中村元選集第31巻『近代インドの思想』概要と感想~イスラーム侵入以後のインドやヒンドゥー教の宗教改革について学ぶのにおすすめ
中村元選集第31巻『近代インドの思想』概要と感想~イスラーム侵入以後のインドやヒンドゥー教の宗教改革について学ぶのにおすすめ
今回ご紹介するのは1996年に春秋社より発行された中村元著『中村元選集〔決定版〕第31巻 近代インドの思想』です。
早速この本について見ていきましょう。
イスラムやイギリスの支配下にあって,近代のインド思想を形成した革新的思想家ラーマーナンダ,カビール等について詳説。またシク教の開祖ナーナクにも触れる。
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この本は10世紀頃からインドに大挙して侵入するようになったイスラーム勢力がインド社会にどのような影響をもたらしたかを学ぶことができる作品です。
この本の主要テーマであるインドとイスラームについて著者は次のように述べています。少し長くなりますが非常に重要な提言ですのでじっくり読んでいきます。
従来、インドについての研究は、古代(最古代から八世紀くらいまで)と、近代・現代(一七世紀以後)に集中されていた。そのはざまの中世には、インド亜大陸を多少なりとも統一的に支配する大帝国が出現せず、いくたの国家がめまぐるしく興亡を繰り返す混沌とした不安定な時代であり、史料も解明されていないので、従来は創造性に欠ける暗黒時代であるとみなされてきた。
しかし最近は、諸学者により中世に研究のメスが入れられるようになり、中世は暗黒の時代どころではなくて、まばゆい熱気にあふれ、民衆のエネルギーが渦巻き噴出した「創造の時代」であり、今日のインドの直接の原型が形成された時代であることが逐次明らかになってきた。宗教についてみても、一〇世紀前後からイスラーム教という、ヒンドゥー教とはまったく異質の宗教が大挙して流入するようになった。
インドの歴史はヨーロッパの歴史のように時代区分がはっきりしていないようであるが、インドの近代はイスラーム教徒の侵入から始まると考えられる。それは、イスラームのインド侵入とともにインド全体が著しい変化を受けたからである。
イスラームの侵入以前にもインドへの異民族の侵入ということはしばしば起こった。しかし侵入者たちは、どの場合でも容易にインドの社会に同化し、カースト制度のうちに繰り入れられてしまったのである。ところがイスラームの場合は従前とは異なっていた。第一に、イスラームは従前のインドと交渉のあったもろもろの世界宗教のうちでも、最も適応性の少ないものであった。第二に、インドに侵入したイスラーム教徒はトルコ民族の系統のものであり、イスラームに改宗した諸民族のうちでもトルコ人は特に熱烈な信仰をもっていた。
イスラーム教徒はなかなか同化することもなかったし、克服されることもなかった。その熱烈な信仰のゆえにヒンドゥー教徒をひどく迫害した。強制改宗、寺院の破壊、霊場に対する冒涜がたえず行なわれた。そこでヒンドゥーの教師たちは断乎として自分たちの理想と宗教とを守り抜こうとした。そうして習俗・制度に関してはある面ではますます保守的になった。
こうしてイスラームの侵入がひとつのきっかけとなってインド全体に次第に変化と発展が起こったのである。その変化が著しかったので、イスラーム侵入以後を「近代」とか「近世」とよぶ学者もいる。ただし、イスラームの侵入後なお数世紀のあいだは、中世的な特徴が非常に顕著であった。まだ他の国々の中世に似た多くの特徴を示していたのである。しかしまた他方では、古典的な哲学体系(いわゆる六派哲学と呼ばれるもの)を乗り越えようとする動きが認められる。
そこで、この書において論ずる思想をニ大別して、前半を、
「第一編 近代に向かって—イスラームの侵入とヒンドゥー教の変容」
と標示することにした。
ところが西洋で宗教改革が起こるころ、インドにも同じような改革思想を唱える思想家が現われて、新しい宗教運動が起こった。この時代のインドの若干の思想家の立言は、場合によっては同時代のヨーロッパにおける思想家の発言よりももっとラディカルである。それに対応して国家の支配・統治の機構にも大きな変化が起こった。したがって近代的特徴ということになると、むしろイスラーム侵入より数世紀後にはっきり出てくる。
これらの革新的な思想家の立言を、本書の後半において、
「第二編 近代建設をめざす諸思想」
として論ずることにした。
ともかく、イスラーム侵入以後は、ひとつの時期とみていいかと思う。イスラームの侵入がひとつのきっかけとなって、次第に変化と発展とが起こったのである。
春秋社、中村元『中村元選集〔決定版〕第31巻 近代インドの思想』P5-7
中世といえば「暗黒時代」というイメージはインドだけに限らず、ヨーロッパにおいても根強いです。しかし以前当ブログでも紹介したジャック・ル・ゴフ著『中世西欧文明』にもありましたように、実は中世は暗黒時代ではなく、そこに近代へと繋がる豊かな文化が存在していたことが明らかになってきました。
今作『近代インドの思想』でもまさしくそうした豊かな思想や文化が語られることになります。この時代があったからこそその後の発展があったのだということがよくわかります、
この本ではまずイスラームがどのようにインドに侵入し、この広大な国土を治めるようになったのかが語られます。タージマハルで有名なムガル帝国はイスラーム王朝です。これらイスラーム王朝がインド文化に与えた影響を見ていけるのは非常に興味深かったです。
また、インドにおいても西洋と同じような宗教改革の機運が盛り上がっていたことがこの本では語られます。「宗教改革といえばルターやカルヴァン」と私達はすぐにイメージしてしまいがちですが、ここインドでもそうした動きがあったということを知ることになります。
そして本書終盤ではヒンドゥー教とイスラーム、相互の影響によって生まれたシク教についても詳しく語られます。
シク教といえばインド北部のアムリストサルの黄金寺院が有名ですが、インドの歴史を考える上でシク教の存在は非常に重要な位置を占めています。そのシク教について学べるのも本書の嬉しいところです。
中世インドは仏教やヒンドゥー教が栄えた古代インドと比べるとマイナーなジャンルかもしれませんが、仏教やヒンドゥー教そのものを考える上で大きな示唆を与えてくれます。私もこの本で語られるインドイスラームの歴史を興味深く読ませて頂きました。これは面白いです。
あまり話題にならない中世インドの話ではありますが、あえて手に取ってみるのもありだと思います。面白いです。
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