MENU

F・ギース『中世ヨーロッパの騎士』あらすじと感想~中世騎士の成り立ちと歴史を知るのにおすすめの解説書

目次

F・ギース『中世ヨーロッパの騎士』概要と感想~中世騎士の成り立ちと歴史を知るのにおすすめの解説書

今回ご紹介するのは2017年に講談社より発行されたフランシス・ギース著、椎野淳訳の『中世ヨーロッパの騎士』です。

早速この本について見ていきましょう。

鎧を着けて馬にまたがり、「サー」と呼ばれた戦士たち。平時は城に住み、騎馬試合と孤独な諸国遍歴に生涯を過ごす。本書は、中世騎士の登場から、十字軍での活躍、吟遊詩人と騎士道物語の誕生、宗教に支えられたテンプル騎士団、上級貴族にのしあがったウィリアム・マーシャルや、ブルターニュの英雄ベルトラン・デュ・ゲクランの生涯、さらに、『ドン・キホーテ』でパロディ化された騎士階級が、近代の中に朽ちていくまでを描く。

Amazon商品紹介ページより

この本は『ドン・キホーテ』に描かれる騎士の世界が実際にどのようなものだったかということを解説してくれる作品になります。

この本を読めば騎士の始まりやドン・キホーテが奉じる騎士道とは何かということもかなり詳しく知ることができます。

初期の騎士たちは無知で暴力的な単なる武人でした。しかしそこからキリスト教と結びつくことで道徳的で高潔な騎士という理想が出来上がっていきます。

そのことについてこの本の第二章では次のように述べられています。

一〇世紀の生身の騎士は、上品な円卓の騎士とほとんど共通点がない。一〇世紀の騎士は無知、無筆で、言葉遣いもふるまいも粗野。主な収入源は暴力だった。彼らを制御するはずの公共の正義は事実上、消滅していた。民事の紛争であろうと刑事犯罪であろうと、カを失った王たちに裁きを期待することはできず、すべては剣で決着がつけられた。丸腰の教会と農民は、被害者や傍観者に甘んじるほかなかった。ジョルジュ・デュビーの言葉によれば、「[騎士の]暴力と貪欲さに歯止めがかけられるとすれば、それは道徳的義務感と仲間の説得しかなかった」。

無秩序状態の蔓延に、何とかしなければという動きが起きた。動いたのは教会で、このあと起きたことは騎士と中世貴族の双方に甚大な影響を及ぼすことになった。一〇世紀と一一世紀にふたつの相互に関連する運動がはじまった。「神の平和」と「神の休戦」である。このふたつの偉大な改革は、教会の権威を力強く宣し、歴史学者から一括してグレゴリウス改革と呼ばれることになる動きの先触れともいうべきもので、第一回十字軍として知られる一大運動への道を拓くものでもあった。

講談社、フランシス・ギース、椎野淳訳『中世ヨーロッパの騎士』P28-29

「無秩序状態の蔓延に、何とかしなければという動きが起きた。」

暴力の蔓延する中世社会。王の権威もなく歯止めの効かない恐るべき時代の中で唯一の歯止めとなったのがキリスト教だったというのは非常に興味深いものがありました。

そしてこのような無法者に近い騎士たちが大量に生まれてきたのは当時の相続システムにも要因がありました。

初期のヨーロッパでは分割相続が一般的で兄弟に平等に土地が分配されました。ですが巨大な土地を分配するなら問題はありませんが、これでは相続を繰り返すうちにどんどん土地が細切れになっていきます。

そこで経済的に困った騎士たちが武力を用いて他の領地を略奪するという流れができていってしまったのでした。

ですが「これでは相続のシステムが成り立たない」と、11世紀の終わり頃には分配相続のしきたりは姿を消すことになります。そして新しく生まれたのが長子相続です。このシステムですと土地の細分化を避けることができます。

ただ、このシステムの難点は長男以外の兄弟はまったく土地を得ることができず、そのため教会に入るか騎士(軍人)となって剣を振るうしか道がなかったということです。

そのためあいかわらず暴力的な騎士たちが量産されることになったのでした。

次男以降の男子が家督を継げず、教会に入るか違う道に行かねばならなかったというのは日本の中世とも似ていますよね。特に平安時代においては次男以降が宮廷ではなく比叡山などの大寺院にその活躍の場を求めていたことはよく知られています。

さて、話は戻りますが中世ヨーロッパの騎士はこうした背景の下キリスト教との結びつきを強めていきます。

無法者だった彼らを「キリスト教の騎士」とすることでその攻撃性を抑え、なおかつ騎士団としてまとめることでルールを厳格化し、秩序をもたらそうとしました。

そしてその極めつけが彼らの攻撃性をヨーロッパ内ではなく、はるか彼方の異教徒へと向けさせるあの出来事。

そう「十字軍」です。

十字軍は「キリスト教の敵」である異教徒を倒す聖なる軍隊として作られました。

表向きは宗教的な名目で行われた十字軍でしたが、ヨーロッパ中に無数に存在する暴力的な騎士たちをはるか遠方の彼方へ送ってしまおうという側面もあったのです。

彼らは実際に土地を求めて出発し、現地での暴力の行使は凄まじいものがありました。

そして諸王や教会の目論見通り、騎士たちのほとんどはヨーロッパに帰ることなく亡くなることになります。それほど危険で過酷な遠征だったのです。

ですがこの「十字軍」によって「キリスト教の騎士団」というものが確立し、結果的に私たちがイメージするような騎士団の流れができていきます。

暴力的で略奪をほしいままにする危険な男たちから「騎士道」へ。

この記事ではこれ以上詳しくはお話しできませんが私たちがイメージする「騎士」というものがどのようにして出来上がったかを知るのにこの本はとてもおすすめです。

十字軍と騎士道のつながりは非常に興味深いものがありました。

『ドン・キホーテ』が大好きな私にとってこの本はとても刺激的で面白い作品でした。

ぜひおすすめしたい作品です。

以上、「F・ギース『中世ヨーロッパの騎士』中世騎士の成り立ちと歴史を知るのにおすすめの解説書」でした。

Amazon商品ページはこちら↓

中世ヨーロッパの騎士 (講談社学術文庫 2428)

