MENU

トルストイ『人にはどれほどの土地がいるか』あらすじと感想~人間の欲望の果てしなさ、虚しさを語るトルストイの傑作民話

目次

トルストイ『人にはどれほどの土地がいるか』あらすじと感想~人間の欲望の果てしなさ、虚しさを語るトルストイの傑作民話

今回ご紹介するのは1886年にトルストイによって発表された『人にはどれほどの土地がいるか』です。私が読んだのは岩波書店、中村白葉訳の『トルストイ民話集 イワンのばか 他八篇』所収版です。

早速この本について見ていきましょう。

人間の欲望がいかに限りのないものであるか。そしてそれが人間にとってどんなに恐るべきものであるか―こんなことをしみじみと考えさせられてしまう作品である。民話中『人はなんで生きるか』『イワンのばか』などとともに、非常にひろく知られている代表作の一つであるが、これの書かれたのは一八八六年の二月から三月の頃で、最初に公表されたのは、前の『小さい悪魔がパンきれのつぐないをした話』同様、例の「パスレードニク」発行の『三つの話』と、『ルスコエ・ボガーツストヴォ(ロシヤの富)』第四巻の両方同時であった。

岩波書店、トルストイ、中村白葉訳『イワンのばか 他八編』P211

この作品はたくさんあるトルストイ作品の中でも特に有名な作品として知られています。

上の解説でも述べられていました『人はなんで生きるか』『イワンのばか』もこれまで当ブログでも紹介しました。

あわせて読みたい
トルストイ『人はなんで生きるか』あらすじと感想~素朴な人間愛が込められたトルストイ民話の代表作 トルストイはこの作品で「人はなんで生きるか」を探究していきます。 そしてその大きな柱となるのが「愛」です。 この作品は民話を題材にしていることもあり、非常に素朴です。ですがこれがとにかく味わい深い! この作品は「民衆自身の言葉で、民衆自身の表現で、単純に、簡素に、わかり易くをモットーに努力した」というトルストイの渾身の一作です。まさにその通りの作品となっています。
あわせて読みたい
トルストイ『イワンのばかとそのふたりの兄弟』あらすじと感想~戦争反対、非暴力を素朴な民話に託して... 一般的には『イワンのばか』という名で有名なトルストイのこの作品ですが、正式には『イワンのばかとそのふたりの兄弟』が正式な名前となっています。 この作品にはトルストイ思想がこれでもかと詰まっています。しかもそれが素朴に、わかりやすく表現されています。非常に読みやすい作品です。 ロシアによるウクライナ侵攻で揺れる今だからこそ重要な作品だと思います。

これらの民話に共通するのはとにかく素朴で読みやすいこと。しかも単にわかりやすいだけではなく、そこにトルストイの思想がこれでもかと詰められているという非常に奥深いものとなっています。これは驚異的です。

引き続き解説を読んでいきます。

物語の主題がギリシャの歴史家へロドトスの原本の読破と、自身みぢかにバシキール人の生態風俗を見知ったトルストイのサマラ草原滞在とに結びつくものであることは、想像にかたくない。とはいえ、最後は死で終わる土地の乗りまわしや駈けまわりという口碑は、ウクライナ地方の国民説話のあるものの中におりおり見受けられるものであることも、否めないのである。

岩波書店、トルストイ、中村白葉訳『イワンのばか 他八編』P211

トルストイは民話を制作するにあたり、様々な本を読み込んでいました。今回紹介している『人にはどれだけの土地がいるか』ではギリシャの歴史家ヘロドトスの原本を読破するという気合いの入れようです。

実はトルストイにとってギリシャは馴染みの深いものがあります。

あの『戦争と平和』はギリシャを代表するホメロスの叙事詩『イリアス』に強い影響を受けていたと言われています。

あわせて読みたい
ホメロス『イリアス』あらすじ解説と感想~ギリシャ神話の代表作。トルストイ『戦争と平和』に巨大な影響! トルストイの『戦争と平和』をきっかけに読んだホメロスの『イリアス』でしたが、これは非常に興味深い体験でした。 トルストイがどのような点に感動し、自身の作品にそのエッセンスを組み込んでいったのかを考えながら読むのはとても楽しかったです。 そしてそもそも作品として『イリアス』がものすごく面白く、すいすい読めてしまったというのも驚きでした。戦闘シーンの独特の言葉遣いも新鮮で、思わず唸ってしまうような表現がどんどん出てきます。 これは読む価値ありです。ぜひおすすめしたい作品です。

『イリアス』に限らず、トルストイは古典を読み込み、そこから人生をいかに生きていくかを思索していきます。古典は時代を超えて受け継がれてきた人生のエッセンスです。そしてそれは民話も同じです。

トルストイは人々に大切にされていた物語を参考にして自らの思想を編み込み、この作品を作り出したのでありました。

この作品は「ある村の百姓が、より大きな土地をもらえるという儲け話に乗っかり、次々と欲望を増大させていき、最後にはその欲望のゆえに命を落とす」という、筋書きとしてはかなりシンプルな物語です。

ですがそこは最強の芸術家トルストイ。彼の手にかかればそうしたシンプルなストーリーがとてつもなく劇的で奥深いものになります。

この物語のポイントは人間の欲望が徐々に徐々に拡大し、後戻りできない様をこの上なく絶妙に描き出している点にあります。最初はちょっとの儲け話だったのです。何もいきなりとてつもない大儲けができるというわけではないのです。ですがその「徐々に徐々に」が実に厄介で、これが元で人生が破滅するというのは私達にもよくわかりますよね。

