MENU

バフチン『ドストエフスキーの詩学』あらすじと感想~ポリフォニー論はここから始まった

バフチン
目次

バフチン『ドストエフスキーの詩学』概要と感想~ポリフォニー論はここから始まった

本日はちくま学芸文庫出版の望月哲男、鈴木淳一訳、ミハイル・バフチン『ドストエフスキーの詩学』をご紹介します。

早速この本について見ていきましょう。

ドストエフスキーの画期性とは何か? 《ポリフォニー論》と《カーニバル論》という、魅力にみちた二視点を提起した先駆的著作。【解説: 望月哲男 】

筑摩書房商品紹介ページより

本日ご紹介する 『ドストエフスキーの詩学』 も前回紹介したシェストフの『悲劇の哲学』と同じくドストエフスキー研究の古典とされています。

ミハイル・ミハイロビッチ・バフチン(1895-1975)Wikipediaより

著者のミハイル・バフチンは1895年に生まれたロシアの文芸学者で、日本ではあまり知られていませんが、20世紀を代表する思想家の一人として世界中から評価されています。

さて、バフチンの『ドストエフスキーの詩学』の特徴はと言いますと、何といっても「ドストエフスキー作品はポリフォニー小説である」と定義した点にあります。

近年のドストエフスキー関連の書籍を読んでいると、そのほとんどに「ドストエフスキーの小説はポリフォニー的であり・・・」という解説がぽんと出てきます。

一応、その場では「ポリフォニーとは多声的であることの意味」というようなただし書きは添えられてはいるものの、その意味は著者によって様々に解釈されているようです。

ドストエフスキー自身がそもそも謎であるのに、さらにそれを解釈して出来上がったポリフォニー論なるものも多様に解釈された謎となっているのです。これには私も混乱しました。

「ドストエフスキーはポリフォニー小説である」

もはや公式化されているかのように頻繁に目にするこのフレーズですが、それの本当に意味するところがなかなかわからない。これが私の悩みでした。

前置きが長くなりましたが、そのポリフォニー論を生み出した学者こそバフチンであり、その理論が世に広まったきっかけがこの『ドストエフスキーの詩学』という著作なのです。

バフチンは著作の中で自らこう語ります。

ドストエフスキーは、芸術形式の領域における最大の革新者の一人とみなすことができる。思うにドストエフスキーはまったく新しいタイブの芸術思想を打ち立てた。本書ではそれをかりにポリフォニーという名前で呼んでいる。(中略)

本書の課題は、文学作品の理論的な分析を通じ、ドストエフスキーのそうした本質的な新しさを解明することにある。

ちくま学芸文庫出版 望月哲男、鈴木淳一訳、ミハイル・バフチン『ドストエフスキーの詩学』P9

バフチンによれば、ポリフォニーとはドストエフスキーによって打ち立てられた全く新しい小説スタイルということになります。そしてなぜそれをバフチンが研究したかというと、

従来のドストエフスキー研究は、主として彼の創作のイデオロギー的な問題を扱ってきた。そうした問題関心が一時期あまりにも先鋭化したために、ドストエフスキーの芸術的なヴィジョンの深層にある強固な構造上の特徴は、見過ごされてしまった感がある。ドストエフスキーはまず第一に芸術家(確かに特殊なタイプの芸術家であるが)であって、哲学者でも評論家でもないということが、しばしばまったく忘れられてきたのである。

ちくま学芸文庫出版 望月哲男、鈴木淳一訳、ミハイル・バフチン『ドストエフスキーの詩学』P9-10

と述べています。

これは興味深い指摘です。

バフチンによれば、これまでのドストエフスキー研究は思想研究に目を向けすぎであり、ドストエフスキーが言葉を操る芸術家であるという側面を見落としていると言うのです。

前回の記事で紹介しましたシェストフの『悲劇の哲学 ドストイェフスキーとニーチェ』はまさしくバフチンの言う思想研究の代表例であります。

バフチンは思想家ドストエフスキーの研究も大切だが、芸術家ドストエフスキーも忘れちゃいけませんよと釘を刺します。

これがこの著作におけるバフチンの立場です。

そしてこれこそこの著作の最大の特徴であり、他の本ではドストエフスキーの思想をひたすら解説していくところを、バフチンは文学的、芸術的な描写手法に集中して語っていきます。

ドストエフスキーが用いた芸術的手法、それがポリフォニーであります。

私は文学の専門家ではありませんので、「ではポリフォニーとは結局何なのか」ということはここでまとめることは出来ません。興味のある方はぜひこの著作を読んで頂けたらと思います。

