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馬場紀寿『初期仏教 ブッダの思想をたどる』概要と感想~最新の研究が反映されたおすすめの原始仏教入門書

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馬場紀寿『初期仏教 ブッダの思想をたどる』概要と感想~最新の研究が反映されたおすすめの原始仏教入門書

今回ご紹介するのは2018年に岩波書店より発行された馬場紀寿著『初期仏教 ブッダの思想をたどる』です。

早速この本について見ていきましょう。

二五〇〇年前、「目覚めた者」が説いたのは、「自己」と「生」を根本から問い直し、それを通してあるべき社会を構想する教えだった。その思想は、なぜ古代インドに生まれたのか。現存資料を手がかりに、口頭伝承された「ブッダの教え」にまで遡ることは可能か。最新の研究成果によって、“はじまりの仏教”を旅する。

Amazon商品紹介ページより

この本は上の本紹介にありますように、2018年当時の最新の研究成果が反映された初期仏教の入門書になります。

この本を読んで私が一番印象に残っているのは中村元先生の説が最新の研究においては否定されているという点でした。

中村元先生についてはこれまでも当ブログでも『古代インド』『中村元の仏教入門』など様々な本を紹介してきました。中村元先生は1999年に亡くなられましたが、その後の仏教学の発展を本作『初期仏教 ブッダの思想をたどる』で感じることができます。

ここでは具体的にうまくまとめることができないのですがその批判の箇所を引用します。

以下に説明するように、韻文仏典のなかには紀元前に成立したものが含まれているが、元来、結集仏典としての権威をもたず、その外部で伝承されていたのである。

このことは、かつて中村元らの仏教学者が想定していた、韻文仏典から散文仏典(三蔵)へ発展したという単線的な図式が成り立たないことを意味する。韻文仏典に三蔵の起源を見出すことには、方法論的な問題があるのである。

初期仏典伝承の実態に迫ろうとするならば、結集仏典に由来する三蔵の原形部分と、後にそこへ追加された韻文仏典群とを混同せずに、それぞれの特徴に沿って理解しなければならない。その具体例として、ここでは次の一種の韻文仏典について指摘しておこう。

岩波書店、馬場紀寿『初期仏教 ブッダの思想をたどる』P70-71

「かつて中村元らの仏教学者が想定していた、韻文仏典から散文仏典(三蔵)へ発展したという単線的な図式が成り立たないことを意味する」

つまり、中村元先生が想定していた「最古の仏教経典の一節」は最古ではなかったということになります。「最古の経典こそ原始仏教の根幹をなす」という観点から見ようとするならば、中村元先生が最古だと主張していた経典が仏教の根本であるとは言えなくなってしまうのです。

中村元先生の説く仏教が全て誤っていたというわけでは当然ないのですが、最新の研究によるならば、かつてよりも随分と違った仏教が私達の前に開かれているということになるでしょう。中村元先生の説といえども無批判に受け取ることはできないということにハッとする思いになりました。と同時に学問はこうして進んでいくのだとしみじみする気持ちにもなりました。

他にも、この本では最新の研究をふまえて、当時のインド社会とブッダの関係を見ていくことができます。後半ではブッダの思想そのものも解説されますので、初期仏教の全体像を掴むためにもおすすめです。

仏教学における最新の研究はどうなっているのか、かつての仏教学とどこが違うのかということも知れる本書はとても刺激的でした。ぜひぜひおすすめしたい作品です。

以上、「馬場紀寿『初期仏教 ブッダの思想をたどる』~最新の研究が反映されたおすすめの原始仏教入門書」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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