理的記録、第二は、囚人たちの描写、つまり衝動にのみつき動かされる凶暴な人間や、驚くべき意志力をもった超人的な強者や、権力につく卑劣な弱者など、民衆のさまざまなタイプの表現力豊かな描写、第三は、囚人たちの身の上話的エピソード、これは農奴制ロシアの無法と専横の暗黒世界で行われた恋の熱情と復讐の物語である。
新潮社出版 工藤精一郎訳『死の家の記録』P563
解説の通り、この作品はシベリアのオムスク監獄での体験を詳細に描いています。そして、
『死の家の記録』は、ドストエフスキーとしては珍しく、鏡に映るがごとく現実を再現するというロシア・リアリズムの正道を踏み、緻密な観察者の目を通して描かれた作品であるために、当時のロシアの文学者や批評家たちに高く評価された。
新潮社出版 工藤精一郎訳『死の家の記録』P563
ドストエフスキーといえば、心の奥深くのドロドロをえぐり出すような心理描写をイメージしますが、この作品ではそのような内面描写よりも、主人公の目を通して周囲の状況や他の囚人たちの心理を冷静に分析しているような文体で進んで行きます。
その出来栄えはあの文豪トルストイやツルゲーネフも絶賛するほどでした。
そうした意味で、この小説は他のドストエフスキー作品よりも非常に読みやすい作品と言うことができます。(もちろん、そこはドストエフスキー。内容はかなり重く深いので一筋縄ではいきませんが)
感想
『死の家の記録』はシベリア流刑という、ドストエフスキーの人生を決定づけた出来事の内実に迫る手記です。
ドストエフスキーはそこでの体験から後の作家人生への大きな糧を得ています。
彼自身、兄への手紙で次のように述べています。
「ぼくは監獄生活から民衆のタイプや性格をどれほどたくさん得たかわかりません。浮浪人や強盗の身の上話をどれほど聞いたかわかりません!何巻もの書物にするに足るでしょう!」
実際、ここで出会った囚人たちが後のドストエフスキー作品の登場人物の性格描写に影響を与えています。解説によれば、
(※『罪と罰』の)ラスコーリニコフには、至上の命令の名において、良心に従って人殺しを敢行する徒刑囚の山民の特性を見ることができるし、(※同じく『罪と罰』の)スヴィドリガイロフには、卑劣きわまる密告者Aの徹底した不道徳性を見ることができる。(※『悪霊』の)スタヴローギンは、その精神力の点でぺトロフを思い起させる。また貴族出身の父親殺し(のちに無実であることが判明)から(※『カラマーゾフの兄弟』の)ドミートリイ・カラマーゾフ、笞刑の名人ジェレビャトニコフからフョードル・カラマーゾフが、正直な心とおだやかな宗教的感情と活動的な愛をもつアレイや旧教徒の老人から、(※『白痴』の)ムイシュキン公爵やアリョーシャ・カラマーゾフが生れたと言えよう。
新潮社出版 工藤精一郎訳『死の家の記録』P566-567
※は私が付け足したものです。
とありますように、後の五大長編にまでシベリア流刑の影響が見られるのです。
シベリア流刑とは、それほどドストエフスキーにとって強烈な体験であり、彼の創造活動の源泉となったものだったのです。
そういった意味でもこの『死の家の記録』は後期ドストエフスキーを知るために非常に重要な作品と言うことができるでしょう。
また、この作品は心理探究の怪物であるドストエフスキーが、シベリアの監獄という極限状況の中、常人ならざる囚人たちと共に生活し、間近で彼らを観察した手記なのですから面白くないわけがありません。
あのトルストイやツルゲーネフが絶賛するように、今作の情景描写はまるで映画を見ているかのようにリアルに、そして臨場感たっぷりで描かれています。読んでいてまるで自分もそこにいるかのような、それほどの迫力をもって描かれています。
物語も展開が早く、次々と場面が動いていくのでページをめくる手が止まりません。
しかもドストエフスキーはそんな中で随所に驚くほどの人間分析をやってのけます。
人間の本質に迫るドストエフスキーの目は、監獄という極限状況の中でさらに研ぎ澄まされているように感じます。
そういう点でこの本はフランクルの『夜と霧』に近い作品と言えるかもしれません。
それほどこの作品は人間の奥底にまで沈んでいく作品であると私は思います。
この小説はドストエフスキー作品の中で『罪と罰』と並んでその入り口としておすすめな作品です。
ぜひ手に取って頂きたい作品です。とてもおすすめです。
以上、「ドストエフスキー『死の家の記録』あらすじ解説~のシベリア流刑での極限生活を描いた傑作」でした。
※2024年1月19日追記
2022年8月、私はトルストイが訪れたジョージアのカフカースの山々を訪れました。
若きトルストイは自ら従軍を志願し、この雄大な山々を歩いていました。トルストイ文学にはこの時のカフカース体験が巨大な影響を与えていると言われています。私はそんなトルストイについて学ぶためにこの地を訪れたのでありますが、逆にドストエフスキーの『死の家の記録』をここで見出したのでありました。ぜひこの記事も合わせて読んで頂けますと幸いです。
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