トルストイはそんな「徐々に徐々に」後戻りできない欲望の悲劇を民話に託して語ります。

タイトルの『人にはどれだけの土地がいるか』というのはまさに絶妙なネーミングとなっています。

「もっと、もっと!」とより大きな土地を求めて、主人公の百姓は歩き回ります。自分が歩いただけの土地をもらえるという取引のために彼は必死で歩き回るのです。ですがその結末は・・・

いやぁ実に見事。この物語が世界でトルストイの代表作として今も愛されている理由がよくわかりました。

トルストイ民話の中で一番好きな作品はどれかと言われましたら私はこの作品を選びます。

ぜひぜひおすすめしたい作品です。

以上、「トルストイ『人にはどれほどの土地がいるか』あらすじと感想~人間の欲望の果てしなさ、虚しさを語るトルストイの傑作民話」でした。

Amazon商品ページはこちら↓

イワンのばか 他八篇(民話集) (岩波文庫 赤 619-2)

イワンのばか 他八篇(民話集) (岩波文庫 赤 619-2)

次の記事はこちら

あわせて読みたい
トルストイ『イワン・イリッチの死』あらすじと感想~死とは何か。なぜ私たちは生きるのだろうか。トル... この作品は読んでいてとにかく苦しくなる作品です。心理描写の鬼、トルストイによるイワン・イリッチの苦しみの描写は恐るべきものがあります。 幸せだと思っていた人生があっという間にがらがらと崩れていく悲惨な現実に「平凡な男」イワン・イリッチは何を思うのか。その葛藤や苦しみをトルストイ流の圧倒的な芸術描写で展開していきます。 そして、私はこの作品を読んでいて、「あること」を連想せずにはいられませんでした。 それがチェーホフの存在です。チェーホフの『退屈な話』という中編がこの作品と酷似しているのです。

前の記事はこちら

あわせて読みたい
トルストイ『イワンのばかとそのふたりの兄弟』あらすじと感想~戦争反対、非暴力を素朴な民話に託して... 一般的には『イワンのばか』という名で有名なトルストイのこの作品ですが、正式には『イワンのばかとそのふたりの兄弟』が正式な名前となっています。 この作品にはトルストイ思想がこれでもかと詰まっています。しかもそれが素朴に、わかりやすく表現されています。非常に読みやすい作品です。 ロシアによるウクライナ侵攻で揺れる今だからこそ重要な作品だと思います。

関連記事

あわせて読みたい
トルストイおすすめ作品10選と解説書、作品一覧~ロシアの巨人の圧倒的なスケールを体感! 今回の記事ではこれまで当ブログで紹介してきた作品の中から特におすすめの作品を10作まずは紹介し、その後おすすめの解説書とその他作品の一覧を紹介していきたいと思います。
あわせて読みたい
トルストイ『戦争と平和』あらすじ解説と感想~ナポレオン戦争を舞台にしたトルストイの代表作 ドストエフスキーが人間の内面の奥深く奥深くの深淵に潜っていく感じだとすれば、トルストイは空高く、はるか彼方まで広がっていくような空間の広がりを感じます。 深く深く潜っていくドストエフスキーと高く広く世界を掴もうとするトルストイ。 二人の違いがものすごく感じられたのが『戦争と平和』という作品でした。 万人におすすめできる作品ではありませんが、凄まじい作品であることに間違いはありません。一度読んだら忘れられない圧倒的なスケールです。巨人トルストイを感じるならこの作品です。
あわせて読みたい
トルストイ『アンナ・カレーニナ』あらすじ解説と感想~トルストイ芸術の最高傑作にただただひれ伏すの... 『戦争と平和』に引き続き『アンナ・カレーニナ』を読んだ私ですが、圧倒的なスケールの『戦争と平和』に脳天直撃のガツンとした一撃を受け、今度は『アンナ・カレーニナ』の完璧すぎる芸術的描写に、私はもうひれ伏すしかありませんでした。ただただひれ伏すしかない。それだけです。もう完敗です。こんな完璧な作品を見せられて、自分の卑小さをまざまざと感じさせられました。何でこんなに完璧な文章を書けるのかと頭を抱えたくなります!それほど圧倒的な作品です。
あわせて読みたい
トルストイ『要約福音書』あらすじと感想~福音書から奇跡を排したトルストイ流の聖書理解とは この作品は聖書に書かれているイエスの生涯をトルストイ流に再構成したものになります。 この作品の特徴は何と言っても「キリストの言説と伝えられるものであっても、近代人にとって不合理と認められ、抵抗を感じさせるような奇蹟や神秘の部分は除去されて」いる点にあります。 この作品ではイエスが病人を治したり、水の上に浮かんだり、死者を蘇らせたりというエピソードがカットされています。キリスト教にとって最も重要な教義のひとつである「イエスの復活」ですらカットする徹底ぶりです。
あわせて読みたい
トルストイ『わが信仰はいずれにありや』あらすじと感想~トルストイの真理探究とその結末にニーチェを... 私はトルストイのこの作品を読み始めてすぐ、うっすらとではありますがニーチェ的なものを感じました。 そしてそのうっすらとした予感は確信へと変わることなります。 トルストイはこの作品で教会を批判し、自身の信仰、思想を開陳していきます。 私はそれらトルストイの言葉に、自らの理性によって真理を掴み、それにより自己完成を目ざさんとするニーチェ的な感性を感じたのでありました。

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次