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(11)「我々には全てが許されている」~目的のためにあらゆる手段が正当化されたソ連の暴力の世界

目次

ヴィクター・セベスチェン『レーニン 権力と愛』を読む⑾

引き続きヴィクター・セベスチェン著『レーニン 権力と愛』の中から印象に残った箇所を紹介していきます。

レーニンによる暴力の奨励。混乱状態のロシア

ロシア十月革命によって権力を握ったレーニンは暴力を奨励する発言を繰り返していました。そのためロシアは大混乱に陥ります。

ぺトログラードやその他の大都市に犯罪の波と無政府状態が広がることは、レーニンにとってはジレンマだった。彼はナージャとフィンランドでのクリスマス休暇から戻った直後、正月元旦に自らその一部を目の当たりにしていた。午後の早い時間、演説の仕事からスモーリヌイへ車で戻る途中で、彼の車が無差別銃撃を受けたのだ。

「封印列車」によるドイツ通過の準備を手助けしたスイスの社会主義者、フリッツ・プラッテンが短期訪問しており、レーニンと一緒にこの車に乗っていた。銃声を聞くと、彼はボリシェヴィキ指導者を守るため、その上に覆いかぶさった。彼は手に銃弾による軽い傷を負った。レーニンにけがはなかった。だが、車の片側に数個の弾痕があった。レーニンがこの車に乗っていることはだれも知らない、したがって暗殺の企てではなく、無差別暴力だった。しかし、それはロシアがこの一年でいかに無法化してしまったかを示していた。この混乱状態は抑えなければならない。

他方で、レーニンは政治的理由から、そうした暴力の多くを奨励していたー「何世紀にもわたる巨大な不公平」ゆえの、ブルジョアに対する人民の報復として、また、「搾取者に対する革命的裁き」として、である。

当初、彼の美辞麗句はかなりのアピールカがあった。これが、特権の廃止こそが、革命の目標ではなかったのか?ジェルジンスキーお気に入りの常套句に言う、ブルジョアジーとの貸しの精算は、チェカーがテロルを一手に握る以前から始まっていた。
※一部改行しました

白水社、ヴィクター・セベスチェン、三浦元博、横山司訳『レーニン 権力と愛』下巻P179

危うくレーニンに銃弾が当たってしまうような出来事も起こっていたロシア。無差別の暴力が横行するほど治安は不安定化していました。ですがこれはレーニンが繰り返し大衆に説いていたことでした。暴力を奨励していたのは彼自身なのです。

暴行・略奪の横行と正当化

金持ちのアパートは略奪され、荒らされた。彼らは街頭で襲われ、日常的に暴行を受けた。人民が報復をわが手に握り、レーニンは彼らをけしかけた。

一九一七年一二月半ば、彼は、食料または富を「ため込んだ」者たちは「人民の敵」であると断言し、彼らしい物騒な表現で、「金持ちと怠け者及び寄生虫……に対する撲滅戦争」を呼びかけた。

「〔市民は〕ロシアの大地からすべての害虫、ろくでなしのノミ、ナンキンムシを除去しなければならない……ある場所では、十数人の金持ちと、十数人のろくでなし、仕事を怠ける労働者数人を投獄することができる……もう一つの場所では、彼らは仮設野外トイレの清掃作業に出ていく。三番目の場所では、彼らは刑期をつとめたあと、彼らが有害であると皆が分かり監視できるように、〔売春婦と同じように〕黄色のチケットを渡される。四番目の場所では、怠け者一〇人につき一人が銃殺される。多彩であればあるほどいい……実践のみが闘争の最善の方法を考案できるからである」

まもなくボリシェヴィキの扇動家たちは、雑多な群衆を行動に駆り立てた。「大衆から搾り取られ、巧妙に絹の下着や毛皮、絨毯、きん、家具、そして絵画に変えられた莫大な金を、ブルジョアジーから奪え……われわれはそれを取り上げてプロレタリアートに渡し、次いでブルジョアジーを彼ら自身の食い扶持のために働かせるのだ」。

エカチェリンブルクの党職員の一人は、一九一七年一二月にこう煽った。金持ちは「旧人間」の烙印を押され、食料配給はずっと少なく、パンを求める行列の最後尾に並ばされた。大貴族家系の子孫のなかには餓死する者もあった。

中産階級の家族は貧者と住居を共有させられ、たいていはもっと大きな集合住宅のなかの、一段と小さな部屋に住むことになったー「家庭生活の革命、従僕と主人が文字どおり入れ替わった新世界」である。

その報復の観念はトロツキーによって、冷酷ではあれ断固たるやり方で、正当化された。「何世紀もの間、われわれの父祖たちは支配階級のほこりと汚れを清掃してきたが、今度は彼らにわれわれのほこりを清掃させるのだ。彼らがブルジョアのままでいたいという欲求をなくすほど、彼らの生活を不快なものにしなければならない」
※一部改行しました

