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ティモシー・スナイダー『暴政-20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』あらすじと感想~世界的な歴史家が説く読書のすすめ

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ティモシー・スナイダー『暴政-20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』概要と感想~世界的な歴史家が説く読書のすすめ

今回ご紹介するのは慶應義塾大学出版会より2017年に発行されたティモシー・スナイダー著、池田年穂訳の『暴政-20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』です。

早速この本について見ていきましょう。

ファシストは日々の暮らしのささやかな〈真実〉を軽蔑し、
新しい宗教のように響き渡る〈スローガン〉を愛し、
歴史やジャーナリズムよりも、つくられた〈神話〉を好んだ。
事実を放棄するのは、〈自由〉を放棄することと同じだ。
ファシズム前夜-、
いまこそ、本を積み上げよう。〈真実〉があるのを信じよう。
歴史の教訓に学ぼう。

気鋭の歴史家ティモシー・スナイダーが、現在、世界に台頭する
圧政の指導者に正しく抗うためのニ〇の方法をガイドする。

Amazon商品紹介ページより

著者のティモシー・スナイダーは当ブログでもこれまで紹介してきました。

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ティモシー・スナイダーはナチスのホロコーストやスターリンの粛清についての著書で有名で、ハンナ・アーレント賞をはじめ多くの受賞歴がある歴史学者です。

ティモシー・スナイダーはまさしく暴政のメカニズムを研究しそれを著してきた学者です。なぜ全体主義が台頭して来るのか、なぜ人々はそれに抗えないのか、そしてそうならないために私たちひとりひとりは何をすればいいのだろうか、それをこの本では説いていきます。

新書サイズで140頁ほどのコンパクトな1冊ですが、その内容はものすごく濃いです。

目次を見て頂けるとわかりますように、ティモシー・スナイダーの提言はかなり具体的です。そして危機感がかなり伝わってきます。実際、世界は非常に危険な状態であり、全体主義がすぐそこまで迫っていることを彼は警告しています。ナチスとスターリンの全体主義の研究者が言うのですからなおさらその重みが感じられます。

この本では20の項目にわたって彼の提言がなされます。

今回はその中でも私が気になったひとつ、「自分の言葉を大切にしよう」という章を紹介したいと思います。そこでは読書の意義について語られており、私の中で一番印象に残った箇所でもありました。では始めていきましょう。

自分の言葉を大切にしよう

9.自分の言葉を大切にしよう

言い回しをほかのみんなと同じようにするのはやめましよう。誰もが言っていることだと思うことを伝えるためだけだとしても、自分なりの語りロを考えだすことです。努めてインターネットから離れてください。読書をすることです。

慶應義塾大学出版会、ティモシー・スナイダー、池田年穂訳『暴政-20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』P54

この章は上の表題と文章から始まります。

これだけだとまだ何のことかわかりにくいですが、この後この言葉の真意が明らかにされていきます。

テレビニュースの危険性

私たちの時代の政治家は決まり文句クリシェをテレビにどんどん注ぎ込みますが、テレビでは、同意したくない人間でさえその決まり文句を繰り返す、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、ことになります。テレビは、政治的言語に対し映像を伝えることで異議を唱えるのだと称していますが、次から次へと映像が送られては「解像感」さえ殺がれ、意味を咀嚼するのが難しくなります。何もかもが急速に起きるのですが、なにひとつ現実のものとして捉えられないのです。テレビのニュースはどれも「ニュース速報」(ブレイキングニュース)扱いですが、それも次のニュース速報が取って代わるまでのことです。つまりは、私たちは、次々と押し寄せる波にうたれてはいるのですが、大洋を視野に収めることはないのです。

出来事の有り様と意味とを定義しようとするには、言葉やコンセプトが必要になりますが、その言葉やコンセプトというものは、私たちが視覚的な刺激で恍惚となっていると私たちをすり抜けていってしまうのです。ときとしてテレビのニュース番組を観るのは、テレビ画面の中にいて紹介する映像を観ているキャスターなどの姿を眺めるだけのこととなってしまいます。私たちはこういった集団的恍惚状態を当たり前のことととらえます。私たちは徐々にこの集団的恍惚状態に陥ってしまっているのです。

慶應義塾大学出版会、ティモシー・スナイダー、池田年穂訳『暴政-20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』P55-56

