MENU

沖田瑞穂『マハーバーラタ入門 インド神話入門』あらすじと感想~インド文化の源流たる大叙事詩の全体像を掴むのにおすすめの解説書

マハーバーラタ
目次

沖田瑞穂『マハーバーラタ入門 インド神話入門』概要と感想~インド文化の源流たる大叙事詩の全体像を掴むのにおすすめの解説書

今回ご紹介するのは2019年に勉誠出版より発行された沖田瑞穂著『マハーバーラタ入門 インド神話入門』です。

早速この本について見ていきましょう。

ここに存するものは他にもある。しかし、ここに存しないものは、他のどこにも存しない―
神話・教説・哲学が織り込まれた古代インド叙事詩『マハーバーラタ』。
18巻・十万詩節からなるヒンドゥー教の聖典を1冊にまとめた画期的入門書! !
英雄・アルジュナ、宿敵・カルナ、ヴィシュヌの化身・クリシュナ、絶世の美女・ドラウパディー…。神々・英雄たちが活躍する今話題の『マハーバーラタ』が一冊で丸わかり!

★『マハーバーラタ』とは…
サンスクリット語で書かれ、全18巻、約10万もの詩節より成る古代インド叙事詩。「マハーバーラタ」は、「マハー(偉大な)・バラタ族」=「バラタ族の物語」という意味。
従兄弟同士の戦争物語を主筋とし、その間に多くの神話、教説、哲学が織り込まれた、膨大な書物である。物語では、何億という人間が戦争で命を落とし、生き残るのはたったの10人であるため、この物語を「寂静の情趣(シャーンタ・ラサ)」とよぶこともある。

【本書の特色】
◎長大な物語を、4章構成とし、それぞれ「主筋」・「挿話」に分け、わかりやすく解説。
◎神話モチーフの読み解き、他地域の神話との類似点や相違点、登場人物についての豆知識など『マハーバーラタ』がより深く楽しめる多数のコラムを掲載。
◎英雄たちの系図、登場人物一覧、索引など充実の附録。

Amazon商品紹介ページより

この本はインドの大叙事詩『マハーバーラタ』の概要を知れるおすすめの入門書です。

この本や『マハーバーラタ』について著者は「はじめに」で次のように述べています。

全十八巻、約十万もの詩節より成る古代インド叙事詩『マハーバーラタ』。これは従兄弟同士の戦争物語を主筋とし、その間に多くの神話、教説、哲学が織り込まれた、膨大な書物である。その原語はサンスクリット語、古代インドの言葉で、ヨーロッパのラテン語に相当する位置づけである。

百科全書のような『マハーバーラタ』はあまりに巨大な書物であって、それがゆえに、不気味な噂もつきまとう。それは「外国人がこの物語を原典から翻訳すると、途中で命を落とす」というものである。実際に、海外でも我が国でも、大切な命が翻訳の途中で潰えた。サンスクリット語原典からの翻訳という困難な仕事は、寿命を縮めるのかもしれない。とはいえ、英訳はインド・プーナのバンダルカル研究所から出版された、いわゆるプーナ批判版からの完訳がある(デプロイによる)。

『マハーバーラタ』の主筋の物語は、決してハッピーエンドではない。登場人物のほとんどが戦争で命を落とし、勝者もやがて死に赴くという、結末だけを見ると悲劇である。物語では、何億という人間が戦争で命を落とした。この途方もない数字は、神話的数字である。インド人は数字を巨大にするのが得意だ。そして、生き残ったのはたったの一〇人。味方側が七人、敵方が三人だ。そこで、この物語を「寂静の情趣(シャーンタ・ラサ)」とよぶこともある。

この叙事詩の最大の英雄といえば、アルジュナであろう。彼は神弓ガーンディーヴァを自在にあやつり、神々から多くの武器を授かり、戦争において無比の活躍をした。しかし戦争のあと、その神的な力も翳りを見せる。神弓の力を十分に扱うことができなくなったのだ。その頃、彼は死期を悟って、ガーンディーヴァを海神ヴァルナ神に返すため海に沈め、兄弟たちと、妻ドラウパディーとともに最期の旅に出る。

