M・ウィクラマシンハ『蓮の道』あらすじと感想~繊細、あまりに繊細なスリランカ文学の傑作
マーティン・ウィクラマシンハ『蓮の道』あらすじと感想~繊細、あまりに繊細なスリランカ文学の傑作
今回ご紹介するのは1956年にマーティン・ウィクラマシンハによって発表された『蓮の道』です。私が読んだのは2002年に南船北馬舎より発行された野口忠司訳の『蓮の道』です。
早速この本について見ていきましょう。
仏陀のような無欲に至ったひとりの無私な青年の短くも美しい生涯の物語。近代シンハラ文学の白眉である著者特有の語法や、精緻を極めた文体を忠実に再現。また1950年代の時代背景を念頭に原作がもつ味わいそのままに翻訳。
村の因習、世俗からの解放を願い、自らが描く理想郷に生きようとするが・・・。現実世界との狭間でもがき苦しむ深い闇。恋人との別れ、家族との諍い、醜聞、病・・・。そして死を目前にして、その失意の先に見たものは!マーティン・ウィクラマシンハが残した数々の作品のなかでも最高傑作とされる、スリランカ・シンハラ文学の金字塔。
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本作の著者マーティン・ウィクラマシンハは日本ではあまり知られていませんが、スリランカを代表する世界的な作家として知られています。私自身も今回スリランカを学ぶ中でその存在を知ることとなりました。
ウィクラマシンハのプロフィールを以下紹介します。
1890年生まれ。1900年近郊の都市ゴールのボナウィスター学校に入学。1902年ボナウィスター学校を中退。1903年小冊子『バーローパデェーシャヤ』出版。1914年『リーラー』(最初の小説)出版。1946年ディナミナ新聞の編集ポストなどを辞め、職業作家として本格的な文学活動を開始。1957年小説『ウィラーガヤ』ドン・ペードゥリック賞を受賞。1960年ウィッデョーダヤ大学より文学博士号授与。1965年インド映画祭で『変わりゆく村』黄金孔雀賞など三部門で賞を獲得。ウィッディヤーランカーラ大学より文学博士号授与。1970年セイロン大学(コロンボ・キャンパス)より文学博士号授与。1974年スリランカ大統領賞受賞。1976年7月23日、コロンボ近郊ナーワラの自宅で死歿。86歳(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)Amazon商品紹介ページより
ウィクラマシンハの『変わりゆく村』、『変革の時代』、『時の終焉』の三部作は当ブログでもこれまで紹介してきました。
この三部作がとにかく素晴らしく、私もすっかりウィクラマシンハのファンとなってしまったのですが、今回紹介する『蓮の道』もウィクラマシンハらしさを感じながらも、上の三部作とはまた少し違った雰囲気を味わえる作品となっています。
と言いますのも、上の三部作は20世紀前半のスリランカ社会を描き出すという、いわばジャーナリスティックな側面もある小説でした。
それに対し本作『蓮の道』はあるひとりの人間の内面に深く深く潜っていきます。この小説ではこれといった大きな事件は起きません。ですが繊細で複雑な内面を持つ主人公の心の動きが実に巧みに描かれています。
この作品を読みながら私の中に浮かんできたのは「あぁ・・・!文学だなぁ・・・!」という念です。
文学です。THE 文学です。
何を以て文学を文学と考えるのは人それぞれだと思いますが、私はこのあまりに繊細で世に馴染めない気弱な主人公にそれを感じたのでありました。
ま~じれったい!そこを一歩踏み出せばよいではないか!と発破をかけたくなるのですがそこはお約束。どうしても主人公は動かず、悩み続けます。
あまりに繊細で、あまりに世間離れしている価値観の持ち主であるのに、世の中も捨てきれない。そんな自分を理解していながらどこかでその世の中にほんの少しの期待もしてしまう。実に繊細。実にナイーブな主人公です。
私はそんな主人公にカミュの『異邦人』的なものを感じてしまったほどでした。ただ、『異邦人』ほど世捨て人といいますか、世間ずれしているというわけではなく、リアルなレベルでのナイーブさといったところでしょう。このリアルさがこの小説の絶妙な文学感を醸し出しているのかもしれません。
スリランカ文学の金字塔と呼ばれるこの作品。なるほど、これは奥深い作品です。
私もスリランカ文学について知ったのはごく最近のことでしたが、これは嬉しい出会いとなりました。
ぜひ多くの方にこの名作の存在が届くことを願っています。ぜひぜひおすすめしたい作品です。
以上、「M・ウィクラマシンハ『蓮の道』あらすじと感想~繊細、あまりに繊細なスリランカ文学の傑作」でした。
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