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A・ビーヴァー『ベルリン陥落 1945』あらすじと感想~ソ連の逆襲と敗北するナチスドイツの姿を克明に描いた名著

目次

ヒトラーの敗北と独ソ戦の終結 アントニー・ビーヴァー『ベルリン陥落 1945』概要と感想

今回ご紹介するのは白水社より2004年に発行されたアントニー・ビーヴァー著、川上洸訳の『ベルリン陥落 1945』です。

早速この本について見ていきましょう。

出版社からのコメント

 数百万の兵員と最新兵器を総動員して交戦した、人類史上、空前絶後の「総力戦・殲滅戦」の最終局面、それがベルリン攻防戦だ。本書は、サミュエル・ジョンソン賞作家が、回想や記録、各国の資料や文書などを綿密に調査し、複雑な戦況、戦時下の一般市民の様子を生き生きと活写した、戦史ノンフィクションの決定版だ。

 本書の特徴は、公開された旧ソ連の極秘文書にあたり、驚くべき情報が多いことだ。たとえばここ二十年、ドイツ領内での一般市民、とりわけ女性の被害について公然と議論されるようになった。本書ではこうした成果や証言をもとに、女性に対する性暴力を告発する。しかし、ソ連将兵による性暴力の犠牲になったのは、ドイツ人女性だけでなかった。強制収容所から解放されたばかりのユダヤ人やポーランド人、さらにはソ連人女性にも被害が及び、極限状態を生き延びるために敵兵の愛人となるケースも多く見られた。

 また、グロースマンやシーモノフなどソ連従軍作家の記録が描写に起伏を与え、ソ連諜報部員が内務人民委員部に宛てた報告書が初めて公開され、ソ連軍の内情や将官の行動がよくわかる。ほかにも、投降した元ドイツ将官たちの監房での会話を盗聴した記録など、臨場感ある描写が興味深い。

 本書は世界で百万部のベストセラーを記録、「戦争」の本質を暴く問題作といえるだろう。解説=石田勇治 写真・地図多数収録

Amazon商品ページより

著者のアントニー・ビーヴァーは前回の記事で紹介した『スターリングラード運命の攻囲戦1942‐1943』の著者でもあります。

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今作でも彼の筆は絶品で、ぐいぐい読まされます。ソ連の逆襲とナチスが決定的に崩壊していく過程がこの本では語られていきます。

巻末解説で第二次世界大戦の最終局面となったベルリンへの進撃についてわかりやすい解説がありましたので以下で紹介します。

ベルリンを制する者はドイツを制す。そしてドイツを制する者はヨーロッパを制す。

「ベルリンを制する者はドイツを制す。そしてドイツを制する者はヨーロッパを制す」

べルリン陥落の知らせを今やおそしと待ちかねていたスターリンは、この言葉の奥深い意味をかみしめていたにちがいない。西に向けて攻め上るソ連軍最高司令官の思いは、西側連合軍が足を踏み入れる前にべルリンを単独で陥落させることに集中していた。むろんヒトラーもべルリンを易々と敵に明け渡すつもりはなかった。一兵たりとも引くことを許さず、最期まで徹底抗戦を叫んだヒトラーにとって、「千年王国」の首都ゲルマニアは自らの死に場所以外の何物でもなかったのである。

ベルリンをめぐるスターリンとヒトラーの面子をかけた戦いは、ソ連軍がヴィスワ川を渡河した一九四五年一月から始まり、無条件降伏文書が取り交わされる五月九日未明まで続いた。この五か月ほどの間、ドイツの諸都市は連合軍との市街戦、絨毯爆撃で瓦礫の山と化し、おびただしい数の一般市民が戦争の犠牲となった。とくにソ連軍が制圧した東部ドイツ地域の市民がいかに過酷な運命に見舞われたかは、本書が詳細に描くとおりである。

白水社、アントニー・ビーヴァー、川上洸訳『ベルリン陥落 1945』P635

スターリンは一刻も早くベルリンを陥落させたいと願っていました。

それはなぜか。

スターリンは単独でベルリンを占領することが戦後の世界秩序においてソ連が圧倒的に有利となることを知っていたからでした。そして想像を絶する犠牲を出した独ソ戦の結末を米英をはじめとする連合軍に横取りされてなるものかという側面もあったのでした。

総力戦・殲滅戦としての独ソ戦

本書が描くべルリン攻防戦の惨状は、一般市民を犠牲にして遂行された第二次世界大戦の本質を浮き彫りにしている。

周知のとおり、近代国民国家の形成と戦争技術の目覚ましい発展は、戦場で雌雄を決する従来の決戦型の戦争を、全国民に支えられた総力戦争へと変貌させた。この戦争では、戦争遂行に必要な人的物的資源だけでなく、戦争へと国民を駆り立てる精神的な資源も徹底して動員された。愛国主義とナショナリズムが際限なく称揚され、「正義」のために戦う将兵が英雄となる一方で、敵国を貶めるあらゆる言説がプロパガンダとして流布された。なかでも独ソが直接対決した東部戦線では、互いに敵を非人間化する宣伝が強烈な破壊力を発揮した。