このような英雄と武器との分離というモチーフは、ケルト圏のアーサー王物語に似ているところがある。アーサー王も、剣の英雄と言っていいほどに、剣と一心同体の関係にあった。しかし死が迫ると、その剣―エクスカリバーとして有名な剣―を湖の乙女に返し、そして死に赴く。英雄は、一心同体である武器と離れた時、それが死の時なのだ、ということかもしれない。このことに関して、我が国のヤマトタケルも想起される。彼もまた、旅の途中で草薙の剣をミヤズヒメの元に置いて出かけ、その後病を得て、失意の中、故郷を想いつつ命を落とした。『マハーバーラタ』を読み解くことで、実はこの物語が、世界各国の神話とも深い関連にあることに気づく。これもこの巨大な書物の面白いところである。

勉誠出版、沖田瑞穂『マハーバーラタ入門 インド神話入門』P⑶-⑷

「このような英雄と武器との分離というモチーフは、ケルト圏のアーサー王物語に似ているところがある。アーサー王も、剣の英雄と言っていいほどに、剣と一心同体の関係にあった。」

アーサー王エクスカリバーを渡す「湖の乙女」Wikipediaより

上の解説のアルジュナと神弓ガーンディーヴァの話はたしかに私もアーサー王を連想してしまいました。アーサー王については『ドン・キホーテ』の流れから当ブログでも「M・J・ドハティ『図説アーサー王と円卓の騎士』アーサー王物語の概要と歴史を学ぶのにおすすめの解説書!」の記事で紹介しました。

あわせて読みたい
M・J・ドハティ『図説アーサー王と円卓の騎士』あらすじと感想~アーサー王物語の概要と歴史を学ぶのに... 中世の騎士物語といえば「アーサー王物語」は外すことができません。 「アーサー王物語」といえばその内容は知らずとも一度は聞いたことがある名前ですよね。 そして実はこの物語の中であの有名な「円卓の騎士」や「聖杯伝説」、「聖剣エクスカリバー」が語られます。これは興味深いです。 図版も多数ですので視覚的にも優しい作りとなっていますので読みやすさも抜群です。 アーサー王入門に最適の一冊だと思います。これは非常にありがたい作品でした。 ぜひおすすめしたいガイドブックです。

世界中の神話にはどこか共通したものが流れている。そんなことを改めて感じた『マハーバーラタ』でもありました。

そして『マハーバーラタ』といえばインド思想の最高峰『バガヴァッド・ギーター』がこの大叙事詩の中で説かれていることでも有名です。

『バガヴァッド・ギーター』については次の記事でお話ししていきますが、この珠玉の思想が生まれてきたのも『マハーバーラタ』の物語があったからこそです。

馬車に乗ったアルジュナと親友のクリシュナ(青い人物)Wikipediaより

『バガヴァッド・ギーター』はこの作品の主人公の一人、アルジュナとその御者クリシュナ(実は神の化身)との対話によって成り立っています。

その対話はもちろん『マハーバーラタ』の物語の筋を背景に始められます。『バガヴァッド・ギーター』単独で読んでもわからないことはないのですが、やはりより深く味わうためには『マハーバーラタ』の大筋を知っておくことが必須であると思います。

そういう意味でもこの入門書は非常にありがたい作品となっています。

私もこれからこの叙事詩と『バカヴァッド・ギーター』を読んでいきます。あまりに長大なこの叙事詩の全体像を掴むのに本書は非常に役に立ちました。初学者でも安心してその流れを学んでいけるおすすめの入門書です。インドに興味のある方にぜひおすすめしたい作品です。

以上、「沖田瑞穂『マハーバーラタ入門 インド神話入門』~インド文化の源流たる大叙事詩の全体像を掴むのにおすすめの解説書」でした。

Amazon商品ページはこちら↓

マハーバーラタ入門―インド神話の世界

マハーバーラタ入門―インド神話の世界

次の記事はこちら

あわせて読みたい
上村勝彦『バガヴァッド・ギーターの世界 ヒンドゥー教の救済』あらすじと感想~日本文化や大乗仏教との... 「日本人はいわば「隠れヒンドゥー教徒」であるといっても過言ではありません。そのことを示すことが、本書の目的の一つでもあります。」 この本は古代インドやインド思想を知らなくても読めるような作りになっています。また同時に、仏教の入門書としても十分通用するほどわかりやすい作品になっています。これはものすごい名著です。