また、当ブログでも紹介しました山城むつみ著『ドストエフスキー』もポリフォニーについて非常にわかりやすい解説がなされているので非常におすすめです。

以上、ミハイル・バフチン『ドストエフスキーの詩学』でした。

ドストエフスキーデータベースはこちら
ドストエフスキー年表と作品一覧~ドストエフスキーの生涯をざっくりと
おすすめドストエフスキー伝記一覧~伝記を読めばドストエフスキーのことが好きになります。
おすすめドストエフスキー解説書一覧~これを読めばドストエフスキー作品がもっと面白くなる!
ドストエフスキーとキリスト教のおすすめ解説書一覧~ドストエフスキーに興味のある方にぜひ知って頂きたいことが満載です

Amazon商品ページはこちら↓

ドストエフスキ-の詩学 (ちくま学芸文庫 ハ 8-1)

ドストエフスキ-の詩学 (ちくま学芸文庫 ハ 8-1)

次の記事はこちら

あわせて読みたい
ツヴァイク『三人の巨匠』あらすじと感想~バルザック、ディケンズ、ドストエフスキー、比べてわかるそ... 「なぜドストエフスキーは難しくて、どこにドストエフスキー文学の特徴があるのか。」 ツヴァイクはバルザック、ディケンズとの比較を通してそのことを浮き彫りにしていきます。

前の記事はこちら

あわせて読みたい
シェストフ『悲劇の哲学 ドストイェフスキーとニーチェ』あらすじと感想~『地下室の手記』に着目した... ドストエフスキーの思想を研究する上で『地下室の手記』が特に重要視されるようになったのもシェストフの思想による影響が大きいとされています。そのためシェストフの『悲劇の哲学 ドストイェフスキーとニーチェ』はドストエフスキー研究の古典として高く評価されています。

関連記事

あわせて読みたい
バフチン『フランソワ・ラブレーの作品と中世・ルネッサンスの民衆文化』あらすじと感想~蜷川幸雄が座... 蜷川さんの人生やその言葉を通して私も今たくさんのことを学ばせて頂いています。その蜷川さんが「座右の書」と呼ぶバフチンの『フランソワ・ラブレーの作品と中世・ルネッサンスの民衆文化』。これがどんな本なのかやはり気になります!そして実際に読みながら感じたことをある意味率直に書いてみたのが今回の記事です。率直過ぎたかもしれませんがどうかご容赦ください。
あわせて読みたい
ドストエフスキーおすすめ作品7選!ロシア文学の面白さが詰まった珠玉の名作をご紹介! ドストエフスキーといえば『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』など文学界では知らぬ者のない名作を残した圧倒的巨人です。彼は人間心理の深層をえぐり出し、重厚で混沌とした世界を私達の前に開いてみせます。そして彼の独特な語り口とあくの強い個性的な人物達が織りなす物語には何とも言えない黒魔術的な魅力があります。私もその黒魔術に魅せられた一人です。 この記事ではそんなドストエフスキーのおすすめ作品や参考書を紹介していきます。またどの翻訳がおすすめか、何から読み始めるべきかなどのお役立ち情報もお話ししていきます。
あわせて読みたい
上田隆弘『ドストエフスキー、妻と歩んだ運命の旅~狂気と愛の西欧旅行』~文豪の運命を変えた妻との一... この旅行記は2022年に私が「親鸞とドストエフスキー」をテーマにヨーロッパを旅した際の記録になります。 ドイツ、スイス、イタリア、チェコとドストエフスキー夫妻は旅をしました。その旅路を私も追体験し、彼の人生を変えることになった運命の旅に思いを馳せることになりました。私の渾身の旅行記です。ぜひご一読ください。
あわせて読みたい
【ローマ旅行記】『劇場都市ローマの美~ドストエフスキーとベルニーニ巡礼』~古代ローマと美の殿堂ロ... 私もローマの魅力にすっかりとりつかれた一人です。この旅行記ではローマの素晴らしき芸術たちの魅力を余すことなくご紹介していきます。 「ドストエフスキーとローマ」と言うと固く感じられるかもしれませんが全くそんなことはないのでご安心ください。これはローマの美しさに惚れ込んでしまった私のローマへの愛を込めた旅行記です。気軽に読んで頂ければ幸いです。
あわせて読みたい
山城むつみ『ドストエフスキー』あらすじと感想~五大長編を深く読み込むための鋭い解説が満載のおすす... 本書ではドストエフスキーの解説などでよく目にする「ドストエフスキー小説はポリフォニーである」という、わかるようでわからない難しい概念が山城さんの解説によって非常にクリアになります。これはおすすめです。
あわせて読みたい
「なぜ僧侶の私がドストエフスキーや世界文学を?」記事一覧~親鸞とドストエフスキーの驚くべき共通点 親鸞とドストエフスキー。 平安末期から鎌倉時代に生きた僧侶と、片や19世紀ロシアを代表する文豪。 全く関係のなさそうな2人ですが実は重大なつながりがあるとしたらいかがでしょうか。 このまとめ記事ではそうした私とドストエフスキーの出会いと、なぜ僧侶である私がドストエフスキーを学ばなければならないのかを紹介しています。
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次