佐藤大介『13億人のトイレ』~インドにはトイレがない!?清掃カーストの過酷な仕事やガンジス川の汚染についても学べる1冊!

13億人のトイレ インド思想と文化、歴史

佐藤大介『13億人のトイレ 下から見た経済大国インド』概要と感想~清掃カーストの過酷な仕事や格差の現実を学べる1冊!

今回ご紹介するのは2020年にKADOKAWAより発行された佐藤大介著『13億人のトイレ 下から見た経済大国インド』です。

早速この本について見ていきましょう。

トイレを見れば、丸わかり。
都市と農村、カーストとイノベーション……
ありそうでなかった、「トイレから見た国家」。
海外特派員が地べたから徹底取材!!

インドはトイレなき経済成長だった!?
携帯電話の契約件数は12億件以上。
トイレのない生活を送っている人は、約6億人。
経済データという「上から」ではなく、トイレ事情という「下から」経済大国に特派員が迫る。
モディ政権の看板政策(トイレ建設)は忖度の産物?
マニュアル・スカベンジャーだった女性がカーストを否定しない理由とは?
差別される清掃労働者を救うためにベンチャーが作ったあるモノとは?
ありそうでなかった、トイレから国家を斬るルポルタージュ!

トイレを求めてインド全土をかけめぐる!
■家にトイレはないけれど、携帯電話ならある
■トイレに行くのも命がけ
■盗水と盗電で生きる人たち
■「乾式トイレ」の過酷さはブラック企業を超える
■「差別」ではなく「区別」と強弁する僧
■アジア最大のスラムの実情 etc.

Amazon商品紹介ページより

この本も衝撃的でした。前回の記事で紹介した鈴木真弥著『現代インドのカーストと不可触民』ではデリーの清掃カーストに特化して語られましたが、今作『13億人のトイレ 下から見た経済大国インド』ではより具体的にその悲惨な実態を知ることになります。

『現代インドのカーストと不可触民』ではデータやフィールドワーク、歴史的経緯の解説が中心で全体像を掴むのに最適な参考書となっているのに対し、今作ではそのとにかく強烈な実例が次から次へと語られます。ですのでこの二作をセットで読むことで相乗効果間違いなしです。

著者は本書について「はじめに」と「おわりに」で次のように述べています。少し長くなりますが重要な箇所ですのでじっくり読んでいきます。

GDPなど公式に発表される数字や、人口の過半数が三〇歳未満という日本とは真逆な人口構成のグラフを見ると、インドが「経済大国」へ向かっていることに疑いを挟む余地はない。安全保障の分野も含めると、国際社会におけるインドの立ち位置は、今後も重要なものであり続けるだろう。だが、数字などのデータから描き出されるインドが、本当のインドの姿なのだろうか。「経済大国」という大文字で語られるインドと、街中を歩きながら自ら体感するインドを重ね合わせると、どうしてもズレが出てきてしまうのだ。

ニューデリーで車の後部座席でウトウトしていると、ドアのガラスを叩く音で起こされることが何度もある。物乞いたちが恵みを求めて、何度もノックをしてくるのだ。うつろな目をしながら赤ちゃんを抱える女性や、学校には通っていないであろう幼い子どもたちは、インドの経済成長とは無縁の日々を送っているのだろう。世界銀行による二〇一五年の調査では、人口の約一三%が一日一・九ドル(約二〇五円)未満の極貧状態での生活を強いられている。いくら街中に豪華なショッピングモールができ、自動車の数が増えていっても、経済成長からこぼれ落ちた人々にとっては別世界の出来事に過ぎない。インドでは日本の円借款による支援によって、新幹線方式を採用した初めての高速鉄道計画が進んでいる。その一方で、在来線の遅れや事故は日常茶飯事で、安全に対する意識も低い。「経済大国」という言葉の背後には、そうしたバランスの悪さが存在している。

インドに駐在する日本企業の社員と話をしていたとき、JBICのアンケート結果が話題になった。私は「インドで仕事をしていても、ここが最も有望な投資先と思うか」と、やや意地悪な質問をした。深刻な大気汚染や衛生環境の劣悪さだけではなく、押しの強いインド人との間でのビジネス上のトラブルはよく耳にする。その社員は、苦笑いを浮かべながら「本社のエアコンが効いた役員室で、データだけを見ながら考えると『有望』と思うでしょう」と答えた。遠く離れた日本で、インドに横たわるさまざまな問題に目を向けず、数字だけで「有望市場」と判断することなど「上から目線に過ぎない」というのが、その社員の抱いた思いだった。

