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中村元選集第17巻『原始仏教の生活倫理』概要と感想~当時のインド社会と在俗信者の生活、葬儀事情を知れる名著

原始仏教の生活倫理
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中村元選集第17巻『原始仏教の生活倫理』概要と感想~当時のインド社会と在俗信者の生活、葬儀事情を知れる名著

今回ご紹介するのは1995年に春秋社より発行された中村元著『中村元選集〔決定版〕第17巻 原始仏教の生活倫理』です。

早速この本について見ていきましょう。

日常生活をいかに生きるか。仏教は出家者のためだけの教えではない。社会人として、ひとりの人間として、我々はどう生きるべきなのか。原始仏教が説く生き方の問題を解明する。

Amazon商品紹介ページより

この本は原始仏教教団と共にあった在家の人々と仏教の教えについて説かれた参考書です。原始仏教教団は言うまでもなく出家者の教団です。世俗の生活とは全く離れた修行生活がその本義です。

ですがその教団は出家者だけで成り立つわけではありません。在家信者として生活する一般の人々あってこその出家教団でもあります。この本ではその一般の人々がどのように仏教と共に生きていたかを知ることができます。

中村元先生は「はしがき」でこの本について次のように述べています。

われらはいかに生きるべきであるか。原始仏教はこれについてなにを教えたのであろうか?仏教全体がこの問題に対する答えを与えてくれるわけであるが、いま原始仏教において説かれた生き方、、、の問題を、この書において以下にまとめて検討しようとするのである。

従来にも「仏教倫理」という類の書は内外に少なくないが、それらは主として出家修行僧の戒律や習慣を論じたものであり、現在生きているわれわれにとってはほとんど役に立たない。いまここでは主として社会人としての倫理、、、、、、、、、という視点から考察してみた。仏教の基本的な精神は、時代、民族、風土のちがいを超えて、過去約二千数百年にわたってアジアの諸国ではつねに具現されてきたものであるが、いまこの問題について原始仏教の説くところに耳を傾けたいと思う。時代の差、民族の差を超えて、必ずやわれらの胸に訴えるものがあるであろう。

春秋社、中村元『中村元選集〔決定版〕第17巻 原始仏教の生活倫理』Pⅰ

この本ではここで述べられるように、原始仏教教団の一般信者の「社会人としての倫理」を学ぶことができます。

当時の一般信者は仏教のどのような教えに共感し、どのような生活を送っていたのか。これは意外と盲点です。中村元先生が「従来にも「仏教倫理」という類の書は内外に少なくないが、それらは主として出家修行僧の戒律や習慣を論じたものであり、現在生きているわれわれにとってはほとんど役に立たない。」と述べたのはまさに慧眼だと思います。出家修行者と在家信者では当然生活は変わります。生活が変わればその教えも変わるのも必然です。一般生活者の日常を知ることは当時の仏教教団の全体像を知る上でも非常に重要なことなのではないでしょうか。

また、この本では私達日本の僧侶に大きく関わってくる「葬儀」や「先祖供養」の問題も説かれます。

「葬式仏教」と批判されることもある現代日本の仏教ですが、その際よく言われるのが「仏教は元々は葬儀をしなかった」という説です。ですがはたしてそれは本当なのかということがこの本では説かれます。

たしかに原始仏教教団は原則、葬儀をしませんでした(※釈尊や高弟はバラモン教の祭式に則って葬儀をしています)。ですが上で説かれていたように、よく語られる原始仏教の教えはあくまで「出家修行者」のための教えです。彼らは自分の解脱(悟り)のための葬儀を行うことはありません。一般家庭においてもそれを勧めることはありませんでした。

ですが一般民衆は当時のインドの習慣に従って葬儀や祖先供養の儀式を行っていました。仏教は当時のインドの人々の基盤となっていたバラモン教の枠組みの中で生まれてきた宗教です。その教えをいきなり完全に捨て去ることはインドの一般民衆にはかなり難しいものがありました。

インドでも当時から先祖崇拝は盛んに行われており、人々は葬儀や先祖供養をしていたのです。聖地で遺体を焼き、ガンジスに遺体を流すのはまさに葬儀そのものです。原始仏教教団はそれを「世俗的なもの」と捉えました。その「世俗的なもの」に対し仏教教団は批判はすれど干渉はしないという方針を取ったのです。

このことについて中村元先生は次のように述べています。

原始仏教の家族倫理として注目すべきことのひとつは、仏教は家庭の内部に宗教的な儀礼をもちこまなかったということである。バラモン教の祭儀に関する種々の綱要書を見ると、人間の一生の各重大時期に、つねに呪術的な宗教儀礼を行なっていた。それはヨーロッパにおける他のアーリヤ諸民族がこれと同時期に行なっていたところの宗教的儀礼と非常によく似ている。この事実は、すでに学者の指摘するところである。すなわち出生、命名、入盟式(upanayana, initiation)、結婚、死亡などの際には、とくに定められた複雑な宗教的儀礼を行なうのであったところが仏教はこれらをすべて無視して排斥してしまった。どこまでも迷信排斥の立場に立って、魔法・呪術・ト占の類をすべて非難している。そうしてこれらの宗教儀礼を排斥したあとに、家庭と結びついた宗教的儀礼の代置品を置かなかった。仏教には結婚・入盟式・洗礼・葬儀などの特別の儀式が定められていなかった。たとえば、原始仏教では特殊な葬儀を行なわなかった。(中略)