ヒトラーの対ソ戦が未曾有の殲滅戦争となつたのは、軍民あげての総力戦がナチズムの人種主義と結びついたからである。ヒトラーはソ連のボリシェヴィズム体制を、世界陰謀を企むユダヤ人の化身に過ぎないと考えていた。これを打倒することは、「ユダヤ人種の根絶」を完遂するために避けては通れない道筋であった。しかもヒトラーはスラヴ系諸民族をドイツ民族にかしずくべき「劣等人種」とみなしていた。ユダヤ=ボリシェヴィズムの抹殺とスラヴ人の奴隷化を通じてアーリア人種の「生存圏」は確保されるーヒトラーはそう信じていたのである。

白水社、アントニー・ビーヴァー、川上洸訳『ベルリン陥落 1945』P637

独ソ戦の開始時はナチス軍の圧倒的な戦力によってソ連領域は蹂躙され、そこではナチスによる残虐な殺戮が繰り返されました。

しかしいつしか形勢は逆転、ソ連は侵略されたエリアを取り返しベルリンへ進撃していきます。しかしその過程で今度はソ連軍による暴虐がそのエリアで繰り返されることになります。

独ソ戦の特異な点は敵を殲滅せねばならぬというプロパガンダと実際の行動が結びついた点にあります。未曽有の犠牲者が出た独ソ戦の本質がこの本で考察されています。

感想

陥落した議事堂 Wikipediaより

この本はベルリン陥落に向けての第二次世界大戦の最終局面を描いています。

戦争開始時の恐るべき強さを誇ったナチス軍はもはや見る影もありません。

ロシアの奥深くまで侵入したナチス軍でしたが冬将軍に襲われ、ぬかるみだらけの悪路にも苦しめられました。そしてソ連軍の人海戦術と圧倒的な物量に徐々に戦力を削がれ、ついには兵站も崩壊。軍事物資や食料もままならなくなってしまいました。

そんなナチス軍に一気に逆襲を仕掛けるソ連軍。驚くべき速度でベルリンへと突き進んでいきます。

ヒトラーの無謀な作戦指示によって混乱する現場。現場を指揮する無能な将校。物資もなく連携も取れない兵士たち。敗北を続けていくナチス軍の様をこの本では知ることができます。

ですがそんなナチス軍を追撃するソ連軍も稚拙な攻撃や敵戦力の過小評価などで甚大な被害を出します。勝ち戦のはずなのに死傷者数はナチス軍より圧倒的に多いという状況が続きます。

ナチス、ソ連両軍ともに地獄のような極限状態の中、ベルリンでの最終決戦へと向かって行きます。

そして最初に紹介した「出版社からのコメント」にもありましたように、こうした極限状態に置かれた兵士たちによって行われた住民への無数の暴虐についての描写は目を背けたくなるほどのものでした。

略奪や破壊、性暴力を繰り返したソ連兵を責めるのは簡単です。しかしこの暴虐は独ソ戦という敵殲滅プロパガンダによって教育された兵士たちの所業でした。しかも地獄のような極限状態にあっては、平和時の通常の倫理観はとっくにどこかへ吹き飛んでしまった状態であったのではないでしょうか。もちろん、一人一人の兵士が行った暴虐は許されるものではありません。しかし「ソ連兵は悪魔的な所業を行った」、「ナチスは人を人とも思わぬような残虐行為をした」。「だから彼らは恐ろしい人間たちなのだ」で簡単に一括りにしてしまっては戦争の本質を見失ってしまうことになりかねません。

戦争は平時の人間性を吹き飛ばします。戦争という極限状態で人間はどのようになってしまうのかをこの本では見せつけられることになります。

ただ単に「戦争はいけない」、「平和が大切だ」で済む話ではないのです。なぜ戦争はいけないのか。いけないとわかっていても戦争に突き進むのはなぜか。戦争は人間をどう変えてしまうのか。巻き込まれた人間に何が起こるのか。

こうしたことまで考えさせられる一冊でした。戦争の恐ろしさは平時の倫理観、人間性を吹き飛ばしてしまうところにあることを強く感じました。

これは独ソ戦に限らず、あらゆる戦争においてもそうなのではないかと思います。もちろん、日本における第二次世界大戦についてもこのことは決して忘れてはいけないと思います。美談で終わらせたり、逆に過剰に貶めるのも慎重にならなければなりません。戦争という極限状況で何が行われたのか、あるいは何が行われうるかは慎重に判断しなければならないことを感じました。非常に示唆に富む本であったと思います。

以上、「『ベルリン陥落 1945』第二次世界大戦の終結ーソ連の逆襲と敗北するナチスドイツ」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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