なるほど、確かにインドの「経済大国」ぶりを語るとき、市井の人たちの暮らしよりも、経済データに軸足が置かれることが少なくない。日々の生活に目を向けても、ニューデリーやムンバイ(旧ボンべイ)といった大都会と、総人口の約七割が暮らす農村部では風景や感覚はまったく異なる。インドの経済発展を「上から目線」ではなく、もっと足元から描くことのできるキーワードはないだろうか。そう考えあぐねて、たどりついたのが「卜イレ」だった。

誰もが毎日使っているトイレだが、インドでは地域(都会か地方か)、収入(富者か貧者か)だけではなく、ヒンズー教の身分制度「カースト」でどの位置にいるかによって、そのイメージが大きく異なっている。経済成長によって携帯電話の契約件数が一一億件を超えながらも、五億人がトイレのない生活を送っているというのは、あまりにもいびつと言えるだろう。

首相のナレンドラ・モディは、インド全土にトイレを普及させる運動を主要政策に掲げたが、成果には疑問符がつきまとい、農村部を中心に野外排せつの習慣は根強く残る。卜イレ設置を進めても人口増加に下水道の設置は追いつかず、ヒンズー教徒にとって「聖なる川」であるガンジス川はひどく汚染されてしまった。排せつ物の処理や下水道の清掃にあたる低カーストの人たちが、劣悪な労働環境で死亡する事故も少なくない。一方で、卜イレにビジネスの好機を見いだす経営者たちもいる。

トイレを通じて「下から目線」で見つめたインドは、順風満帆な経済大国の姿とは異なる。矛盾や問題を抱え、それが放置されたままの側面もあれば、変化を遂げようとしているところもある。決してクリーンな話ばかりではない。だが、そこからは「経済大国」を目指す上で、避けては通ることのできない現実が見えてくる。

KADOKAWA、佐藤大介『13億人のトイレ 下から見た経済大国インド』P4-7

日本では、ほとんど誰もが清潔なトイレにアクセスすることができ、トイレのある暮らしが日常に組み込まれている。しかし、インドではそうではない。「トイレ」というキーワードで、貧富の差やカースト、都市と農村の格差といった、インドのさまざまな姿が見えてくるのではないか。そう思って、取材のためにインド各地を歩いた。そこから見えてきたのは、経済成長という言葉の陰でさまざまな問題を抱え、多くの人たちが苦闘しているインドの姿だった。

矛盾や問題を抱えながら、一三億の人々が暮らしているインドを間近に見て、それまでの「遠い国」という壁は、いつしか消え去っていた。「トイレ」からのぞいたインドの姿が、読者にとって少しでも「遠い国の話」ではないと感じてもらえれば、この上ない喜びだと思っている。

KADOKAWA、佐藤大介『13億人のトイレ 下から見た経済大国インド』P225

この作品はとにかく衝撃的です。こんな劣悪な状況で清掃カーストの人たちは働いているのかと衝撃を受けました。何の処理もされていない下水に何の装備もなく浸かり、素手でその詰まりを解消させる仕事の様子には読んでいて目を疑いました。

また、モディの進めるインド全土のトイレ設置の政策の欺瞞にはただただ唖然とするしかありませんでした。以前当ブログでも紹介したJ・クラブツリー著『ビリオネア・インド 大富豪が支配する社会の光と影』でも語られていましたがインドの汚職、腐敗、賄賂体質はすさまじいものがあります。上の本紹介にもありましたようにこのトイレ政策においても忖度、汚職、不正まみれの実態があったのでありました。まさに汚物まみれのトイレ政策だったわけです。

そしてインドや仏教に関心のある方には特に関心の強いであろうガンジス川についての言及があるのも本書の嬉しいポイントです。

バラナシ Wikipediaより

ヒンドゥー教徒の沐浴で有名なバラナシのガンジス川ですが、同時にこの川の汚さもよく知られています。この川が今どのような状況になっているのか、なぜこの川の水質がここまで汚染されてしまったかもこの本で知ることができます。ただ単にここで死体を流したり沐浴をしているからという話ではなく、もっと根深く、現実的な問題がこの水質汚染に繋がっているのだということがよくわかります。これはこの後インドに渡航する予定の私にとっても非常に興味深い解説でありました。

この本は新書ながらものすごく濃厚で情報量の多い作品です。現代インドの実態を知る上で最高におすすめの本のひとつです。「トイレ」というなかなかない切り口から現代インドを語るこの本はとても刺激的です。読みやすさも抜群ですいすい読んでいけます。驚くような内容がどんどん出てくる作品なのであっという間に引き込まれてしまうことでしょう。これはぜひおすすめしたい一冊です。

ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

以上、「佐藤大介『13億人のトイレ』~インドにはトイレがない!?清掃カーストの過酷な仕事やガンジス川の汚染についても学べる1冊!」でした。

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