いま日本では仏教の本質のように思われている葬儀や年忌を原始仏教では行なわなかった、、、、、、、、、、、、、、、、、、、。仏教ではこのような習俗の実行をまったく世俗的な、、、、事柄と見なしていた。だから仏教の出家修行者はこのような儀礼にあずからなかった。アショーカ王が仏教の信仰を勧めている場合にも、このようなものには言及していない。〔世俗人のために葬儀を行なわないという伝統は、わが国では南都奈良の諸大寺院にまだ保持されている。〕

仏教が、家庭生活の内部にまでも入って来て、積極的に信徒を組織的に指導することをしなかったという点に、後世仏教がインドでほろびてしまう遠因のひとつが存すると考えられる。他方南アジアの他の国々(スリランカ、ミヤンマー、タイなど)、チべット、ネパールなどでは一般的に、さらに中国、日本などでは部分的に、仏教が家庭の儀礼と結びついたために、民衆のあいだに根強く残ったのであると考えられる。

春秋社、中村元『中村元選集〔決定版〕第17巻 原始仏教の生活倫理』P252-253

家庭の儀礼のひとつとしての先祖供養についても次のように述べられています。

ヒンドゥー教のほうでも神々や祖先をまつること(pitṛdevārcana)を称えている(MBh, ⅠX, 51, 8)。

ともかく祖先祭は諸国に行なわれて来た儀礼であった。われわれは祖先の恩恵を受けているのであるから、祖先に感謝の誠をいたすのは当然である。祖先崇拝の習俗は、日本では仏教と結びついてさかんに行なわれているが、仏教における起源をわれわれはここに見出すのである。

春秋社、中村元『中村元選集〔決定版〕第17巻 原始仏教の生活倫理』P271

また、本書の終盤には次のようにも述べています。

ゴーダマ・ブッダはむしろ残酷と思えるほどに、死者のために追善の儀式をしたいという世人の願望をつっぱねている。原始仏教では〈葬儀〉というものを行なわなかった。しかしストアの哲人を思わせるような冷酷な態度は、一般民衆にはなじめないものであった。後代になると、南アジア諸国でも日本でも、仏教徒のあいだで葬儀の儀礼が発達し、葬儀においては仏教の経典が読誦されるということが一般に行なわれるのにいたったのである。

なおここで葬儀を否認して他面で祖先に対する供養を勧めているのは、明らかに矛盾しているが、おそらく原始仏教ではこれを矛盾とは解さなかったのであらう。葬儀の否認においては各人が行為に対して責任をもつべきことを教えているのであり、これに対して祖先に対する供養は感恩報謝の心からなされるものだからである。

春秋社、中村元『中村元選集〔決定版〕第17巻 原始仏教の生活倫理』P654

ここまで中村元先生のインド史、仏教史の著作をいくつも読んできましたが、原始仏教教団の主要なパトロン、信者がどのような人々だったかというのは非常に重要な問題です。原始仏教教団はインドの全ての人から支持されていたわけではありません。そのパトロンの多くが王侯貴族や資産家でした。それに対しインド人口の大半を占める農民層とは心理的距離があったことは何度も指摘されています。

インドの一般民衆は当時バラモン教(後のヒンドゥー教)の枠組みの中で生活をしていました。そんな中そのバラモン教の祭式を否定したのが仏教でした。ですがそうは言っても、完全に否定して拒絶していたというのではなく、妥協点を持ちながら共存していたというのが実際のところだったようです。仏教とバラモン教は相互に影響を与え合いながらインドに根付いていたのです。何事もそうですが原理主義的にゼロか百かで明確に割り切れるものではありません。

原始仏教の教義上では「葬儀はしない」ということにはなっていますが、「人々の実際の生活上」ではそれが望まれ、バラモン教の祭式でそれは行われていたのです。このことについては長くなってしまいますし、これ以上は専門的な問題にも立ち入りますのでぜひこの本を読んで下さいとしか言いようがないのですが、「葬儀をする日本の仏教は間違っている」という批判は、歴史や文化の流れを考えていくとそもそも噛み合わない批判であると私は思います。今現在残っている仏教はどこの国であろうと葬儀はしているのです。歴史や文化、気候風土、様々な要因が絡み合い、現地に根ざした形で変容し息づいています。そしてその葬儀に大切な意義が込められています。何が正しくて何が間違っているという問題ではそもそもないのではないでしょうか。

人間が生きてきた歴史において祖先や身近な人からの恩を感謝するという儀礼は至極真当な営みです。自分が今生きているのは多くの人の有形無形の様々なご縁、ご恩によるもの。そのことに思いを馳せ感謝することは人として大切なことなのではないでしょうか。

当時のインド社会と原始仏教の結びつきを知ることは日本の仏教を考える上でも非常に重要な意味があると私は思います。

このことは以前読んだ上村勝彦著『バガヴァッド・ギーターの世界 ヒンドゥー教の救済』の中で説かれていた「日本人はいわば「隠れヒンドゥー教徒」であるといっても過言ではありません。そのことを示すことが、本書の目的の一つでもあります。」という言葉を強く思い出させます。

日本の精神風土においてインドの一般の人々の生活がどれだけ大きな影響を与えていたか、これは私達現代日本人においては盲点かもしれません。

そうした意味でも、出家修行者だけではなく一般信者における原始仏教というものを考える本書は非常に大きな意味があるのではないでしょうか。ぜひぜひおすすめしたい作品です。

以上、「中村元選集第17巻『原始仏教の生活倫理』~当時のインド社会と在俗信者の生活、葬儀事情を知れる名著」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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