私たちはテレビニュースを見ることで情報を得て、そこから考えて生活していると思ってしまいます。しかし実際はただテレビが繰り返す情報を刷り込まれ、世界を大きな視点で眺めるということができなくなっているのです。スナイダーはニュースを眺めるだけの状態を「集団的恍惚状態」とすら述べています。私たちは知らず知らずのうちに何も考えないように仕込まれているのです。

これはテレビニュースだけでなくYouTubeやTwitterも同じです。SNSも最近では大きな影響を与えるようになっていますが、テレビと同じく危険がそこにあることをこの本全体で彼は述べています。

もちろん、テレビニュースすべてが嘘だというわけではありません。そんな極端なことを言っているのではなく、すべて鵜呑みにするのは危険だということです。テレビニュースがだめなら今度はSNSが真実かというと、それも勘違いすると危険なことになります。こちらも大量のフェイクが混じっています。それらの中には社会を混乱させるために意図的に作られたものもあり、それを私達が見分けることは極めて難しいです。何が真実か嘘なのか本当にわからない世の中に私たちは生きています。得た情報はあくまで真偽がわからぬものとして、一旦判断を保留する必要があるのではないでしょうか。感情に流されると向こうの思惑通りになってしまいます。

だからこそ一旦そこから離れ、自分の頭でじっくりと考えることが必要だとスナイダーは述べているのです。

『華氏四五一度』、『一九八四年』が描く世界~「考えること」をしなくなっていく世界

半世紀以上も前に、全体主義を扱った古典的小説が、映画やテレビの跋扈、書物の発売禁止、語彙の狭小化、そしてそうしたものと結びついて「考えること」が難しくなることについて、警告を発していました。レイ・ブラッドベリの『華氏四五一度』(一九五三年刊行)では、ほとんどの市民が双方向的なテレビを観ているあいだに、消防土たちが書物を見つけては焼いていました。ジョージ・オーウェルの『一九八四年』(一九四九年刊行)は、書物は禁止されていましたし、テレビは政府が市民を常に監視できるよう双方向のものでした。『一九八四年』では、視覚メディアで用いられる言い回しはきわめて抑制されたものでしたが、これは現在について考え、過去を思い出し、将来を慮るのに必要なコンセプトを大衆から奪うためでした。体制の計画の一つは、言い回しをさらに制限することであり、これは「ニュースピーク」(新語法)辞書が改訂されるごとに「オールドスピーク」(旧語法)、つまり英語に由来する語彙の数を減らしてゆくことでなされました。

画面をじっと見つめる習慣はたぶんやめられないのでしょうが、二次元な世界は、私たちがどこかほかで発展させた知力を活かすのでないかぎり、ほとんど意義を持ちません。私たちが、毎日メディアに登場するのと同じ単語、同じフレーズを繰り返していると、私たちはもっと大きな観念上の枠組みが持てないことをも甘受することになります。そうした観念上の枠組みを持つためにはコンセプトの数を増やさなければならないし、増やすためには読書が必要なのです。だからテレビでもパソコンでも画面は部屋から一掃し、自分の周りに本を積み上げることです。オーウェルやブラッドベリの小説の中の登場人物は周りに本を積み上げたりすることはできませんでしたが、私たちにはまだ可能なのです。

慶應義塾大学出版会、ティモシー・スナイダー、池田年穂訳『暴政-20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』P56-57

『華氏四五一度』『一九八四年』はこのブログでもいずれ取り上げようと考えています。そこで取り上げられているのは単なるフィクションで終わらせられるものではなく、スナイダーが言うように実際に全体主義へと向かって行く過程で行われることです。

そして上の引用の最後で書かれている「オーウェルやブラッドベリの小説の中の登場人物は周りに本を積み上げたりすることはできませんでしたが、私たちにはまだ可能なのです。」という言葉が印象に残りますよね。私たちはまだ、本を自由に読むことができます。しかし、いつそれが失われるかはわからないのです。すでにテクノロジーの進歩で監視や検閲が進んでいる国もあります。これは他人ごとではないのです。