中世ヨーロッパの騎士 (講談社学術文庫 2428)

次の記事はこちら

あわせて読みたい
M・J・ドハティ『図説アーサー王と円卓の騎士』あらすじと感想~アーサー王物語の概要と歴史を学ぶのに... 中世の騎士物語といえば「アーサー王物語」は外すことができません。 「アーサー王物語」といえばその内容は知らずとも一度は聞いたことがある名前ですよね。 そして実はこの物語の中であの有名な「円卓の騎士」や「聖杯伝説」、「聖剣エクスカリバー」が語られます。これは興味深いです。 図版も多数ですので視覚的にも優しい作りとなっていますので読みやすさも抜群です。 アーサー王入門に最適の一冊だと思います。これは非常にありがたい作品でした。 ぜひおすすめしたいガイドブックです。

前の記事はこちら

あわせて読みたい
池上俊一『図説 騎士の世界』あらすじと感想~ドン・キホーテが狂った中世の騎士の歴史を知るのにおすす... 「騎士道」という言葉は知っていてもその実態がどのようなものだったかは意外とわからないですよね。 『ドン・キホーテ』はそれ単体でも最高に面白い作品ですが、中世の騎士たちの姿を知ることでより楽しむことができるのではないでしょうか。 図版やイラストも多数掲載されているので視覚的にも非常にわかりやすい作品です。解説の文章も読みやすく、入門書として非常に優れたガイドブックとなっています。 ぜひぜひおすすめしたい作品です。

関連記事

あわせて読みたい
T・ブルフィンチ『新訳 アーサー王物語』あらすじ解説と感想~イギリス中世騎士物語の王道!ドン・キホ... この本は膨大な『アーサー王物語』の大まかな概要を掴むためのガイドブックとして編集された作品になります。 これはぜひおすすめしたい作品です。物語もドラマチックで楽しむことができました。この物語が現代のファンタジーやゲーム作品などにも大きな影響を与えているというのも納得です。聖剣エクスカリバーや聖杯伝説などは現代を生きる私たちにとってもワクワクさせるものがあります。物語展開の王道中の王道とこの作品は言えるのではないでしょうか。 『ドン・キホーテ』との繋がりを考えながら読むのも興味深かったです
あわせて読みたい
牛島信明『ドン・キホーテの旅』あらすじと感想~これを読めばドン・キホーテが面白くなる!ぜひおすす... この本は本当に素晴らしいです。これを読めば一読しただけでは苦戦しがちな『ドン・キホーテ』が全くの別物になります。もう面白くて面白くてたまらないというくらいの大変身を遂げます。 『ドン・キホーテ』はパロディ作品です。表面上に出てくるものの裏を見れなければ面白くありません。 そんな漠然と読んでもまず気付くことができない『ドン・キホーテ』の面白さをこの本ではこれでもかと解説してくれます。 この本を読めばまず間違いないです。私は自信を持っておすすめします。それほど面白い入門書となっています。
あわせて読みたい
岩根圀和『ドン・キホーテのスペイン社会史 黄金時代の生活と文化』あらすじと感想~ドン・キホーテの時... この本では『ドン・キホーテ』をより知るために様々な観点から時代背景を見ていきます。 その中でも特に私がありがたいなと思ったのは『アマディス・デ・ガウラ』とドン・キホーテについての解説が詳しくなされている点でした。 この本はドン・キホーテが活躍したスペインの時代背景を知るのにおすすめの作品です。文章も読みやすく、図版も多数掲載されているので気軽に読み進めることができます。 これはぜひおすすめしたい作品です。
あわせて読みたい
モンタルボ『アマディス・デ・ガウラ』あらすじと感想~ドン・キホーテを狂わせた騎士道物語の傑作! まさにドン・キホーテファンにはたまらない作品が今作『アマディス・デ・ガウラ』になります。私もこの本を手にしてニヤニヤが止まりませんでした。 実際私もこの本を読んでみたのでありますが、ドン・キホーテがはまるのもむべなるかなの名作です。作中で司祭が「この種の書物では唯一最良の物」というのもわかる気がしました。 「ほぉほぉ、ドン・キホーテはこの話を真似してあんなことをしていたのか」とニヤニヤしながら一気に読み込んでしまいました。パロディから入って元ネタを見るという楽しみを私はこの本で満喫しました。
あわせて読みたい
トーマス・マン『ドン・キホーテとともに海を渡る』あらすじと感想~全読書人に贈りたい「旅と本」につ... 『ドン・キホーテとともに海を渡る』では船旅の最中に読んだ『ドン・キホーテ』に関するマンの思いを知ることができます。 旅行記としても非常に楽しめる作品で、私もわくわくしながらこの作品を読むことができました。やはり旅行記っていいですよね。しかも文豪トーマス・マンによる旅行記なのですからさらに嬉しいです。 タイトルにも書きましたようにこの作品は「旅と本」を愛する全ての方にお届けしたい珠玉の名作です。
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次