前の記事はこちら

あわせて読みたい
辻直四郎訳『リグ・ヴェーダ讃歌』あらすじと感想~インド宗教の源流!神々への讃嘆と祭式の雰囲気を掴... 『リグ・ヴェーダ讃歌』というタイトル通り、この聖典ではとにかく神々への讃嘆が繰り返されます。 そしてその神々のバリエーションがとにかく豊富です。また、そこに神々のランク付け、秩序があいまいというのが非常に興味深いです。まさに多神教的な世界がそこに繰り広げられます。

関連記事

あわせて読みたい
『インド神話物語 マハーバーラタ』あらすじと感想~インド人の愛する大叙事詩!インドの精神性を知るの... この大叙事詩は現代インドでも親しまれていて、ここに出てくる英雄や神をモチーフに多くの映画も作られています。最近爆発的なヒットを叩き出したインド映画『RRR』もまさにその一つです。 現代でも多くの人に親しまれているのにはやはり理由があります。インド思想の源流を知る上でも非常に興味深い作品でした。
あわせて読みたい
『インド神話物語 ラーマーヤナ』あらすじと感想~囚われの妻シータを救いに奮闘するラーマと愛すべき猿... 巨大な戦場を舞台にした『イリアス』、『マハーバーラタ』、それに対し主人公の冒険物語を軸にした『オデュッセイア』と『ラーマーヤナ』。この類似は私にとって非常に興味深いものがありました。しかも物語自体も奇天烈な冒険譚に満ちた『オデュッセイア』の方が面白いというのも似ています。 『マハーバーラタ』、『ラーマーヤナ』と二つ続けてインド二大叙事詩を読んできましたがこれは素晴らしい体験となりました。インドの奥深さ、面白さに私はすっかり撃ち抜かれてしまいました。ぜひぜひおすすめしたい作品です。
あわせて読みたい
『バガヴァッド・ギーター』あらすじと感想~現代にも生き続けるヒンドゥー教の奥義!大乗仏教とのつな... やはり仏教もインドの思想や文化の枠組みの中で生まれたのだなということを強く感じました。もちろん、それはインド神話から仏教への一方通行ということではなく、お互いが影響し合ってのことだと思います。 仏教を学ぶ上でもこれは大きな意味がありました。
あわせて読みたい
川村悠人『ことばと呪力 ヴェーダ神話を解く』あらすじと感想~意外と身近な「ことば」の力とは?私達の... ことばというものを改めて考えてみるきっかけとしてこの本は非常に素晴らしいものがあると思います。そして普段接することのない古代インドの歴史や文化も楽しく学べるありがたい作品です。
あわせて読みたい
M・J・ドハティ『インド神話物語百科』あらすじと感想~ヒンドゥー教の大枠や時代背景を知れるおすすめ... 仏教から遡りインドの歴史や文化を知ることで見えてくるものがある。それを確信した読書になりました。これは面白いです。仏教に対する新たな視点をくれる素晴らしい作品だと思います。
あわせて読みたい
辻直四郎『インド文明の曙―ヴェーダとウパニシャッド―』あらすじと感想~バラモン教の聖典の概要を学ぶ... 古代インドの宗教において何が信仰されていたのか、どのように信仰されていたのかということを知ることができるのがこの本です。 古代インドや原始仏教を学ぶ上で避けて通れない『ヴェーダ』や『ウパニシャッド』の入門書としておすすめの一冊です。
あわせて読みたい
森本達雄『ヒンドゥー教―インドの聖と俗』あらすじと感想~インド入門におすすめ!宗教とは何かを考えさ... 謎の国インド。同じアジアでありながら異世界のようにすら思えてしまうインドについてこの本では楽しく学ぶことができます。 著者の語りもとてもわかりやすく、複雑怪奇なインド世界の面白さを発見できます。「なぜインドはこんなにも独特なのか」ということを時代背景と共に知ることができますのでこれは興味深いです。
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次