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スナイダーがおすすめする書物

では、何を読めばよいのでしょうか?良い小説なら、私たちがあいまいな状況について考え、他人の意向を推しはかる能力を活性化してくれます。フョードル・ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』(一八八〇年)、ミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』(一九八四年)などは私たちの時代にふさわしいかもしれません。シンクレア・ルイスの『ここでは起こりえない』(一九三五年)は作品の出来としてはそれほどではないでしょうね。比べると、フィリップ・ロスの『プロット・アゲンスト・アメリカ』(二〇〇四年)の方が良い作品です。膨大な数のアメリカの青少年が知っている一つの小説が、実は暴政と抵抗についての説明となっています。J・K・ロウリングの一『ハリー・ポッターと死の秘宝』(ニ〇〇七年)であり、仮にあなた自身や友人や子どもたちが初回はそのように読まなかったとしたら、もう一度読み返す価値があります。

この9の項目で論じていることに生気を吹き込んでくれるものとして、次のような政治的・歴史的文献が挙げられます。ジョージ・オーウェルのエッセイ「政治と英語」(一九四六年)、ヴィクトール・クレンぺラー『第三帝国の言語』(一九四七年)、ハンナ・アーレントの『全体主義の起原』(一九五一年)、アルべール・カミュの『反抗的人間』(一九五一年)、チェスワフ・ミウォシュの『囚われの魂』(一九五三年)、ヴァーツラフ・ハヴェルの「力なき者たちの力」(一九七八年)、レシェク・コワコフスキの「保守ーリベラルー社会主義者であるには」(一九七八年)、ティモシー・ガートン・アッシュの『逆境を逆手にとる』(一九八九年)、クリストファー・ブラウニングの『普通の人びとー第101警察予備大隊とポーランドでの最終的解決』(一九九二年)、トニー・ジャットの『知識人の責任アルム、カミュ、アロンとフランスの20世紀』(一九九八年)、ピーター・ポマランツェブの『何一つ真実はなく何ごともありうる』(ニ〇一四年)などです。

クリスチャンなら、時期・時代を問わず常にきわめてタイムリーな書物といえる聖書に立ち返ることでしょう。イエスは、「富んでいる者が神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通る方がやさしい」と説きました。「だれでも、自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされる」のですから、私たちは謙虚でなければなりません。それにもちろん私たちは、何が真実で何が偽りかに気を配らねばなりません。「そして、あなたがたは真実を知り、真実はあなたがたを自由にする」のですから。

慶應義塾大学出版会、ティモシー・スナイダー、池田年穂訳『暴政-20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』P57-59

スナイダーが薦める小説に『カラマーゾフの兄弟』が入っていることにドストエフスキーファンの私としては嬉しい気持ちになりましたが、実際にこの作品はそれだけの価値があるのは本当だと思います。私もこの作品に衝撃を受け、その後の僧侶としての人生に大きな影響を受けました。

また、このブログでも後にクンデラの『存在の耐えられない軽さ』やヴァーツラフ・ハヴェルの『力なき者たちの力』は紹介していく予定です。冷戦世界において重要な局面となった「プラハの春」についても今後じっくり考えていきたいと思っています。

そしてここでスナイダーがハリーポッターを薦めていることも面白いですよね。世界中たくさんの人が触れた名作も私たちの世界を考える上で大きな役割を果たすことをスナイダーは教えてくれます。

また、最後に挙げられた『聖書』も重要な指摘ですよね。私を含めた仏教徒は仏教の教えが説かれたお経などが当たるでしょうか。身近な所にも私たちの目を開かせてくれるような書物はたくさんあります。それらをぜひ積み上げ読んでいくこと。そして自分たちの言葉を大切にし、自分の身を守ること。そのことの大切さをスナイダーは説いているのです。

おわりに

この本はとてもコンパクトにまとめられた本ですが中身は本当に濃いです。

このコロナ禍において、世界中が混乱し、いつ戦争が起きてもおかしくない状況です。実際にアフガン情勢の混乱や、世界中様々なところで内戦や紛争が起きています。

こうした政情不安、経済危機の時に現れるのがポピュリストであり、独裁者であり、全体主義です。私たちは本当に注意していないといつの間にかもうどうしようもない状況に立たされてしまうかもしれないのです。今の日本のあり方を見ていると確かに不安になります。スナイダーの言っていることがかなり当てはまっています。

私たちは歴史から学ばなければなりません。そのために実際に何から始めればよいのか、それをこの本ではアドバイスしてくれます。

非常におすすめな1冊となっています。全体主義とは何か、そして歴史は何を語るのかを体感できる作品です。ぜひ読んで頂きたい作品です。

以上、「ティモシー・スナイダー『暴政-20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』世界的な歴史家が説く読書のすすめ」でした。

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暴政:20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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