白水社、ヴィクター・セベスチェン、三浦元博、横山司訳『レーニン 権力と愛』下巻180-181

中流階級以上の人間は大衆の格好の標的とされ、彼らへの暴力はボリシェヴィキのお墨付きの下、奨励されました。それまで不満を溜めこんでいた大衆はここぞとばかりに暴行を加え、復讐に走るのでした。憎悪を基にした社会変革をレーニンは広めたのです。

法の軽視。革命の名の下に裁きが許される

レーニンの布告の一つが、「革命的裁き」というボリシェヴィキの理念を成文化した。彼は現存の法体系を一気に廃止した。もっとも、財産に対する通常の犯罪のための司法制度と、国家に対する犯罪のための別の法制度が存在するという帝政時代の原理は維持した。

彼は一般犯罪に対しては「人民法廷」を設置したー本質的に即興の裁判で、そこでは、多くはほとんど読み書きのできない一二人の「選挙された」判事が、事件の事実に基づくよりも、レーニンの言葉で言えば「革命的良心」を用いて裁くのが常だった。法と法律家に対するレーニンの憎悪は、この布告を通して異彩を放っていた。法廷の訴訟手続きは証拠主義ではなく、その進行具合に応じてでっち上げられた。
※一部改行しました

白水社、ヴィクター・セベスチェン、三浦元博、横山司訳『レーニン 権力と愛』下巻181

ここはなかなかにホラーな内容です。裁判がもはや体をなしていません。

ほとんど読み書きもできない人間が証拠もなしで「革命的良心」を用いることで裁判をするというのです。実質これは単なる印象のみによる感情的な判決にならざるをえません。そしてこれでは被告との関係性によっては意図的に悪意ある判決を下すことも可能です。これによって「革命」を旗印にした無法状態が現出してしまったのでした。

革命法廷ーわれわれには、すべてが許されている

レーニンのもう一つの創造物は、フランス革命からの借り物ー革命法廷だ。これは国家に対する犯罪を扱い、一年かそこらは評判がよかったものの、時とともに消えていった。公開裁判は、チェカーが操る党員の「三人体制トロイカ」による非公開の一〇分間の事情聴取に代わった。

レーニンには、いわゆる正義のこの制度を支持する非常に単純かつ率直、そして少なくとも正直な論拠があった。彼の制度は、被搾取階級の利益のために機能しているのだから、実際的にも道徳的にも、はるかに優れているというのだーこれがすべてを正当化していた。

「『より低い階級』を抑圧、搾取する目的でブルジョアジーによって考案された倫理観と『人間性』の旧制度は、われわれにとっては存在しないし、できないのだ。われわれの倫理観は新しく、われわれの人間性は絶対的である。

なぜなら、それがあらゆる抑圧と強制を破壊するという理念に基づいているからである。われわれには、すべてが許されている。

なぜなら、われわれは世界で初めて、だれかを隷属化ないし抑圧するためではなく、万人をくびきから解放するために剣を取るからである……。血?血を流そうではないか、もしそれのみが海賊的旧世界の灰・白・黒の旗を深紅に変えることができるなら。というのは、あの旧世界の完全かつ最終的な破壊のみが、古い卑劣漢の復活からわれわれを救うからである」

自分が解き放った流血のおびただしさについて真っ向から議論しているとき、レーニンは弁解しなかった。

米国人ジャーナリストのリンカン・ステフェンスが「赤色テロと殺害は続くのだろうか?」と質問すると、レー二ンは答えた。

「無益な戦争で一七〇〇万人の殺害を企てたばかりのこうした連中が、われわれの革命で死んだ数千人のことを懸念していると、君は言うつもりか?革命は意識的な目的をもっているんだぜ、将来の戦争の必然性を防止するというね。だが、心配しなくていい……わたしはテロルを否定しはしない、革命の災厄を軽視はしない。それは起きるんだ。それは織り込んでおくべきなのだ」
※一部改行しました

白水社、ヴィクター・セベスチェン、三浦元博、横山司訳『レーニン 権力と愛』下巻181-182

この箇所ではレーニンの革命観が端的に示されています。

被搾取者である我々はブルジョアジーに対して何をしても許される。

「なぜなら、われわれは世界で初めて、だれかを隷属化ないし抑圧するためではなく、万人をくびきから解放するために剣を取るからである……。血?血を流そうではないか、もしそれのみが海賊的旧世界の灰・白・黒の旗を深紅に変えることができるなら。」

そう言ったレーニンでしたが、彼が権力を握ったことで結局党幹部は腐敗し、平等を謳いながら餓死者が多数出るほど人々は飢え、格差と抑圧が強まったのも事実でした。そしてスターリン時代には抑圧のシステムがさらに強化されることになります。

大衆を「既存体制はすべて悪だ。奪え。壊せ。血を流せ」と煽動し、自分が権力の座に座れば、人々をかつてより厳しく抑圧し収奪していく。国民は煽られるままに行動し、利用されるだけ利用され、結局前よりもひどい状況に置かれてしまう。

これはよくよく考えなければならないことだと思います。

続く

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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